恋いちもんめ | geezenstacの森

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恋いちもんめ

著者 宇江佐真理
発行 冬幻社 冬幻社文庫 

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 年頃を迎えた水茶屋の娘・お初の前に、前触れもなく現れた若い男。青物屋の跡取り息子で栄蔵と名乗る青年は、彼女の見合い相手だった。その清廉な人柄に、戸惑いながらもしだいに惹かれてゆくお初。だが、ある事件を契機に二人の関係は思わぬ方向へ進み始める…。運命のいたずらに翻弄される純愛の行き着く先は?感涙止まぬ、傑作時代小説。---データベース---

 宇江佐作品の髪結い伊三次シリーズは基本的に捕物帳なんですが、市井の庶民の生活もきっちり描き込んでいます。そんな中で、この作品は現代のトレンディドラマと同じ100%ラヴ・ストーリーの物語になっています。この物語は、江戸随一の繁華街、両国広小路に床見世の水茶屋「明石屋」を出す一家の物語でもあります。6話から成る連作短編です。火事と喧嘩は江戸の華といわれますが、その二つもちゃんと描かれています。ただ、舞台が江戸時代なだけで、そこに描かれる人間模様は内容から言ってかなり当時としては先進的な考え方というものになるのではないでしょうか。

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 お初はきかん気が強くて、言いたいことははっきり言う性質の今年17歳になった年頃の女の子です。離れて暮らした両親とは微妙に波長が合わず、病弱な兄のわがままさにはむかっ腹が立つばかりです。縁談話が持ち込まれますが、兄が片付くまではそんな気はありません。そんなお初ですが、いざ顔を合わせてみると気持ちが揺らぎます。その恋におちてしまう栄蔵は、子供の頃に親もとから離れ、ぐれていたこともあるという男です。気の合う二人はお互い惹かれていきますが、その二人の間に栄蔵の幼なじみの「おふじ」が割って入り、波風が絶えません。そして、栄蔵を思わぬ不幸が襲い二人の関係が怪しくなります。月9ドラマの様な展開で、最後はハッピィエンドで終わることは分かっていますが、ついつい引きずり込まれてしまいます。

 傑作かというと栄蔵の描かれ方が前半と、火事で家を失ってからとちょいとカラーが変わってしまう所が納得出来ません。しかし、主役よりも魅力的な脇役が揃っているのでそういう意味では気っぷのいい江戸っ子の物語ということで楽しめます。この物語でとってもいい味出してたのが、お初の父・源蔵と、その親友・佐平次。この親父さんたちが、最高です。彼らがいなきゃ、お初の恋は成就しなかったでしょうね。子供の頃のお初を手放さなきゃならなかった源蔵にとって、お初の幸せは何よりうれしいことだったと思うのです。

♦呼ぶ子鳥
 明石屋は主人の源蔵、妻のお久、兄の政吉にお初という一家に加え、3人の茶汲み女を雇っている大きめの見世です。住まい屋は別に米沢町にありますこちらには女中のお春が住んでいます。上の地図でいうと広小路の直ぐ下側が米沢町です。そういう明石屋ですが、桜の季節は向島にも出店を出すので人出が足らなくなりお初も見世に出ます。こういう設定から年代は1800年半ばではないかと推察されます。これは記述中に隅田川の花火大会(1733年開始)の模様があり、1807年に永代橋が崩落事件のことも記述があるので少なくともそれから10数年は経っていると思われるからです。でも、黒船はまだ来航していないようです。源蔵の親友の口入れ屋、宝屋の佐平次は馬喰町に住んでいます。

