若かりしラトルの「惑星」
ホルスト/組曲”惑星” 作品32
1.火星、戦争をもたらす者 7:14
2.金星、平和をもたらす者 8:58
3.水星、翼のある使者 4:03
4.木星、快楽をもたらす者 8:09
5.土星、老年をもたらす者 9:37
6.天王星、魔術師 6:07
7.海王星、神秘主義者 Neptune, The Mystic 7:20
指揮/サイモン・ラトル
演奏/フィルハーモニア管弦楽団
合唱指揮/ジョン・マッカーシー
合唱/アンブロジアン合唱団
録音:1980/12/29,30 キングスウェイホール
P:ジョン・ウィラン
E:マイケル・シャディ
東芝EMI HCD-1347

EMIの新・名曲の世界47巻に収録されているラトルの「惑星」です。ラトルといえばベルリンフィルのシェフになる前はバーミンガム市交響楽団のシェフを18年続けていました。その彼もキャリアの初期のレコーディングは別のオーケストラを振っています。ここでも、若干25歳にして名門のフィルハーモニア管弦楽団を向うに回してなかなかの怪演を披露しています。この録音時ラトルは若干25歳です。そして、日本ではこの録音でデビューしています(ただし、EMIへの最初の録音は1977年のガブリーロフのプロコフィエフのラヴェルの協奏曲の伴奏盤でした)。とはいっても、初期の彼のレコーディング曲目はシノーポリと同じように、EMIのカタログの穴埋め的な曲目が優先していて、若干ポピュラリティにはかけていたことは確かです。なにせ、バーミンガムとの録音ではヘンツェの交響曲第7番とかシェーンベルクの室内交響曲、ショスタコでも敢えて前衛的な交響曲第4番なんかを録音していました。実はEMIに録音する前にASVというレーベルにイギリス・ユース管弦楽団を指揮してストラヴィンスキーの春の祭典と火の鳥を録音しています。
EMIのデジタル初期の録音で、最初レコードで登場した時は演奏はともかく、録音の悪さで不評を買っていました。録音レベルが低いというかダイナミックレンジを広くとったことが災いしてレコードではこの録音の真価は発揮できなかったのでした。さすがCDでは音質の改善が著しく、録音レベルは低いもののそこそこのボリュームで聴くとレンジの広い録音で低音までしっかりと伸びた重厚なサウンドを楽しむことが出来ます。
ホルストの「惑星」はイギリスの指揮者、オーケストラの演奏で聴く分には当たり外れはあまりありません。やはり、オラガ国の作曲家の音楽ということで自信を持っているのでしょう。その中手せも、従来のボールトやサージェントのようなイギリス民謡寄りの解釈も可能な訳ですが、新進気鋭のラトルは一貫して宇宙的でスペクタキュラーな解釈でフィルハーモニアとがっぷり四つに組んでいる気迫が伝わって来ます。ベルリンフィルとの新盤はタイミングを比べてみても大きく違いはありません。基本的な解釈は変わっていないようです。ただ、丁度冥王星を惑星から外すという議論があった頃に発売されたので、クラシックでは異例のセールスを記録し、1万枚のプレスが売り切れたということです。しかしこの旧盤も、演奏自体は遜色の無い出来映えで、冥王星が収録されていないという時代的なハンデはありますが、こちらの方が生気を感じる演奏に思えます。特に冒頭の「火星」は旧盤の方がテンポが速く、メリハリもあります。またフィルハーモニア管のどっしりとしたドイツ的な重厚さを持った鳴りの良さも曲に活気を与えています。このこの、フィルハーモニアはザンデルリンクを主席客演に迎えてクレンペラー亡き後のサウンドを必至に守っていましたからね。
そして、ここではラトルが指揮者になる前は打楽器奏者として活躍したというキャリアも生かして、各打楽器が鮮明なバランスで鳴らしているところも聴き所となっています。そういう意味では、ジョン・ウィリアムズの「スター・ウォーズ」を聴く延長で、この演奏を楽しんでも違和感が無いでしょう。翌いえばツボを押さえた演奏といえるのでしょうかね。アンサンブルのいいフィルハーモニアの弦も冴えていて「金星」や「水星」での透明感のある調べでは惑星の情景を思い描くことが出来ます。この曲ではオルガンが使われているのですが、演奏によってはこの響きがくっきり聴こえる演奏とそうでない演奏があります。ラトルのこの演奏ではこれが非常にくっきりと聴き取れます。特に「天王星」では冒頭はそれほどはったりを利かせた演出は行なっていませんが、打楽器が盛大に活躍するこの曲はやはり、ラトルの独壇場です。2台のテインパニの掛け合いはもとより、タンブリンがこんなに活躍したかしらと思うほど盛大に鳴らされます。そして、静寂になる前の前奏の後に残るオルガンは強烈な印象をもたらします。ラトルやってくれます。
さて、「冥王星」は、ご存じの方も多いでしょうが、2000年にケント・ナガノがイギリスの作曲者でホルスト協会の会長でもあるコリン・マシューズに作曲を依頼した作品です。終曲「海王星」に続けて演奏するように書かれています。ホルストの「惑星」に「冥王星」が無いのは、作曲時にはまだ発見されてなかったためです。でもホルスト存命中には発見されているので、「惑星」に追加しなかったのは、音楽的にその必要が無いと判断したのでしょう。ちなみに、第1曲の「火星」は5拍子で書かれていて印象的なリズムを刻みますが、組曲としての最後の曲「海王星」も静かな曲ですが5拍子で書かれています。つまりは、最初に戻るという音楽的な連環を作り上げていて、ホルストとしてはこれで完結だと考えたのだと思います。