ラローチャのベートーヴェン | geezenstacの森

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ラローチャのベートーヴェン

曲目/ベートーヴェン
ピアノ協奏曲第5番変ホ長調 Op.73 「皇帝」
1. Allegro 21:24
2. Adagio un poco mosso 7:53
3. Rondo. Allegro 11:04
4.合唱幻想曲 Op.80* 20:56

 

アリシア・デ・ラローチャ(p)
リッカルド・シャイー 指揮
ベルリン放送交響楽団
ベルリン放送室内合唱団
インゲベルグ・ドボツィー(S)
ドルテ・キュステルス(A)
ウィルヘルム・フックスル(T)
クラウス・ティーム(Br)
ルドルフ・ヒレブラント(Bs)

 

録音/1983/06
   1984/09* イエスキリスト教会 

 

P:ジェイムズ・マリンソン、マイケル・バース*
E:スタンリー・グッデール

 

英デッカ 414 391-2

 

イメージ 1
  
 アリシア・デ・ラローチャという名前はスペイン物が得意という認識しか無く、その分野に疎いこともあってまったく縁がありませんでした。レコード時代はイスパボックス(スペインEMIやRCAというレーベルに録音していますが殆ど興味が無かったこともあり食手が動きませんでした。そのラローチャがデジタル時代になりデッカに残した録音がこのベートーヴェンのピアノ協奏曲全集で、女流ピアニストとしては最初の全集になるものです。この快挙があって、1993/4年には日本人女性ピアニストとしては最初に杉谷昭子さんが全集を完成させています。

 

 これは全集の中の一枚で、1986年に発売されています。しかし、全集としてはこれが最初で最後、2009年に亡くなってもSHM仕様の追悼盤が20枚あまり発売されただけでこういう全集物は含まれていませんでした。日本ではそれほど評価が高く無かったのか、日本版のwikiの記述はあっさりしたものです。情けないですな。

 

 とは言っても、小生も最初この演奏を聴いたときは余り印象が残りませんでした。1990年代でしたからね。それと、デッカの録音ですが、プロデューサーのジェームズ・マリンソンは多分この仕事が殆ど最後のものです。この後、マリンソンはソニーに移籍します。そんなことで、合唱幻想曲はプロデューサーがマイケル・バースに変わっています。それも影響があるのでしょう。このCDではその違いを明確に聴き取ることが出来ます。録音会場は同じイエス・キリスト教会を使っていますが、音場がまったく違います。一番の違いは録音レベルの差でしょうか。皇帝の方がやや低いのです。そういうこともあり、何だかせっかくの演奏名の手に引っ込んで聴こえてしまいます。何よりも、デッカの響きとはややベクトルが違って聴こえて来ます。残響が豊ということもあるのでしょうがゾフィエンザールのような重量感のある響きとは違うというのがその印象です。

 

 

 処が最近、この演奏がやたら気になって聴く機会を持ったのですが、深夜に近かったこともあり、ヘッドフォンで聴くことにしました。すると、まったく印象が違ったんですなぁ。同時期にアシュケナージがメータ/ウィーンフィルと供にベートーヴェンのピアノ協奏曲全集(こちらは1985年度のレコードアカデミー受賞しています)をプロデューサー、クリストファー・レイバーン、エンジニア、ジェイムズ・ロックとともに進めていましたから、それへの対抗意識もあったのでしょう。ですから、従来とはちょっと違うアプローチを取ったのかもしれませんが、どちらかというと、やや明るい音色作りをしています。バックのシャイーは1953年生まれですから、この当時若干30歳です。1978年にスカラ座デビューと供にデッカの専属になっていますから俊英には違いありません。

 

 第1楽章はラローチャの力強いアタックに魅せられます。目隠しで聴いたらとても女性の演奏とは気がつかないのではないでしょうか。さすがベテランです。ラローチャは1978年にメータ/ロスフィルと供にデッカに第1回目の録音をしていますが、基本的には同じようなテンポで進んで行きます。まあ、若干は遅いテンポになっていますが、基本的には一緒でしょう。この録音がされた1978年はラローチャのデビュー50周年の年で、全曲演奏会が開かれ、その一環として録音されたものでした。しかし、この時のメータ/ロスフィルのバックは可もなく不可もなしといったところで、余り話題にならなかったように思います。ここでは、そういう反省に立っているのか、ラローチャを引き立てるべくシャイーは張り切ってサポートをしています。

 

 長らく首席指揮者のいなかったベルリン放送交響楽団ですが、シャイーは就任2年目にして既に息は合っているようで中々見事なアンサンブルです。それにしても、このシャイーの後アシュケナージが1989年から首席指揮者になるのですから、なにか因縁みたいなものを感じます。演奏は、ラローチャのピアノを際立たせるために脇役に徹していますが、アクセントの表情付けにはシャイーらしいフレージングを盛り込んでおり、やはり並の指揮者ではないなあと感じさせます。特に第2楽章はそういう特徴を良く聴き取ることが出来ます。極めて安定した「皇帝」ということが出来るのではないでしょうか。一つだけ欠点をあげるなら、ラローチャはライブのピアニストなのかなということで、やや大人しめの安定感を狙った演奏になってしまっているところです。それを如実に感じたのは、YouTubeにアップされているエールリンク/クリーブランド管弦楽団をバックにした演奏で、ここではライブならではの緊張感ある名演を聴くことができます。音は冴えませんが、この白熱感でこの記事を書きながら何度も聴いてしまいました。シクステン・エールリンクは余り録音に恵まれない指揮者でしたが60年代から70年代にかけては、よくFMで耳にしたものです。ここではそちらを貼付けておきます。1977年11月5日のセヴァランスホールでの収録です。

 

 

 さて、個人的には余白に収録されている「合唱幻想曲」の方により、魅力を感じたと告白しておかなければなりません。こちらは先ほど書いた通り、プロデューサーはマイケル・バースです。プロデューサーが変わると音のバランスも変わるという良い例でしょう。こちらの方が録音レベルが高く、S/N比をかせいでいることがわかります。そして、ラローチャは中庸なテンポで開始します。余り意気込んではいません。それでいて、力強くてスケール感のある演奏はさすがです。ピアノソロの部分は協奏曲とはちがい祖な田和収録するポジションのマイクセッティングになっているのでしょう。しかし、ソロが終わりオーケストラの入りでも、このバランスは変わりません。この曲では後半コーラスまで入って来ますからこちらの方が収録は大変なように思いますが、聴く方に取ってはこちらの方がすんなりと耳に入って来ます。全集録音の一年後の収録ということで、シャイーもラローチャもより打ち解けた雰囲気で録音に臨んでいるのでしょう、音楽の流れがスムーズで無理がありません。

 

 合唱は普段あわせている放送局所属の合唱団であり独唱者です。シャイーはスカラ座でアバドのアシスタントも務めていたことから合唱も慣れたもので、最良のバランスで合唱を取り込んでいます。一言でいうなら、非常にローカル色豊かな演奏で晴れ着の演奏ではなく、いつもの定期の演奏会をこなしている風情です。独唱も仲間内ということで、気負いが無いので実に伸び伸びとした演奏です。下の演奏は、このセッション録音より更に一年後の演奏のようで1985年のものです。この頃のラローチャはシャイーと頻繁に共演していたことが伺われます。セッション録音よりは幾分速いテンポで演奏されている印象がありますが、実際は殆ど変わりません。間合いの録り方の問題なんでしょうかね。