 お初は裁縫を習いに「おとく」のもとに通っています。そのお師匠から縁談の話を持ちかけられます。そこで名前が挙がったのが本所で青果商を営む栄蔵でした。正式な話の前に、彼はわざわざ明石屋を覗きに来ます。このストーリーでの栄蔵はは積極的です。兄の結婚が先だと縁談を渋るお初にぐいぐいと迫っていきます。結局、その勢いに押され待つという栄蔵を受け入れます。呼ぶ子鳥とは郭公(かっこう)の事です。自分で巣を作らずに他の鳥に卵を孵させることを、本当の親に育てられなかった栄蔵はお初と同じ境遇だと説明するのです。まあ、ここでは登場人物の設定がさらっと描かれます。正式な仲人もたてないで出会う二人は、お見合いといえるんでしょうかね?こういう出会いは江戸時代でも珍しい部類に入るのではないでしょぅか。

♦忍び音
 明石屋の茶汲み女のお鉄が辞めます。残っているのは出戻りのおせんとおはんだけです。源蔵は人探しに佐平次の所に出かけます。源蔵はだめ出しをしましたが、お初はその女に会いに宝屋へ出かけます。おきんも出戻りでした。大女で水茶屋商売には不向きと思いましたが佐平次の手前1ヶ月試しに働いてもらうことにしました。そこでお初は栄蔵に会います。栄蔵の店も人探しでした。そして、薬師堂の縁日に行く約束をします。ところが栄蔵がおふじという木材問屋の娘を連れて来ます。お初の恋のライバルの登場です。とんでもない悪役ですが、最後まで栄蔵の鞘当てをします。自分の都合ばかりで他人のことを顧みないわがままお嬢さんという設定で、キャラクター的にはいい味出してます。現代っ子でも通用する小憎らしい設定です。

 栄蔵は足げく明石屋に顔を出しお初は少しは心が和みます。そんな栄蔵に源蔵はお初が拵えた浴衣をくれてやります。忍び音(ほととぎす)の声がお初の耳に聞こえます。

♦薄羽かげろう
 大川(隅田川)の川開きです。陰暦の5月28日から八月の晦日まで川遊びが解禁されていました。その初日に花火大会があるのです。この花火大会でも栄蔵はおふじを連れて来ます。しかし、お初は明後日には、栄蔵の家に顔を出すことになっています。栄蔵の店は本所二つ目ということで、両国橋を渡った回向院のちょいと東ぐらいになるのでしようか。しかし、栄蔵の家にまでおふじがいました。なんと母親のおみのに頼まれたということなのですが、さすがのお初も呆れてしまいます。あげくにお初におっかさんと呼ばれる筋合いはない、とまで言われる始末でお初は挨拶もそこそこに飛び出してしまいます。これは無いわな、小生でも思ってしまいます。まあ、その後仲直りして元町の蕎麦屋に入ります。

 政吉がおせんとつるんで店を空けます。お初はそんなおせんに意見しますが、反対にお初のことを拾われた子だと告げます。お初はいても立ってもいられなくなり見世を飛び出し、生まれ育った小梅村に足を向けます。以前住んでいた家には幼なじみの石松が住んでいました。もう所帯を持っています。石松の母親に担がれたんだと諭されてお初は得心します。そんな所へ源蔵と栄蔵が心配して顔を出します。飛び出していったお初の当たりをつけてのことでした。しかし、栄蔵との幸せなひとときもその時まででした。翌日未明、栄蔵の住む本所二つ目界隈が火事で全焼したのです。もちろん栄蔵の店も丸焼けになり、尚かつ母親が逃げ遅れて死にました。ストーリーはここからがらっと様相が変わって来ます。

♦つのる思い
 栄蔵が雲隠れしてはや2ヶ月、何の連絡もありません。源蔵と佐平次の行きつけのおそめの店にいました。そこの姪っ子のおみよが友二郎に振られたので慰めているのです。話を聞くと友次郎はおふじと祝言を挙げる様なのです。何とも変わり身の早いおふじです。そんなおふじの仮祝言にお初はお師匠に頼まれて出ることになります。ところが、その仮祝言の場におみよが顔を出します。おみよは懐に匕首を偲ばせており、友次郎の胸を刺します。友次郎はあっけなく死んでしまいます。おふじは泣きわめいて狂乱します。

