死のシンフォニー | geezenstacの森

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死のシンフォニー

著者 トマス・ハウザー
訳者 田中晶太郎

発行 創元社 創元推理文庫

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 ヴィオラ奏者のジュディスは、音楽エージェントと称する男から、1万ドルの報酬と引き換えに初見の楽譜を受けとった。同じころ、メトロポリタン歌劇場の近くで、3人の若い演奏家が何者かに射殺された。が、その殺人事件は、ある音楽狂の企てるとてつもない大犯罪の前奏曲に過ぎなかった。華麗な音楽界を背景に息もつかせず展開する傑作ミステリ。---データベース---

 1987年に発売された創元推理文庫の中の一冊です。著者のトマス・ハウザーの名は1982年公開の映画「ミッシング」の原作者として知っていました。コスタ・ガブラス監督の社会派サスペンスで、ジャック・レモンが主演でした。原作は「The Execution of Charles Horman: An American Sacrifice」といいましたが、のちに映画と同じタイトルの「ミッシング」と改められています。しかし、こちらの本は知りませんでした。フリマで見かけ、タイトルに惹かれて手に取ったものです。推理文庫のタイトルは「死のシンフォニー」なんですが。原題は「ベートーヴェンの陰謀(Beethoven Conspiracy)と」となっています。こちらの方がよりストレートなんですが、これでは推理小説としては面白く無いのでこんなタイトルになったのでしょう。

 クラシック関係で推理小説というと「モーツァルトは子守唄を歌わない」をかなり以前に紹介しています。そちらは国産の推理小説で、ベートーヴェンが活躍するものでしたが、こちらはそのベートーヴェンが残した遺産が原題の殺人事件を引き起こすというストーリーです。クラシック関係の推理小説ということで、のっけからメトロポリタン歌劇場が出て来ますし、ニューヨークフィルのアシスタント・マネージャーのジャクリーヌ・ホイトロックという女性も登場します。この彼女の口から話されるニューヨークの音楽産業の実情は中々興味があります。主人公の一人、ヴィオラ奏者のジュディはフリーの演奏者ですが、本来ならニューヨークフィルやメトで活躍する実力は充分持っているのですが、独奏者としての夢を持っているため敢えてフリーランサーになっているグループです。書かれたのが1980年代初めですから、当時の状況ではトップソリストはイツァーク・パールマンやピンカス・ズーカーマンというところで彼らの名前も登場します。

 殺人事件を調べるニューヨーク市警の刑事はリチャード・マリットとオカマのジム・ディーマがコンビを組んで活躍します。マリットは44歳、子供も二人いる平凡な刑事です。ディーマは24歳で好きな男と同棲しています。この組み合わせもアメリカの現実をさらけ出していますね。アメリカの刑事物を見ると映画でもペアでの活躍ですが、ほとんど二人が専従の形で捜査会議なんてのは登場しません。ここでもそのスタイルです。で、マリットがニューヨークフィルのマネージャーから貰ったエキストラ奏者のリストからジュディスの存在が浮かび上がって来ます。殺された3人の演奏家とジュディスの共通点は11月4日から9日までのスケジュールの確保と1万ドルの報酬でした。

 マリットはクラシックなんかに興味はありませんが、彼女が未知の楽譜を所持していて、それがどうもベートーヴェンの作品のようだという話しから、図書館へ赴きベートーヴェンにつて調べ始めます。さらにはジュディスと出会い彼女の部屋でベートーヴェンについてレクチャーを受けます。最初に聴かされるのが交響曲第6番「田園」、次に「第九」です。こうなることで、マリットはこの事件の鍵がベートーヴェンにあることを確信していきます。そして、調べた資料からベートーヴェンには第10交響曲があったのではという仮説を立てます。また、第4の殺人事件も過去に発声していたことが分かって来ます。唯一の証人ジュディスを守るためにマリットは身辺警護に当たり、そのうちに彼女のリサイタルに顔を出したり、コンサートに一緒に行ったりして親密になっていきます。

 1980年代の小説ということで、その男女関係は節度を持っていますが、マリットには不倫の文字も頭をかすめます。ジュディスの証言を元に似顔絵が出来ていく辺りは実に細かく描写されていて、こうやって似顔絵が作成されるのかという発見があります。そうして出来上がった絵は、一人の人物を炙り出していきます。しかし、捜査の進展が無いままジュディスはウィーンへ旅立ちます。当然マリットも彼女に同行してウィーンへ。しかし、地ヨットした好きに彼女の行方を見失ってしまいます。もはや、これまでかというところへスナイパーが現れ、それを逆手に取って形勢は逆転して、一気にラストになだれ込んでいきます。

 実際にはザルツブルグの旧ナチスの司令部のあった屋敷に一つのオーケストラが出来るメンバーが集められます。そこで、未知のベートーヴェンの交響曲第10番がリハーサルから始まり、演奏されていきます。しかし、その曲が演奏された暁には・・・まあ、それは読んでのお楽しみです。

 ところでこの作品に登場するベートーヴェンの交響曲第10番は、1990年バリー・クーパーというイギリスの作曲家・オルガニスト・音楽学者の手によって完成されています。実際は1988年に、ヴァルター・ヴェラー指揮ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団によって試演されています。その後1990年にウィン・モリス指揮ロンドン交響楽団によって決定稿が初演され、CDも登場しました。今ではモリス盤をはじめウェラー盤、ボストック盤などが登場しています。この小説は1982年に発表されていますから、そういう経緯はまったく触れられていませんが、とにもかくにもベートーヴェンの交響曲第10番を扱った小説という意味では、その存在を広く世間に知らしめた存在価値はあるでしょう。ただ、復元され、録音されているのは第1楽章に過ぎません。小説の中では第4楽章まできっちり演奏されていますので、それはこの小説で作品を味わって下さい。

 と、切り捨ても出来ませんので、せめてその復元されたものを聴いてみましょう。なんと、第3楽章までネットにアップされています。


第1楽章

第2楽章

第3楽章

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                      交響曲第10番のスケッチの一部

 これとは別に、ローズマリー・ブラウン(Rosemary Brown: 1916-)という人が霊感を受けものをイアン・パロット(Ian Parrott: 1916-)というイギリスの作曲家が1976年にオーケストレーションした「ヘ短調交響曲」なるものがあるようですが、こちらは録音もされていないようなのでどんな曲なのかは知る由もありません。