
錺職人の夫が急逝し、義理の子供たちから家を追い出されてしまった後添えの八重。先妻の子・おみちと日本橋堀江町に引っ越して小間物屋を開いた。血のつながりはないが、実の親子のように仲の良い二人。新しい生活は希望に満ちていた。しかし、向かいに岡っ引きでも手を焼く猛女のお熊が住んでいたからたまらない。しかも、この鼻摘まみ者の息子におみちが気のある様子。頭を悩ます八重のもとに、自分たちを追い出した義理の息子が金の無心に現われて…。---データベース---
市井ものが得意な宇江佐真理さんのホームドラマの様な長編作品です。ただ、話しの内容が「渡る世間は鬼ばかり」的な展開で、時代を江戸時代にこそ据えていますが気なしの内容は現在進行形でおきていた当時の事件を取り入れていて中々興味深いものがあります。それはテータベースでも紹介されている「布団たたきおばさん」の件です。この作品は2007年に出版されていますが、元々の事件は2005年に起きています。当時はマスコミでも話題になりましたから覚えておいでの方も多いのではないでしょうか。まあ、今から考えるとどっちもどっちと思える事件で、被害者の方にもその原因を作る落ち度が合った事が分かって来ています。ご近所付き合いというのは誠に難しいのは、いつの時代にもあった事なんでしょうが、ここでもその当事者のお熊さんが寝ても覚めても布団をばんばん叩くというこういをするので、ご近所様がみんな迷惑しているという所が現実とはちょいと違う所のようです。
話しはその年の2月、錺(かざり)職人の夫の三右衛門が急逝したところから始まります。後添えとして入ってまだ三年の八重は、三右衛門の実の兄妹たちに、財産分けの算段で住んでいた所を追い出される展開になってしまいます。そんな八重に最後まで付いて来てくれたのは先妻の子・おみちだけです。おみちは血のつながりはないが、実の親子のように仲の良い二人です。そんな事で日本橋は富沢町を後にして、堀江町の仕舞屋に引っ越します。小間物屋を開くには好都合の物件でしたが、家賃が安いのにはそれなりの訳がありました。引っ越し先の向かいには岡っ引きでも手を焼く猛女のお熊が住んでいたからたまりません。副題の花嵐浮世困話(はなにあらしよのなかこんなもの) の世界の始まりです。ストーリーはこの堀江町に引っ越してからの一年間の八重の身辺に起こる事が綴られていきます。宇江佐真理作品にしては、暗い話しばかりが次々と起こります。
人を人と思わないお熊の態度は気に入りませんし、そこにいる一人息子の鶴太郎は労咳持ちで、尚かつおみちがナイチンゲール症候群でその鶴太郎に惚れてしまいます。さらに富沢町の実家に居座った義理の長男の芳太郎はまともに仕事をしない風で、女房子供に逃げられあげくの果ては自分も姿をくらませてしまいます。その知らせを最初に八重に伝えてくれたのは他でもないお熊でした。お熊は死んだ夫が借家持ちの地主だったのでその家賃で生活しています。その大家の寄り合いの席で富沢町に夜逃げで空いた物件がどうもお熊に関係があるらしいと、話したのでした。
小間物屋に顔を出していた老婆のおしげが亡くなります。85歳の当時としては大往生でしょう。一人暮らしでしたが、死後の事までちゃんとと段取りをしてなくなっていました。ちゃんと檀那寺に弔いの金と永代供養の銭を払い込んでいるというのです。そして、残った金は地主に店賃を溜めている長屋の住人の足しにしてくれとの書き置き寝残していたのでした。ところが、おしげが亡くなったのを聞きつけてお松という女が、現れます。どうもおしげに育てられたようですが、ついぞその女の顔を見たものはいません。やがては、お熊が店賃には当てないと言い出して、精進落しの場は修羅場となってしまいます。
お熊はご近所の豆腐屋とは仲良くしていますが、隣の葉茶屋の内儀とはどうもそりが合わないようです。そういう設定は最後まで後を引きますが、その設定は崎の布団たたき事件とはやや異なる設定になっています。夏が過ぎた頃に先妻の次男の利三郎がおしげの後に入居します。利三郎は大黒屋の手代をしていましたが店が、店立てを喰らって住み込みが出来なくなったのです。要するに立ち退きを喰らったんですね。大黒屋は紙草子屋で、利三郎は絵師の鶴太郎を知っていました。そんな利三郎ですから近所に越して来た事は心強いものです。
ところが、姿を消した芳太郎が浮浪者になって八重の前に姿を表します。急いで利三郎を呼びにやり、芳太郎の今後を相談します。さいわい利三郎が側に置いて様子を見ると言ってくれます。その間におみちは鶴太郎の湯治に付いて箱根に行くと言い出していました。婚前旅行ですな。結婚前の娘が男と二人旅なんて当時では考えられない事です。幸い、おせつの取りなしで何とかこの話は消えます。さいわいお熊の遠縁の増吉が同行する事に落ち着きます。
ところがこのお熊が又問題を起こします。自宅で古布団を燃やした事でぼや騒ぎとなり自身番にしょっ引かれます。お熊が頑として自分が悪いと認めないので大判所の牢獄に放り込まれます。八重はそんなお熊の解き放ちに心を砕き、なんとか事なきを得ます。自身番でも手を余していた風なんですね。そして、家に戻ると今度は飛脚が鶴太郎の死を伝えます。こんな事が次から次と問題が出るものです。そんな状況にほとほと手を焼いた八重はが引っ越しを考えるのは無理も無い事です。
さて、タイトルの「十日えびす」は元々は関西のお祭り、この物語の頃から関東でも広まって来たようです。ここでは日本橋の宝田えびすが登場します。堀江町からはちょいと距離がありますが、そこまでにぎわいが聴こえるのはご愛嬌でしょう。最終的にはこの地で商売を続ける気ですから、そこにお参りをするのは粋というものです。