
儲からないことするヤツはアホや!明けても暮れても金、金の大坂では武士道も額面通りには通らない。義のために突き進もうと、鳥居又七は江戸の彰義隊に参加したが…。幕末大坂の武士と町人の気風を語る表題作の他、いずれも、上方の心意気を軽妙な筆致で描き、意外な結末が魅力の好短編5本を収録。---データベース---
先に紹介した「軍師二人」と平行しながら読みました。6つの短編が入っていますが、こちらの方はちょっと砕けた市井風の雰囲気があり読みやすいです。大坂侍ここにありという感じで、江戸の歴とした武士とは違う、さすが商人の街の武士という風情です。ここでは武士だけではなく大泥棒も登場します。ちゃんと歴史に名を留めているようで、司馬流にアレンジされた人物伝はええ坂人らしい笑いの取れる筋立てになっています。他の短編も、ある事実から想像した物語であったり、またはいくつかの事実を組み合わせた話なのでしょうが司馬氏の筆致力はさすがです。これならドラマにしても脚本家は要らないのではないでしょうか。現にタイトル作は2007年の宝塚の月組の演目に登場していました。
江戸時代といえば士農工商ですが、大名ですら額面通り威張ることができないのが大坂です。そして大坂といえばあきんど、人情と相場が決まっています。なんでも「銭」の大坂の町ですが、そこには人情味があるためやらしくありません。この作品はまず維新という舞台を大坂商人の目を通して、武士社会という虚構と成り果てつつあるいわば時代の遺物に、頑ななまでに身を捧げて犠牲を払う武士達の滑稽さを描き、舞台の当事者とは別の観点から維新というものを見つめた傑作です。
江戸時代といえば士農工商ですが、大名ですら額面通り威張ることができないのが大坂です。そして大坂といえばあきんど、人情と相場が決まっています。なんでも「銭」の大坂の町ですが、そこには人情味があるためやらしくありません。この作品はまず維新という舞台を大坂商人の目を通して、武士社会という虚構と成り果てつつあるいわば時代の遺物に、頑ななまでに身を捧げて犠牲を払う武士達の滑稽さを描き、舞台の当事者とは別の観点から維新というものを見つめた傑作です。
♦「和州長者」
情を通じていた嫂の佐絵が殺されてから49日。中間の団平におどされ、訪れた部屋には家中の男が三人、集められていました。家長の青江釆女、弟の欣吾、そして用人の讃岐源右衛門です。いずれも佐絵に通じていました。中間の団平は佐絵の嫁ぎ先から従って来た男です。目的は和州の風習を実行することでした。青江釆女は外に妾を作り、ために家中では、家人が佐絵に密通を働いたのです。法事の後の酒宴で、4人は佐絵と関係を持った経緯を話し始めます。そして、酒の中には毒が入れてあるといいます。4人は佐絵とのなれそめを語り始めます。じわじわと効いてくるというその毒に団平以外は怯えます。
情を通じていた嫂の佐絵が殺されてから49日。中間の団平におどされ、訪れた部屋には家中の男が三人、集められていました。家長の青江釆女、弟の欣吾、そして用人の讃岐源右衛門です。いずれも佐絵に通じていました。中間の団平は佐絵の嫁ぎ先から従って来た男です。目的は和州の風習を実行することでした。青江釆女は外に妾を作り、ために家中では、家人が佐絵に密通を働いたのです。法事の後の酒宴で、4人は佐絵と関係を持った経緯を話し始めます。そして、酒の中には毒が入れてあるといいます。4人は佐絵とのなれそめを語り始めます。じわじわと効いてくるというその毒に団平以外は怯えます。
しかし、翌朝死んでいたのは団平でした。中間・段平の忠義な生き様とともに、嫂と通じながら、結局能天気に自分大事な人生を送る欣吾の姿が、対比として印象深く描かれています。次男坊とは気楽なものです。
♦「難波村の仇討ち」
