新兵衛捕物御用 水斬の剣 | geezenstacの森

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新兵衛捕物御用 水斬の剣

著者 鈴木英治
発行 徳間書店 徳間文庫

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 駿州沼里藩の同心森島新兵衛が、いま目の前にしているのは、狩場川の架かる青瀬橋のたもとで見つかった死骸だ。酷いことに顔は潰され、胴を袈裟斬りに両断されたすさまじい刀傷が残されている。斬ったのは恐るべき遣い手であることは間違いないーー。殺れた者が店の半纏をまとっているため、身許はすぐに知れるので、犯人もたやすく割れるだろうとの与力の言に、新兵衛の勘は・・・・・。---データベース---

 新しいシリーズ物かなと思い手に取ってみましたが、これは過去にハルキ文庫で出版されていたものの再版ものです。以前は「新兵衛捕物御用」というタイトルが付いていなかったので気がつきませんでした。しかしこのシリーズ、鈴木氏の「口入屋用心棒」シリーズで頻繁に登場する沼里藩が舞台になっているという事では興味深いものがあります。もちろん沼里藩というのは実在しません。作者が静岡県は沼津市の出身という事で、郷土愛的に作り上げた架空の藩です。本文中で、「温暖な伊豆のつけ根に位置する駿州沼里の・・・」という記述があるので、モデルとしては沼津藩の事と思えます。ただしも登場する地名もほぼ架空でよく考えたものだという事が出来ます。冒頭で「狩場川」が登場しますが、これなんか「狩野川」の事でしょうね。この狩場川に架かる青瀬橋のたもとから、身元不明の遺体が見つかるところから事件は始まります。ただ、この狩野川は五色川ともいわれるように、その川底の色あいの違いから、上流より黄瀬、白滝、黒瀬、青瀬(黒瀬橋と三園橋の間)、赤瀬(永代橋下流)と呼ばれています。ただし、黒瀬は渡しがありましたが、青瀬に橋はありません。

 ここで発見された死体の顔は潰され、左の肩から右腰まで尋常ならざるすさまじい刃傷が残されています。しかし、丸に真の字の半纏だけは着ています。同心の森島新兵衛は、この手掛かりをとっかかりに犯人を捜すべく単身動きはじめます。この半纏をたよりに魚料理で名のある店「真砂」を訪ねます。三年前に創業者の彦助が亡くなったあとは、一人娘が継いでいます。この店の奉公人、竹吉が昨夜から行方不明になっています。女将の深奈は昨夜は出張りで藤屋の別邸に出掛けていたといいます。いまでいうケータリングですな。で、竹吉は居残りだったようです。その竹吉が川で殺されていたのですから、不思議です。

 殺しが続きます。城下の西南に広がる美しい砂浜の千本浜で、男が殺されていたのです。ここは大河富士川が運ぶ砂利でできた白い浜です。地曳網にかかったのを、漁師が届けてきたのです。歳の頃は五十から六十のあいだですが、今度は首がありません。猟奇的事件が続きます。

 そんな時、登城の城主の駕篭が襲われます。鉄砲をもつ賊の男達に藩主・信興の乗った駕籠が賊に襲われ、信興が賊に連れさられてしまったうのです。供侍が付いていながらの失態です。家老・穂坂因幡と筆頭家老・篠川修理亮は、下手をすると御取潰しにあうので江戸の大目付に事態を報告します。そして、大目付の指揮下、藩主奪還の策を練りますが、身代金は2万両を要求されています。この金の工面のために、藩は有力商人の藤屋からの調達を計ります。そして、取引が行なわれますが、賊達は山小屋に立てこもり抵抗して火を放ちます。

 森島新兵衛と中間の源次は探索の結果、この事件の巧妙なからくりに気がつきます。複雑な事件のようですが、実は一つの筋書きが見えてきます。藩主の勾引しの前日、藤屋の別邸で既に藩主は殺されていたのです。首は腐らないように塩漬けにされ、胴は狩場川に投げ込まれたのです。この胴が千本浜で地曳網にかかった白くてでっぷりとした死骸だったのです。この焼けた山小屋の中で藩主の死骸が見つかります。死骸はまだあたたかみを残し、そばに無残な首が転がっていたのです。この首は塩漬けされたもので、勾引しの日以降の藩主は偽物が務めていたのです。

 新兵衛は殿が藤屋の抜荷の事を探索していて、のこのこと出掛けた藤屋の別邸で返り討ちに遭っていたと睨んだのです。これには過去の同様な手島屋潰しの時の手法を考えての事だったのです。この時は成功して藩主の座を射止め、今度は幕府の老中の座を狙っての計画だったのでしょう。しかし、筆頭家老篠川修理は逆に藤屋とて組んで、藩主を亡き者にして、その後釜を狙っていたのです。料亭「真砂」の女将も一枚噛んでいました。

 事件は複雑ですが、口入屋用心棒シリーズのように場面がコロコロ変わるというような手法はまだ使われていないので、推理小説ファンなら容易く推理出来るのではないでしょうか。初期の作品ながら、上手い展開で一気に読む事が出来ました。