誰が音楽をタダにした?──巨大産業をぶっ潰した男たち
著者/スティーヴン・ウィット
翻訳/関 美和
出版/早川書房 早川NF文庫

田舎の工場で発売前のCDを盗んでいた労働者、mp3を発明したオタク技術者、業界を牛耳る大手レコード会社のCEO。CDが売れない時代を作った張本人たちの強欲と悪知恵、才能と友情の物語がいま明らかになる。誰も語ろうとしなかった群像ノンフィクション。---データベース---
デジタル技術の進化とともに、音楽販売がCDからダウンロードになり、ストリーミングヘと変化していった顛末を、圧縮技術者、レコード会社、海賊版製作者など、音楽業界のそれぞれの立場に取材してまとめ上げた本です。近年になくノンフィクションのドキュメンタリーとしては面白いと感じた一冊です。まあ、小生のようなクラシック中心に音楽を聴いている人間にとって、ラップを中心とした欧米のミュージックシーンはちょっと理解に苦しむところもありますが、その初期から知っているmp3の技術がドイツの技術者によって開発されたものとうのは知らざる事実として衝撃的でした。
いつから音楽は無料になったのかといえば、日本の場合、WinMxやWinnyの登場あたりからという答えになるだろうし、アメリカにおいては、多くの人がナップスター以降と答えるでしょう。しかし、そもそもそういったファイル共有サイトが立ち上がる前から、音楽ファイルはインターネット上を漂っていましたし、広くはパソコンソフトの違法アップロードも横行していました。
小生はWindows95が発売された時にはマックに乗り換えていましたからほとんどこの時代は知りません。ただ、マックで使える「LimeWire」というP2Pソフトは一時期使っていたことがありました。今でもその時代にダウンロードした音楽がいくつか残っていますが、ヒット曲にはほとんど興味がなかったので60年代のアニメ主題歌がメインでした。こういうP2Pソフトはポップス系には強いのですが、クラシック系はほとんどないのでそのうち使わなくなってしまいました。今でも音楽シーンの中心はポップスですから、iTunesをはじめ、Amazonミュージックやらラインミュージックなどにも全く触手が動きません。
それでも、音楽をタダにした張本人の冒頭のmp3の開発にまつわるエピソードは興味津々でした。ともと音楽CDは、1秒のステレオサウンドの保存に140万ビット以上も使っています。そこで、当時大学院生だったドイツ人のカールハインツ・ブランデンブルクは、人間の耳で実際に聞き取れるだけのビット数だけを確保することで、できるかぎり音質を保ちながらファイルを圧縮するという研究を行います。
1990年のはじめになると、ほぼ完成品といえるものができあがります。ここでブランデンブルクたちは、MPEG(動画専門家グループ)の主催するコンテストへの参加を決めます。このコンテストは、これからの時代の標準規格を設定することを目的にしたものでした。結果、ブランデンブルクたちのグループが首位になりますが、MUSICAMというグループもほぼ同点につけていました。そのため数カ月後、MPEGは複数の規格を承認するという方針を固め、MUSICAMの方式はmp2、ブランデンブルクの方式はmp3と呼ばれるようにります。しかし、ここで大きな挫折が訪れます。
mp3のほうがmp2よりも技術的にすぐれていたのですが、mp2は知名度が高く、フィリップスという資金力豊富な企業からの支援があり、mp2がデジタルFMラジオ、インタラクティブCD―ROM、DVDの前身であるビデオCD、デジタルオーディオテープ、無線HDTV放送のサウンドトラックの規格として選ばれた一方で、mp3はどこからも選ばれません。ここにはフィリップスの周到な策略があったんですなぁ。
しかし、時代はパソコン全盛期になり、mp3陣営は家庭用のユーザーにmp3を売り込むため、パソコン向けのmp3ファイルの圧縮と再生アプリケーション「L3enc」を開発します。これにより、一般消費者は、自分でmp3ファイルを作り、家庭用パソコンで再生することができるようになっていきます。そうするとオタクたちはこの技術をもとに扱い易いmp3をどんどん改良していきます。一応特許は取得していて、マイクロソフトもその技術力を買ってライセンスしています。Windowsのメディアプレーヤーにはmp3のライセンスが使われているのです。
知らなかったのですが、このブランデンブルク、mp3を開発するとともにAACも開発しているんですなぁ。で、マイクロソフトがmp3ならとアップルがこのAACをライセンスします。てっきりAACはアップルの技術だと思ったのですが、開発元は同じだったんですなぁ。
では、違法サイトに音源を流出させているのは誰か。この本のイントロダクションで著者も書いている通り、小生も「世界中のみんながネットに上げた結果、海賊版がネット中に流通している」と思っていました。もちろんそれも正解ですが、しかし海賊版のほとんどはごく少数のグループが意図的に流出させていたものだったのです。その海賊版流出グループは、アメリカのユニヴァーサルのキングスマウンテン工場からCDを盗み出し、発売前に音源をリークしていました。考えてみれば当たり前ですが、ネットに音楽がある以上誰かがアップロードしているわけだし、発売前の音源がネットにあるということはそれを入手できる誰かがネットにばらまいているわけです。インターネットだからといって魔法のように音楽が湧いてくるわけではありません。
そのグループ(この本ではシーンと表記されています)の中心メンバーでありCD製造工場の従業員でもあるデル・グローバーが2万枚ほどの音源を世界中に無料でばらまいた張本人です。しかし彼は確信犯でもなく、多額の報酬を得ていたわけではありません。いくばくかの報酬は得ていましたが、それ以上に好奇心と奇妙な使命感によりCDを流出させ続けていました。このシーンの記事は登場人物が多くまた複雑すぎてよくわかりません。是非この本を読んで理解してください。
最後に登場する主人公はダグ・モリスです。キャリアのスタートは1965年にLaurie Recordsにソングライター兼プロデューサーとしてスタートしますが、業界に身を置くうちにワーナーグループのアトランティックの社長になり、ついでMCAの社長時代にユニヴァーサルの翼下になりヒット曲と有能ミュージシャンを多数発掘し、最終的にはユニヴァーサルのCEOに昇りつめ、多額の給与と報酬を得ていました。2000年前後のCD全盛の頃はまさにこの世の春でした。その後海賊版の影響でCDは売れなくなっていきますが、それでも受け取る報酬は破格でした。まあ、他のレコード会社が軒並み大赤字を出す中、彼は予算を削ることできちんと利益を出し続けていたので文句を言われる筋合いはありません。大手レコード会社で黒字を続けたのはユニヴァーサルだけでした。間違いなく彼は有能なビジネスマンでした。
モリスの功績はそれだけではありません。かつてはCDを売るための販促品でしかなかったMVが、ここでは価値を持っている。そこでMVに広告収入を付けるというビジネスモデルを生み出しました。それがVevoです。確かにYouTubeの音楽動画にはこのロゴをよく見かけます。
さて、このモリス、ユニヴァーサルを引退後はライバル会社のソニー・ミュージックのCEOにつきます。彼は2011年から2017年までその地位につていました。つまりは世界の3大レーベルを渡り歩いた男というわけです。
この作品映画化されるということで話題になっていますが、ネットで検索してもそれらしい情報はキャッチできませんでした。
最後に、2017年4月23日にドイツのフラウンホーファー研究所がmp3のライセンスプログラムを終了発表しました。これからはAACを使えってことでしょうかねぇ。