兄の仇討ちの相手は大坂の商人です。その男を仇を討たねばお家は断絶となります。佐伯主税は、なんとしても仇を討つために大坂にやってきたものの、どうにものらりくらりと敵の奴留湯佐平次にかわされてしまいます。あげくは彼の妹のお妙が近づいて来て、出会ったその日に一夜を供にしてしまいます。強烈な出だしです。時は、幕末で既に江戸では徳川は蟄居し元号は明治に変わろうとしています。そういう状況下での仇討ちは、成就する訳がありません。佐平次に鼻薬を嗅がされた奉行所の役人は仇討ちの場所に現れもしません。頼みの岡山からの助っ人は何時まで待っても現れません。藩は当時は次男坊以下の侍を集めて練兵隊を組織していました。みな、金になる方へなびきます。
兄の仇討ちの相手は大坂の商人です。その男を仇を討たねばお家は断絶となります。佐伯主税は、なんとしても仇を討つために大坂にやってきたものの、どうにものらりくらりと敵の奴留湯佐平次にかわされてしまいます。あげくは彼の妹のお妙が近づいて来て、出会ったその日に一夜を供にしてしまいます。強烈な出だしです。時は、幕末で既に江戸では徳川は蟄居し元号は明治に変わろうとしています。そういう状況下での仇討ちは、成就する訳がありません。佐平次に鼻薬を嗅がされた奉行所の役人は仇討ちの場所に現れもしません。頼みの岡山からの助っ人は何時まで待っても現れません。藩は当時は次男坊以下の侍を集めて練兵隊を組織していました。みな、金になる方へなびきます。
そんな訳で、命にすら値段をつける大坂商人の貪欲さと滑稽さが、なんともおかしい一編になっています。やがて、時代は変わり、商人として才覚に優れている佐平次は、メリケン相手の商売に乗り出します。最後にいつまでも仇討ちにこだわる主税に一喝し、お妙と一緒にアメリカへ行けと切り出します。すべてが時代の流れに押し流され、武士の威厳はすでに紙くずとなっていました。あまりにあけすけなためオチも秀逸で、まるで漫才の様な展開です。
♦「法駕籠のご寮人さん」
大坂は天満の料理屋「法駕籠」では、二人の男が食事を世話されていました。一人は勤皇派の三岡八郎、いま一人は新撰組の山崎烝(すすむ)です。「法駕籠」の主人は未亡人のお婦以です。番頭の松じじいは「法駕籠」の行く末を考えて、二人の武士に後を継いでもらおうと考えます。その二人が、ある日、二人は店先でばったり出会ってしまうのです。
大坂は天満の料理屋「法駕籠」では、二人の男が食事を世話されていました。一人は勤皇派の三岡八郎、いま一人は新撰組の山崎烝(すすむ)です。「法駕籠」の主人は未亡人のお婦以です。番頭の松じじいは「法駕籠」の行く末を考えて、二人の武士に後を継いでもらおうと考えます。その二人が、ある日、二人は店先でばったり出会ってしまうのです。
勤王と佐幕派が同席して食事をとるなんざ江戸では考えられない事でしょう。それを大坂商人はやってのけます。そんなことで、ただ利と情がある大坂商人の気風が知れる好編となっています。さて、最後には二人の行く末も書かれています。史実的には、山崎烝は鳥羽伏見の戦いに敗れ、負傷し、江戸へ引き上げる軍艦の中で絶命します。そして、官軍の三岡八郎はここでは書かれていませんが、後に五箇条の御誓文」を起草し、明治維新後、由利公正と名を改めた三岡は、龍馬が願ったように新政府に参加し、数々の要職を歴任しています。
さて、この話でも、最後に落語的オチがあります。
さて、この話でも、最後に落語的オチがあります。
♦「盗賊と間者」
