クレツキのベートーヴェン「田園」 | geezenstacの森

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クレツキのベートーヴェン「田園」

曲目/ベートーヴェン
交響曲第6番ヘ長調Op.68「田園」
1. Allegro ma non troppo 9:20
2. Andante Molto Mosso 12:50
3. Allegro 5:55
4. Allegro 3:53
5. Allegretto 9:03

 

指揮/パウル・クレツキ
演奏/フランス国立放送局管弦楽団

 

録音/1960年代

 

コンサートホール・ソサエティ M2239 

 

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 パウル・クレツキという指揮者を知っている人は今では少ないでしょうね。何しろ1973年に亡くなってしまっていますからね。アンセルメの後を継いで、スイス・ロマンド管弦楽団の常任指揮者だった人です。ポーランド生まれの作曲家でもあり、指揮者でした。でも、ユダヤ系ということでナチスの迫害を受け放浪の末スイスにたどり着きます。
 
 彼は、スプラフォンに1960年代にベートーヴェンの交響曲全集を録音しているほど彼のベートーヴェンは定評がありました。その彼がコンサートホールに残した録音がこの田園です。ネットで検索しても、この録音に関する記述はほとんどお目にかかれません。多分CD化はされてない音源なのでは無いでしょうか。ジャケットにも録音に関するデータはいっさい記載されていませんが、ステレオで収録されている所をみると多分60年代前半だと思われます。実は手元にはこの田園が2枚あります。モノラルで発売されたものと、ステレオで発売されたものです。70年代はほとんどステレオしか発売されていないはずですから、モノラルと併売されていたのは多分60年代も前半だろうと推測されるわけです。
 面白いことに普通はステレオで発売されるときはコンサートホールはMSという記号が頭に付くのですが、このレコードはステレオもモノラルもレコード番号は同一のM2239です。唯一の違いは、ジャケットの左下隅のレコード番号の横に赤字の「Full STEREO」のシールが貼られているだけです。厳密にいうとジャケットの材質も違います。写真で違いが分かるかどうか自信がありませんが、モノラルのジャケットはビニールコーティングがしてあるのにステレオはそうなっていません。また、ジャケット自体の写真もモノラルは黒が強調された深みのある色ですが、ステレオは全体にグリーンっぽい色調でどことなく安っぽさを感じます。レコード自体はレーベルの色が全く違いモノラルは深緑色、ステレオはブルーとなっています。

 

 ここまで書いて、ネットで検索したらこちらのホームページにコンサートホール盤の特徴が幾つか書かれていました。M番号のステレオ盤も存在するということでは、ただ単にジャケットにシールを貼って区別していただけなのでしょう。ちなみに原盤記号は

 

モノラルーーーM2239-1-1-2-12 M2239-2-2-3-5
ステレオーーーSM2239-1-1-1-5 SM2239-2B-1

 

でした。ただ、このホームページを読んでいても、コンサートホールがいつまでモノラルとステレオを併売していたのかは分かりませんでした。ヨーロッパでは70年代になってもモノラル録音のLPは発売され続けていましたが、日本ではモノラル盤は60年代末には終焉していたはずです。

 

 さて、クレツキの田園です。これはやはりステレオで聴くしか無いでしょう。モノではカートリッジのせいか音が貧相になります。ここら辺はモノラルのカートリッジを持っていないことの宿命でしょう。こんなことでLP時代はモノラルのレコードにはほとんど手を出しませんでした。その関係でフルトヴェングラーなんかには目も向けなかったのかもしれません。CDはそういうモノラルとステレオの落差を感じませんから、いい時代になったものです。ちなみに最近はレコードはオルトフォンのカートリッジからエンパイヤに乗り換えました。

 

 第1楽章からいいテンポです。普段はテンポの速い「田園」は小生の好みではないのですが、この田園はワルターの田園とかなり近しい演奏です。主題の処理も丁寧で、音楽の流れが自然です。バランス的には第1ヴァイオリンを主題にした歌わせ方でこの時代の標準といわれるものです。ベートーヴェンの交響曲をクレツキはコンサートホールに他に第1番、3番、5番を録音していますが、いずれも南西ドイツ放送交響楽団との録音です。フランスのオーケストラをここで起用した意図は何だったんでしょうかね。多分この録音の頃には、シューリヒトとパリ音楽院管弦楽団とのベートーヴェンの録音が発売されていたはずです。多分この録音はスイスののミュゼ・エクスポートが原盤を制作していると思われますが、コンサートホールでは一人の指揮者による全集は考えていなかったようです。そういうものに対抗する意味でこういう形で適材適所で録音していったのではないでしょうか。

 

 ここではオーケストラはやや編成が小さいのがヴァイオリンの音はやや貧相に聴こえます。いや、今の視点で聴くとオリジナル編成の規模での演奏といった方がいいのかもしれませんが、そういう響きがします。まあ、演奏の精度というかアンサンブルはあまり上等とはいえません。それでも、聴き進んでいくとそういう子細なことは気にならなくなり、クレツキの作り出すベートーヴェンに魅了されていきます。

 

 

 第2楽章は淡々とした演奏に終始しますが、感動が薄いという手合いのものではありません。充分に歌うところは歌っています。こうやってじっくり聴いてみるとフランスのオケはやっぱり木管に味のある響きがします。伝統なんでしょうかね?ここではバソンの深みのある響きが何ともいえない味を出しています。クレツキの指揮はそういう木管の響きを奏者に委ねて、それを浮かび上がらせる弦の伴奏を付けている感じです。この絶妙なバランスが聴いていて心地よいのかもしれません。

 

 

 B面の収録になる第3楽章から第5楽章は当然のことながら、トラックが切られる事無く続けて収録されています。ここでは過度で爆発的な金管のフォルテは存在しません。そして、第4楽章の嵐も決して荒々しいものではありません。しかし、例えば第3楽章の「農夫たちの楽しい集まり」ではホルンの響きはやや遠くから聴こえて来るような押さえた響きで収録されています。こういう響きは今まで聴いたことがありません。クレツキ独特の表情付けなのでしょうか、なかなか新鮮なサウンドです。第4楽章の嵐では、先に書いたように金管が咆哮しませんから迫力はありません。メロウな嵐です。しかし、激性には乏しいかもしれませんが前後の一連の繋がりからすると、暖色系の田園風景というものが浮かんできます。それは第5楽章にも受け継がれていて、音楽の流れがスムーズでベートーヴェンの付けた標題の「牧歌、嵐の後の喜ばしい感謝に満ちた気持ち」をそのまま表している音楽となって具現化されていいます。これは、隠れた名演といえる演奏です。

 

 

 

 

 クレツキというと今までEMIから出ていたマーラーぐらいしか知らなかったのですが、これはじっくり聴いてみる必要がありそうです。それにしても、こういうソースがまだCD化もされないで眠っているとは残念な気がします。コンサートホールの録音をかき集めれば立派なベートーヴェンの交響曲全集ができますから、ブリリアントかメンブランあたりが掘り起こしてくれるとありがたいんですがね。

 

 さて、ジャケットには演奏時間の表示がありませんから上記のタイミングは小生の実測です。