シャイー
マーラー/交響曲第5番
曲目/グスタフ・マーラー
交響曲 第5番 嬰ハ短調
第1楽章: Trauermarsch.in Gemessenem Schritt.streng.wie Ein Kondukt 12:54
第2楽章: Sturmisch Bewegt.mit Grosster Vehemenz 14:57
第3楽章: Scherzo.kraftig, Nicht Zu Schnell 17:59
第4楽章: Adagietto.sehr Langsam 10:27
第5楽章: Rondo-finale.allegro 15:28
指揮/リッカルド・シャイー
演奏/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音/1997/10/6-10 コンセルトヘボウ、アムステルダム
演奏/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音/1997/10/6-10 コンセルトヘボウ、アムステルダム
P:アンドルー・コーナル
E:ジョナサン・ストークス、グレアム・ミーク
E:ジョナサン・ストークス、グレアム・ミーク
DECCA 4806785

マーラーの交響曲の中では、「第1番<巨人>」と並び演奏される機会が最も多い人気曲が「第5番」でしょう。小生もご多分に漏れずこの2曲が断トツに好きです。今では第1番より聴く機会が増えました。まあ、これはCDというメディアのおかげでしょう。レコード時代はLP2枚に分けての収録でしたから、価格も高くおいそれとは買うことも出来なかった曲ですからね。それが今はCD一枚に全曲が収録され、プレイボタンを押せば最後まで一気に聴くことができます。良い時代になったものです。
この曲、指揮者の解釈やオケの腕で仕上がりはかなりバラツキが出ます。これまでもこのブログでは、バルビローリ、ナヌート、ノイマンしか取り上げていませんが、ソースではハイティンク、バーンスタイン、テンシュテット、インバル等々を所有しています。このシャイーの演奏は、そのどれとも近似値を見いだすことが出来ないユニークな演奏になっています。
で、その中でも、これは録音共々最上位に位置する一枚といってもいいのではないでしょうか。日本では世界最高峰のオーケストラとしてはベルリンフィルやウィーンフィルが取り上げられますが、このコンセルトヘボウの音を聴くと、俄にコンセルトヘボウがトップの様な気がして来ます。日本での評価は両者に比べて低いものがありますが、こういう演奏を聴けば欧米での評価が高いのも納得です。ハイティンク時代の音も確かに渋くていい音なのですが、このシャイーとのコンビで聴くコンセルトヘボウのサウンドは、とんでもなくクリアで且つ重厚で第一楽章冒頭のトランペットの響きからして耳をこらしてしまいました。それだけシャープで聴き手にどすんと響いて来ます。改めて、録音スタッフを確認してしまいました。ところがプロデューサーはまだしも、エンジニアについてはほとんど初めて聴く名前でした。一言断っておくと、このシャイーのボックスには詳細な録音データは中途半端なもので、デッカのアルバムの常のように録音年月日は月までの表記しかありません。オリジナルのアルバムでもそうだったのでしょうかね?そんなことでレコ芸のデータブックを参考にしています。ジャケットデザインはどれも同じ写真が使われており、ただ、CDナンバーが打ってあるという手抜きのものです。せっかく、オリジナルのアルバムをそのまま収録しているのですから、ジャケットもそういう形にしてほしかったのがこのボックス・セットの残念なところです。
さて、コンセルトヘボウとしては、ハイティンク以来2度目のマーラー全集となって完成しています。ハイティンク勇退後のコンセルトヘボウは、シェフがシャイーということで危惧された部分もありましたが、その後16年間シェフを務めました。そして、ある意味ハイティンクを超えたレベルにオーケストラを導いたと思います。欧米での評価の高さがそれを裏付けています。