大坂境の盗賊、天満屋長兵衛は大坂では名高い盗賊でした。しかし、遂に御用となったのですが、与力の田中松太郎の粋な計らいで解き放ちとなります。その理由に清七という男の面倒を見ろという沙汰が下ります。またしても落語の様な展開です。そんなことで、長兵衛は佐渡八と名前を変え、京都でうどん屋をはじめることになります。京都で屋台のうどん屋というのも訳ありですな。現に清七は勤皇の士であり、新撰組をひそかに調べていたのです。時は池田屋事件の後で、薩長の放った密偵はことごとく斬り殺されていました。そんなことで、池田屋事件は防げなかったのです。さて、上手く壬生の新撰組の屯所へ入り込みます。 ところが薩長と通じている田中松太郎が殺されてしまいます。佐渡八は義憤を覚え、単身近藤勇の寝間に忍び込み近藤をぶん殴ります。痛快ですわ。一方小事にこだわらぬ清七こと長州藩士、当内十太郎は先を見て行動します。後年、彼は大坂府の権参事となって戻って来ます。そのよこに付き添うのは妻の「おけい」でした。おけいとの関わりは省きましたが、本当は長兵衛を好いていました。幕末を市井の視点で描いた一編です。
♦「泥棒名人」
盗賊番付にも名が残る江戸屋音次郎が主人公です。フィールドは江戸でしたが大坂に出稼ぎに来ています。ある夜、盗みに入った天満の海産物問屋の寮の茂みで出会ったのは、大坂一の盗賊と名高い行者玄達でした。この二人の出会いの場で、玄達は音二郎に「盗んで欲しいものがある」と頼むのですが、ここでは明らかにされません。しかも、玄達は同じ長屋の音次郎の隣りに住んでいるのです。江戸育ちの音次郎に、寄り添った女のお蝶は稼ぎの悪い音次郎に悪態をつきます。気っぷのいい玄達は長屋の女たちからも好かれています。
盗賊番付にも名が残る江戸屋音次郎が主人公です。フィールドは江戸でしたが大坂に出稼ぎに来ています。ある夜、盗みに入った天満の海産物問屋の寮の茂みで出会ったのは、大坂一の盗賊と名高い行者玄達でした。この二人の出会いの場で、玄達は音二郎に「盗んで欲しいものがある」と頼むのですが、ここでは明らかにされません。しかも、玄達は同じ長屋の音次郎の隣りに住んでいるのです。江戸育ちの音次郎に、寄り添った女のお蝶は稼ぎの悪い音次郎に悪態をつきます。気っぷのいい玄達は長屋の女たちからも好かれています。
そんな中、二人は盗人としての意地をかけた競争に音次郎は敗れてしまいます。そして、頼み事の盗みを実行します。それは女でした。しかも、この女は・・・・玄達の一枚上手なやり口が痛快な一編です。この落語的オチにはしびれます。
♦「大坂侍」
主人公は鳥居又七という十石三人扶持の川同心です。元々は江戸は本所の生まれです。詳しくは語られませんが親類の罪に連座し大坂に流転になっています。江戸では士農工商ですが、商人の街大坂では商工農士なんだそうです。そういう環境の中ですが時代は幕末、父からは江戸へ上り彰義隊に入れといわれるし、遊び人の政からは木材問屋の娘お伊勢との縁談を進められます。政はたった2両でこの話を請け負って来たのです。お伊勢は又七が絡まれたところを助けた経緯があります。ですが金、金、金の大坂の考えに嫌気の指した又七は、義のために彰義隊に参加する事を決め江戸に向かいます。 しかし、久しぶりに戻った江戸はかつての江戸ではありませんでした。彰義隊も戦をするにしても装備がなく、白刃では鉄砲の前には何の役にも立ちません。上野戦争で官軍が使った大砲の弾は大坂商人が江戸に運び込んだものでした。又七は這々の体で、大坂の回船問屋長左衛門の江戸店に逃げ込みます。そこには、お伊勢が後を追って江戸に来ていました。大坂商人の手の中で踊らされる武士の滑稽な姿がこの一編の中に炙り出されています。この話し、作中に括弧書きで実際の当時の史実が書き込まれています。鳥居又七は後年は木材商菱川又七として名を残しています。
て、お気づきだと思いますがこの小説のタイトルは「大坂侍」です。つまり、「大阪侍」ではありません。江戸時代までは大阪は大坂と呼ばれていました。それが、明治維新後の1868年、新政府はもとの大坂三郷に大阪府を置きました。元来の「大坂」に代わって「大阪」が正式な表記となったのは、このころのことです。