暗闇への祈り
―探偵藤森涼子の事件簿
著者/太田忠司
出版/角川ハルキ事務所 ハルキ文庫
満たされないOL生活に別れを告げ、一宮探偵事務所で探偵として歩み始めた涼子は、車椅子に乗った依頼人・東山史子を訪ねた。彼女の婚約者が突然失踪してしまったのだ。だが、真面目な素顔を持つ婚約者に失踪の理由は見出せない。僅かな手がかりをもとに横浜へ向かった涼子。そんな中、若い男の水死体が発見されて…。失踪事件に隠された意外な真実とは!?傑作長篇ミステリー。--データベース---
今まで読んだ中では、藤森涼子シリーズ唯一の長編です。最近、太田忠司氏の著作にはまっていて、中でもこの探偵藤森涼子の事件簿シリーズの主人公藤森涼子は氏の著作のあちこちに登場している得意な探偵なので気になっているものです。
作品の章立てです。
・プロローグー依頼者
・探偵事務所
・調査開始
・誠実すぎる横顔
・救急病院
・再会
・展開
・東京
・綿のように微笑む
・偽善者
・一通の手紙
・誓う
・横浜
・ポプラの立つ洋館
・噂と憶測
・スナック「子猫」
・犯人
・帰還
・エピローグ
とまあ細かい章立てになっています。プロローグで始まるこの事件、依頼人の登場の仕方も異例で、一宮と涼子の方から依頼人宅へてせかけていきます。そして、そこで登場してくるのが依頼人の友達という設定。まあ、ここから事件が一筋縄ではいかない設定が読み取れます。
そして展開されるドラマは、仲間たちを大きく巻き込み、また、前作を引き継ぐ設定の中で藤森涼子自身を大きく成長させます。
失踪した名古屋大学の法学部の学生の捜索は、手掛かりが少なく難航を極めます。そもそも、仲間であるはずの学生のつながりが希薄です。仲間で海水浴に行く筈であった青木達也はいつもなら誰よりも早く時間前に来ているにもかかわらず集合場所に姿を現さなかったのです。この仲間心配はしますが、そのまま出かけています。一応、仲間の一人には留守電が入れてありました。この男の自宅にしか電話がなかったのです。
そうそう、この小説が書かれた時代には携帯電話はまだ普及していないのです。そして、この電話にはもう一つ伏線があります。
長編だけあって事件の舞台は、四日市から東京、そして横浜へと広がります。さして、いろいろつながりのある作品には、「Jの少女たち」という作品に登場した元刑事の「阿南」が登場します。涼子とは少なからず繋がりがあり、この一編ではかなり自由ような役割を持って登場しています。
もう一つ、捜索と並行して涼子のOL時代の話が突然絡んできます。上司をひっぱたいて退職した涼子の武勇伝は前の会社では語り草になっているのですが、涼子はそこで付合い結婚を考えていた男が登場します。英田槇彦といい勤め先の商社の同僚でした。
その彼ととあるファミレスで婚約者といるところと鉢合わせをしてしまうのです。忘れていた過去が思い出され、涼子は動揺します。しかも、その婚約者の彼女からも英田からも電話がかかってくるのです。そんなことで、涼子は阿南に助けを求めることになるのです。
さらに探偵事務所の同僚の島が捜索相手の暴力団がらみの男に刺されて救急搬送されるという事件まで起きてしまいます。長編ならではの展開です。
ただ一つ気になるのは涼子が達也の部屋を訪ねた時偶然配達された私信の手紙を郵便受けから持ってきて開封してしまうというところです。小説上はこの手紙の差出人が行き詰まりだった捜索を前進させるのですが、これは本来なら「信書開封罪」が適用される案件でしょうなぁ。
ここでの手掛かりで、涼子は横浜へ出かけます。そして、失踪事件は急展開を見せます。青木達也は横浜で小さく新聞記事に登場していたのです。ここでも一つサブストーリーを巻き込み、さらにお約束のような殺人事件まで絡んできて、涼子の護身術がまた炸裂します。
この小説では色々なものが登場します。涼子は映画「エイリアン2」を見てシガニー・ウィーバーの活躍に奮い立ち、「カサブランカ」で動揺し、ビートルズのイエスタディではカセットが登場します。そして、カルチャークラブ、ジャネット・ケイの歌声がラジオで流れ、最後にはジョージ・ウィンストンのピアノが流れます。ウィンダム・ヒルの全盛期でした。まさに、時は1990年代前半の世界ですな。
そういうノスタルジックに浸りながら読むことができる探偵小説です。