超高速!参勤交代 | geezenstacの森

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超高速!参勤交代

著者 土橋 章宏
発行 講談社

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 ときは享保二〇年(1735)初夏、改革の嵐吹き荒れる八代将軍徳川吉宗の時代。一万五〇〇〇石の磐城湯長谷藩に隠し金山嫌疑がかかり、老中から「五日以内に参勤せねば藩を取り潰す」と無理難題ふっかけられた。八日はかかる六十余里を実質四日で走破せねばならない。カネも時間も人も足りない小藩は、殿様以下七名で磐城街道と水戸街道、さらには山野を踏み越えて江戸城本丸へとひた走る。一行の前に立ちはだかるのは公儀隠密、御庭番、百人番所の精鋭部隊。湯長谷藩の運命や如何!?---データベース---

 参勤交代を題材にした小説というと浅田次郎さんの「一路」を思い出しますが、あちらは大名ではなく旗本でした。そう、参勤交代は大名だけでなく、交代寄合と呼ばれる格式高い旗本もまた参勤交代を行っていたんですな。ここでは東北の小藩、陸奥湯長谷(ゆながや)藩一万五千石第4代藩主、内藤政醇(ないとうまさあつ)が主人公とあって、正式な大名です。この人実在の人物で、小説の中で描かれる、8代将軍・徳川吉宗の治世の享保20年(1735年)には24歳という若い大名です。まあ、この小説を読むまでこんな大名がいた事すら知りませんでした。湯長谷藩は、陸奥国南部(磐城国)磐前郡の湯長谷陣屋(現在の福島県いわき市常磐下湯長谷町家中跡)に藩庁を置いた藩で、小説にも登場する陸奥磐城平藩内藤家(のちに日向延岡に転封される)の分家に当ります。

 タイトルに超高速とあるように、通常は2週間ほど掛かる参勤交代を僅か5日で成し遂げます。それも、幕府の隠密と戦いながらの行程で尋常ではありません。テーマとしては、参勤交代直後にまた参勤交代で登城せよという無茶な幕府の不条理な沙汰に立ち上がる弱小大名という設定ですが、それをコメディタッチで描いているのがこの小説です。まあ、藩内で金山が見つかったと隠密が老中に報告した事への釈明というのが建前ですが、実際は時の老中、松平信祝が湯長谷藩の取潰しを計ったというのが真相です。

 参勤交代での登城ですから、隊列を組んで街道を行軍しなければなりません。しかし、金が無いという事で城代家老の相馬兼継が知恵を絞って僅か8名で江戸を目指すというストーリーになっています。まあ、大名行列は大きな宿場ではチェックが入りますが、普通の宿場は隊列を崩しても問題ありません。この東北からの参勤では奥州街道ー日光街道を使うルートと、太平洋側を通る岩城街道ー陸前浜街道ー水戸街道を使うルートがあります。今回は後者のルートでチェックポイントは岩城街道の「高萩宿」と水戸街道の「取手宿」です。まあどちらも奇抜な知略で突破します。タイトルの「参勤交代」の見せ場のシーンです。

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 この小説の醍醐味のもう一つの特徴は、隠密しての忍者が登場している事です。それも湯長谷はんには戸隠流忍者の雲隠段蔵、幕府派には伊賀忍者や甲賀忍者のいわゆるお庭番が登場します。この両者が激突するのですが、前半では密約がなり、段蔵は仲間だから牛久までは手を出すなと公儀隠密に申し渡します。ですから前半は比較的平穏に参勤交代が進みます。とはいっても、途中から街道を離れ間道や獣道沿いに山越えをします。なにせ、江戸までに5日間しか時間がありません。険しい山中を強硬突破です。それも、出来るだけ身軽に行軍するために武士の魂といえる大小の刀は竹光です。

 基本的にこの小説はコメディです。それがこの本の装幀に現われています。ただし、個人的にはちょっとデフォルメしすぎていて、いわゆる時代小説ファンはちょっと抵抗があるのではと考えてしまいます。そう、この作品にはコメディの枠に収まりきれない作者の強い気持ちが読み取れます。それが湯長谷藩が将軍に献上した「大根の漬物」に現われています。ご存知のように徳川吉宗は、享保の改革を推進した将軍で、自らも着物は木綿、食 事は朝夕の二回とし、献立も「一汁三菜」としました。その将軍には相応しい献上品ですな。ですから、ラストシーンで吉宗が内藤政醇にこう告げます。

「よいか。けして磐城の土をを殺すでないぞ。この先、永遠にな」
 
 良い大根を作るには良い土が必要だという事です。賄を取って私腹を肥やそうとした老中松平信祝へアンチテーゼともなっているのですが、これがこの小説のメインテーマでしょう。更にいうならば、農民を大切にしろとも受け取れます。まあ、これは拡大解釈でしょう。何となれば、吉宗は財政改革の中で五公五民に引き上げています。半分が税金という状況です。これは農民を苦しめたようです。

 この内藤政醇には編な性癖があります。閉鎖された空間が怖いのです。幼い頃の体験が彼をそういう状態に追い込んだのですが、トイレねとを明けた状態でしか入れないという冒頭に出てくるシーンには笑えます。ただ、参勤交代の状況の中で政醇はこれを克服していきます。それが、中盤牛久の宿で出会う飯盛り女のお咲きです。飯盛り女とは宿場女郎の事です。女郎仲間とソリが合わないお咲きは折檻されて木に括り付けられています。一足早く馬で牛久宿に入った政醇が、そのお咲きを救います。政醇とお咲きは同じような境遇で育った過去を持っている事が分りす。政醇はお咲きに女郎としてではなく一人の女として接し、お互い心を通わせていきます。まあ、最終的には男と女の仲にはなっていくのですが、ここは一番の見せ場でしょう。

 そして、もう一つ、抜け忍としてどちらにも組みしなかった雲隠段蔵が内藤政醇の人間性に触れ、また自分の妻と娘に接して最終的に湯長谷藩に味方をし江戸まで随行していきます。
 
 この作品、映画化されて昨年公開されました。配収14億円越えで、この手の時代劇としては異例のヒットです。今年の日本アカデミーには主演男優賞、監督賞、脚本賞にノミネートされています。ただし、映画の面白さは原作の半分ほどです。前半はかなり原作に忠実に映画化されていますが、中盤以降はぐだぐだです。映画ではお咲きが美化されていますし、雲隠段蔵のエピソードもカットされています。まあ、2時間でこの作品を描き切ろうというのは無理な話です。原作では、お咲きは公儀隠密の拷問を受け生死をさまよいますし、雲隠段蔵も小説では壮絶な最後を迎えますが、抜け忍の最後としては見事なものです。

 なお、悪役になる、松平信祝は延喜元年(1744)、病気により老中辞職を願い出ますが、許されず4日後に死亡します。ここは、小説と史実は一緒です。これはぜひ、この小説を読んでいただきたいものです。