クレツキのベートーヴェン
曲目/ベートーヴェン
Symphony #5 In C Minor, Op. 67
1. Allegro Con Brio 7:58
2. Andante Con Moto 9:57
3. Scherzo: Allegro 5:33
4. Allegro 8:53
Beethoven: Symphony #6 In F, Op. 68, "Pastoral"
1. Allegro Ma Non Troppo 12:04
2. Andante Molto Mosso 12:43
3. Allegro 5:50
4. Allegro 4:01
5. Allegretto 9:14
指揮/パウル・クレツキ
演奏/チェコフィルハーモニー管弦楽団
演奏/チェコフィルハーモニー管弦楽団
録音/1965、1967*
日本コロムビア COCO70582(スプラフォン原盤)

まあ、ベートーヴェンの交響曲第5番と6番をカップリングした録音はLP以来どれほど発売されたことでしょう。それこそ、耳にタコ状態でしょうなぁ。その中でも、このクレツキ/チェコフィルのベートーヴェンは地味な存在です。1960年代は各社がグラモフォンのカラヤンを筆頭にベートーヴェンの交響曲全集を競って出していた時代で、それこそステレオの全盛期を迎えていましたからクリュイタンス、クレンペラー、ヨッフム、イッセルシュテット、セル、オーマンディ、スタインバーグ、ラインスドルフそしてバーンスタインと各レーベルを代表する指揮者がこぞって全集に邁進していました。その中で、名門チェコフィルはなんとアンチェルではなく、このクレツキと全集を作っています。意外な組み合わせという点ではクリュイタンス/ベルリンフィル、イッセルシュテット/ウィーンフィルに次ぐ3大不思議の一つではないでしょうか。そんなこともあり、提携先の日本コロムビアからはレコード時代には全集は発売された記憶がありません。ただ、単独ではコンサートホールから田園や英雄、それに第5番、1番あたりが発売されていました。その中で、クレツキの田園については以前も取り上げています。

最近、このクレツキのいわゆる「運命」、「田園」をカップリングしたCDを入手しました。ひとつにはコンサートホール盤のフランス国立放送管の「田園」とチェコフィルとを聴き比べてみたかったということもあります。しかし、CDプレーヤーに掛けて先ずびっくりしたのは第5番の第1楽章の冒頭の処理です。スコアでは頭に8分休符があるのですが、その処理を少しも不自然に感じさせない見事な出だしで、尚かつ力まず重量感ある押し出しで演奏させています。言ってみればオーソドックスな処理ですが、何ともこれがベートーベンの運命の戸を叩く音だといわんばかりの演奏です。カラヤンの重戦車のようなたたみかける処理とは違いますし、Cクライバーのようにフェルマータで伸ばすような処理もしていません。フルオーケストラで聴くベートーヴェンの理想型をクレツキは表現してくれています。まあ、そんなことで一気にクレツキの存在が近しいものに感じられ、のめり込むように聴いてしまいました。まあ、聴いてみて下さい。
とはいうものの、決して平凡な演奏ではありません。1960年代のスタンダードな様式の中にも、随所にクレツキらしい個性を盛り込んでいます。チェコフィルの弦の美しさを充分に引き出した演奏で、内声部の旋律の浮き上がらせ方にもハッとさせられる発見があります。カラヤンのレガートとは違う手法をとりながらも第2楽章では優雅さをきちんと折り込んでいますし、第4楽章ではグイグイと前進していく音楽の躍動感には興奮させられます。そして、ここぞという時には激しいティンパニの打ち込みもかませます。聴けば聴くほど味がある演奏なのです。
さて、田園はこれに反してやや遅めのテンポで冒頭を開始します。ここはコンサートホール番と大きな違いです。主題を提示した後のテンポはほぼ同いつの感じで推移しますので、この主題の提示が大きな違いでしょう。そして、提示部の反復をこのチェコフィルとでは実行しているのも大きな違いでしょう。旋律線の謳わせ方は5番と同様で、第1ヴァイオリンだけに主軸を奥のではなく、覚醒部をくまなく響かせて全体でコントロールするという手法をとっているので思わぬ響きが耳に飛び込んできます。そのくせ、各フレーズがメリハリの利いた処理でリズムが活き活きとしています。こういう演奏を聴くと他の曲も聴きたくなってしまいます。
チェコフィルは弦に特色のあるオーケストラと昔はいわれていましたが、いやいやそれだけではありません。第2楽章で聴くオーボエの鄙びた音色や、第3楽章のホルンの響きも一見何気ないような演奏ですが、その古色蒼然な音色に惹き込まれてしまいます。第4楽章の嵐もそれなりのおどろおどろしさはありますが、どこか田舎じみた雰囲気も持っていていい意味でローカル色を醸し出しています。こちらは全曲がYouTubeにアップされていました。
クレツキは地味で、オーケストラに恵まれなかったのが残念です。アンセルメがクレツキを後任に指名して来日公演で同帯してきましたが、どうも役者が違いすぎるようでスイスロマンドの常任は僅か3年で降りてしまいました。クレツキはポーランド生まれの指揮者ですが、彼も親族をホローコストで失っています。経歴的には、ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団(1954~55)、ダラス交響楽団(1958~61)、ベルン交響楽団(1965~66)、そしてスイス・ロマンド管弦楽団(1967~70)の指揮者として活躍しましたが、その後はフリーとなり、1973年、ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団とのリハーサル中に倒れ、急逝しています。