追悼 杉谷昭子
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全集
曲目/ベートーヴェン
Disc 1
1.ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番ハ長調OP.15
2.ピアノ協奏曲第4番ト長調OP.58
Disc 2
1.ピアノ協奏曲第3番ハ短調OP.37
2.ピアノ協奏曲第5番変ホ長調OP.73「皇帝」
Disc 3
1.ピアノ協奏曲第2番変ロ長調OP.19
2.ピアノ協奏曲ニ長調OP.61「ヴァイオリン協奏曲」(ピアノ版)
【演奏】
杉谷昭子(ピアノ)
ジェラルド・オスカンプ指揮
ベルリン交響楽団
【録音】1993-1994年 シーメンス・ヴィラ ベルリン
Brilliant BRL99035(原盤蘭Verdi Record)
2020年1月号のレコ芸を見ていたら別冊のレコードイヤーブックの訃報欄のページに、杉谷昭子さんの名前を見つけました。昨年の逝ける音楽家にはピアノではウィーン三羽ガラスと言われたイェルク・デムス(4/16)、パウル・パドゥラ=スコダ(9/25)、そして日本人では宮沢明子(4/23)についで杉谷昭子(5/8)の名前がありました。新聞で宮沢明子氏は確認していましたが、杉谷昭子氏はこのページを見るまで知りませんでした。死因は間質性肺炎ということで、享年76歳でした。この間質性肺炎は普通の肺炎とは違う難病だそうです。氏はブラームスのピアノ作品の全曲やベートーヴェンのピアノソナタ全曲に加えて俗に言うピアノ協奏曲第6番まで含めた全曲を録音しています。そして、女性としては最初にこのベートーヴェンのピアノ協奏曲全集を録音するという偉業を成し遂げています。995年にビクターから国内盤が発売されましたが、その時は、マルタ・アルゲリッチが賛辞のメッセージを寄せていました。
ここで伴奏を務めているベルリン交響楽団は1966年創設の「西独」のオケで、指揮のオスカンプは1950年生まれのオランダ人です。出身はチェロ奏者で、ロッテルダムフィルに在籍していたこともあります。そんなこともあるのでしょう、この演奏中低音部が充実した演奏で、一時期はこの演奏ばかりを聴いていました。
主役の杉谷氏は芸大を卒業後ケルン音大を出て専ら西独・日本を中心に活躍していたピアニストで、スタインウェイ弾きとして活躍しました。この録音に使われたのはシーメンス・ヴィラというマンションに併設された400人ほどを収容できるホールです。
シーメンス・ヴィラ
この全曲の中で一番聴いたのは、第3番と5番をカップリングした一枚です。ともにレコード時代から聴きこんでいる曲で前者はグルダ/シュタイン盤、後者はバックハウス/イッセルシュテット盤が愛聴盤でした。そして、中々この2曲をカップリングしたレコードなり、CDは見つかりませんでした。それもあり、一番手頃で聴きやすいこの杉谷昭子盤はよく引っ張り出して聴いたものです。
この演奏、我が家のオーディオ装置には合っているようで、却って先に挙げたグルダやバックハウスの演奏よりもどっしりとしたサウンドが左右いっぱいに広がり、その中央に硬質ながら柔らかいタッチのスタインウェイの響きが響きます。元々が2管編成のオーケストラで書かれていますから、弦楽器の透明感のあるバックに支えられ、その上を絡むようにピアノが主メロディを奏でていきます。まあ、巨匠による丁々発止のオーケストラとの掛け合いという演奏とは違いますが、良い意味バランスのとれたベートーヴェンの音楽が響き渡ります。
そして、このセットのもう一つの特徴は普通の全集では含まれない、いわゆる第6番と呼ばれるヴアイオリン協奏曲からの編曲によるものも含まれているということです。個人的にはこの演奏にも興味がありました。この曲を初めて聞いたのは中学生の頃で、FMから流れるブルメンタール/ヴァルトハウス/ブルノフィルの演奏に傾注したものでした。こんな曲がベートーヴェンの作品にあると知り、なぜかブルメンタールの名前が記憶に残ったのです。レコード時代でも録音が少なかったこの曲をこの全集で聴くことができるというのも魅力でした。そして、それは期待に違わないものであったのです。こんな演奏です。
このセットはすでに廃盤になっていますが、この第6番だけはブリリアントから発売されている「ベートーヴェン作品全集」にも収録されています。それだけ貴重な録音ということでしょう。