 一方、源蔵は河岸を替えて飲んだ薬研掘の居酒屋で栄蔵と思われる男の話を聞かされます。そこで、お初は源蔵、佐平次と一緒に舟で品川まで出かけます。

♦未練の狐
 お初は、上総屋の息子とお見合いをします。栄蔵は品川の岡場所で妓夫をしていましたが、落ちぶれた自分はお初とは一緒になれないと素気無い返事です。源蔵もあきらめろというばかりです。それでも、佐平次だけはお初の気持ちを汲んでくれていました。手を動かしていれば気が紛れると師匠の所で裁縫に精を出します。おふじはあれ以来顔を出しません。そんなことで、お初が様子を見に行くことになります。小憎らしいおふじは友次郎と一緒になれたら気持ちを入れ替えていい内儀になるつもりだったと言いますが、所詮未練の狐です。

 その日、米沢町の家に戻ると政吉がおせんと接吻をしている現場に出くわします。所帯を持つならしゃんとしな、とお初は政吉に言いますが、家の中ではお久が脳溢血で倒れ寝かされています。店で倒れたらしいのですが、誰も気がつかなくて処置が送れ、翌朝息を引き取ります。かいがいしく葬儀の段取りをするおせんがお初にはまぶしく映ります。

 おせんから栄蔵が江戸に戻って来ているということを耳にします。ただ、お初には何の連絡もありません。年が明けて、正月から営業を始める明石屋に師匠とおふじが甘酒を飲みに来ます。カルタ取りをするから藤城屋へ遊びにこないかと誘われます。ところがその藤代屋には店のはんてんを着た栄蔵がいました。なんというおふじの仕打ちでしょう。お初は一緒に行ったおしょうを残して足早に帰ります。後を栄蔵が追って来ますが、おととい来やがれ!と啖呵を切って振り切ります。

♦花いかだ
 また桜の季節がやって来ました。今年の向島の出店は、源蔵とお初、そしておきんが切り盛りすることになりました。出店は向島長命寺の先です。おきんが元の亭主が戻って来たと告げます。そのため、この出店を希望したのでした。手伝ってくれた佐平次から栄蔵の近況を知らされ、藤代屋に居てもおふじと一緒になる気はないとの話を伝えます。

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 政吉とおせんの祝言が4月3日に行われました。その席には栄蔵も顔を出しました。そんな栄蔵に源蔵は青果屋はあきらめたのかと質します。栄蔵は道ばたに筵を拡げて商売する気があることを告げます。その日栄蔵はお初を米沢町まで送ってくれますが、戻ってみるとお春がおきんが首を縊ったと泣いています。二人は、おきんの住んでいた横山町へ向かいます。おきんは亭主を絞め殺して自分も首を吊ったんだと、岡っ引きが教えてくれました。亭主を諦めきれなかった女が添い遂げるためにとった最後の手段でした。いやはや、男と女の中は簡単には割り切れないものがあります。米沢町に引き上げると栄蔵はお初に今後はどうするつもりだと聞きます。お初は小梅村に帰りたいとつぶやきます。それは二番目の夢でした。その夢を叶えると栄蔵は言うと、お初を抱き寄せ接吻します。

 栄蔵はしばらくして藤城屋を出ます。おふじは血相を変えて明石屋に押し掛けますが、源蔵に軽くいなされ藤城屋の敷居は二度とまたがせないという啖呵を切って帰っていきます。それからひと月、大川沿いの先月店を閉めた床見世が商売替えで店を開ける準備をしています。大八車が着くと男は木箱を並べて青物を並べ始めます。源蔵は何もかも知っていたようです。佐平次はてっきり明石屋が出店を出すものとばかり思っていたのでびっくりします。見世には八百清のの暖簾がかかりました。栄蔵が花筏に乗って着いた夢の国は本所でも、小梅村でもなく、お初の目の前の両国広小路だったのです。