シャイーの演奏は、精緻なアンサンブルにより明晰で澄んだ響きを生みだしているのが特徴と言えるでしょう。例えば第1楽章は力任せに押しまくることなく、細部までバランスのとれた非常に見晴らしのいい演奏になっています。冒頭のソロのトランペットがゆっくりと朗々と歌う美しさ、スケールの大きさは残念ながらハイティンクの演奏では感じられないところです。多分ソロパートは楽員に任せているようなところが感じられます。ここではソロをペーター・マスースが吹いています。それでいて、シャイーはそれこそオペラとシンフォニーをバランス良く手がけていますから、演奏自体は非常にドラマチックになっています。ですから、聴いていても音にストーリーがあり、語り口が上手いのでついついその音楽に惹き込まれてしまいます。コンセルトヘボウは本当に上手いオーケストラで、とりわけ管楽器の音色の素晴らしさが際立っています。デッカはショルティでマーラーの全集を完成していますが、どうもデッカの本領が発揮出来ていない録音で、そういう意味ではこのシャイーの全集では往年のデッカサウンドが名門コンセルトヘボウとの組み合わせで実現出来たといってもいいのではないでしょうか。第1作の6番から足かけ16年の長い期間にわたって録音されたものですが、ウィーンフィルでの単独の指揮者での全集は実現出来ていませんからこれは貴重です。
マーラーの交響曲第5番はテンシュテットやバーンスタインの演奏で一般的なように悲劇性を前面に押し出した重く暗い演奏が主流なのですが、このシャイーの5番はそういう部分も充分残しながら、どことなく甘美な抒情性が漂う演奏に昇華させています。ですから、全体を聴いて随所でまるでオペラのように情感込めて歌い上げているのが素晴らしく、所々で旋律線がアリアのように豊かに歌い上げられ、随所で対向旋律が浮かび上がって曲の新しい魅力を引き出しています。こういうところはシャイーがいかにもイタリア人だなぁと感じるところです。シャイーはスカラ座でアバドのアシスタントをしていた時代がありますが、そういう経験が楽曲の解釈に生きているのでしょう。また、現代音楽にも強いというところがデッカと専属契約を結んだポイントにもなっているようです。このユニークな第1楽章を聴いてみましょう。
参考までに、下はハイティンク/コンセルトヘボウのマーラーの交響曲第5番です。
第2楽章でもそのバランス感は変わらず、激しさの中にも音が磨かれて、艶っぽい仕上がりになっています。テンポを落とした後は、チェロを筆頭とする弦楽器が、シルキー・タッチの妖艶な音を響かせます。第2楽章はここも遅いテンポなので、ある意味では重い悲劇的な旋律線になっていますが、それをもたれずにスッキリした感じで進んでゆくのは、シャイーの構成力でしょう。まったく長さを感じさせません。
第3楽章は、あたかも協奏曲のように大活躍するホルンのふっくらとした音が聴きものでしょう。ウィーンフィルとは違う太く大らかで、よく伸びる音で濁りがありません。こういうところに録音エンジニアの差が出ます。その点、デッカの録音が極上なので、音そのものを聴く快感を味わえるし、酔ってしまいそうです。ソロ・ホルンは主席のヤコブ・スローターです。
この交響曲での最大のポイントは、この第4楽章でしょう。しかし、シャイーは意外なほどあっさりと流してしまっているように思われます。まあ、聴き方によってはこれは映画音楽ではありませんよ、というメッセージを突きつけているようにも感じられます。一般的にはルキノ・ヴィスコンティ監督による映画『ベニスに死す』で使用されたことで有名となり、しばしば単独で演奏される楽章ではありますが、シャイーは1/5としての位置付けで淡々とSehr langsam.(非常に遅く)の指示を守って演奏しています。多分アダージョカラヤンのイメージで聴くと失望するでしょう。
それにしても、コンセルトヘボウというホールはいい音がします。ここではこの第5楽章の芸術の爆発をきっちりバランスの取れた音で包み込んでいます。こういう音でマーラーを聴くとアムステルダムのコンセルトヘボウで生の音を聴きたくなります。最初にシャイーの交響曲第5番は他の誰とも違う印象だと書きましたが、不思議なことに聴き終わって何ともいえない清涼感があります。交響曲の感覚は今までのどの指揮者の演奏でも感じたことの無い感覚です。やはり、オペラのドラマを視聴し終わった感覚に近いものなのでしょうか。
さて、この録音が含まれるシャイーのボックスセット、通常のセットとは少し趣が違います。何しろ定番の古典は以前のベートーヴェンやモーツァルト、ブラームスの交響曲はいっさい含まれていません。例外的にロッシーニの序曲集が含まれているのが光るぐらいです。それよりも、シェーンベルクやヴァレーズ、メシアンなどの現代作品が半分以上を占めています。そういう意味では自分自身にとってもチャレンジの内容です。シャイーの指揮したものはこれまでほとんど聴いてなかったのですが、これを機にちょいと見直してみようかなと思います。
○これまで取り上げたマーラー交響曲第5番