ライヴ・イン・東京1970
セル&クリーヴランド管弦楽団
セル&クリーヴランド管弦楽団
曲目/
CD1
1.拍手 [0:20]
2.(ウェーバー)/歌劇「オベロン」序曲 [9:21]
モーツァルト)/交響曲第40番ト短調K.550
3.Molto allegro [8:16]
4.Andante [8:21]
5.Menuetto.Allegretto [4:58]
6.Allegro assai [5:10]
CD2
1.拍手 [0:18]
シベリウス/交響曲第2番ニ長調作品43
2.Allegretto [9:19]
3.Tempo andante,ma rubato [12:54]
4.Vivacissimo [5:50]
5.Finale:Allegro moderato [14:24]
6.ベルリオーズ/ラコッツィ行進曲~劇的物語「ファウストの劫罰」作品24より [4:36]
指揮/ジョージ・セル
演奏/クリーヴランド管弦楽団
演奏/クリーヴランド管弦楽団
録音/1970/05/22 東京文化会館 NHKにより収録
P:原賀豪
E:鈴木浩二
P:原賀豪
E:鈴木浩二
SONY CLASSICAL SRCR-2539-40

これは数あるジョージ・セルのライブの中でも貴重な記録の一枚です。セルはこの日本公演の2ヶ月後、来日直前のバルビローリに前後して癌で亡くなっているからです。実はこの演奏会はNHKがテレビでも放映していました。それも当時としては珍しいカラーでの放送でした。しかし、映像としては現在は残っていないようです。多分、FM放送用に録音してあったテープだけが保管されていたのでしょう。ということで公演から30年の月日を経て初めてCD化されたのがこのアルバムです。この1790年の公演では、他にもベートーヴェンの交響曲第3番やシューマンの交響曲第4番なども演奏されていますが、そちらの方は残念ながら収録は行なわれなかったようです。まあ、NHKもこのクリーヴランドと前後してカラヤン/ベルリンフィルも放送していますから早々このコンビだけを追っているわけにはいかなかったのでしょう。それにしても、バーンスタイン/ニューヨークフィルの録音だけはソニーはライブ録りしているのに、このクリーヴランドは取り上げなかったというのもお粗末な話しです。
このCDは初回発売のもので、冒頭に拍手まで収録されています。後に再発されたものはこの拍手の部分はカットされているようでいまいち臨場感に欠けます。そして、ソニーはこのCDを出した後でSACD盤も発売していますし、最近ではブルースペック盤も登場させています。どうせ出すならブルースペックでのSACD盤ではないのでしょうかね。SACDはもう力を入れないということなのでしょうか?まあ、あまり普及は進んでいませんし、最近の音楽の聴き方ではあまり意味の無いフォーマットかもしれません。
ま、そんなことで普通のCDでこの演奏を楽しんでいます。元が放送用の収録ですから、それなりの音質でテープヒスが目立ちます。ソニーはそれを小細工してかなりハイ上がりな音でマスタリングしていますからよけい目立ちます。ワルターの演奏と同じことをやっているんでしょうな。しょうがないので再生するときはかなりハイを絞り込んで聴いています。
このCD、ライナー・ノートが充実しています。20ページの解説書です。カタログの紹介が2ページありますが、こんなものより当時の貴重な写真をもっと織り込んでほしかったのは小生だけでしょうか。それでも、最終ページにはジャケットに使われているのと同じ写真のオリジナルの全景が収録されていますし、裏ジャケットにはセルの晩年のスナップ写真もあります。ただ、この日本公演で唯一、宇治の平等院を訪れているはずですからそういう写真もあったら良かったのにと思えてなりません。ジャケット裏にはこのCDの元になったオリジナルのマスターテープの写真が映っています。やっぱりプロ仕様のソニーのテープを使っていたんだなぁというさりげない宣伝です。

この来日で、セルとクリーヴランドの評価が一変したといわれる公演の記録です。その追体験をまざまざと見せつけられます。この演奏は東京公演の模様ですが、初日の大阪フェスティヴァルホールも同じ曲目が演奏されています。初日は5月15日でしたが、その前日にはカラヤン/ベルリンフィルが演奏しています。その興奮冷めやらぬセル/クリーヴランドの公演はここに記録されている演奏と同じような興奮と驚嘆をもたらしたものでした。
ウェーバーの「オベロン」序曲からして、緻密で寸分の狂いも無いアンサンブルで魅了させてくれます。出だしの弱音からして、圧倒的な緊張感です。弦につづいてホルンがものすごいピアニッシモを聴かせます。日本の聴衆がいきなり度肝を抜かれたことは間違いありません。セルはセッションでもこの曲を残していますが、それにも勝るとも劣らない迫力の演奏です。そして、ここで聴かれる音は、レコードとは違う生々しい臨場感を含んでいます。
こういう序曲で腕試しの後、モーツァルトです。こちらもレコードでいやというほど聴いた記憶がありますが、ここで聴かれるモーツァルトは今は聴くことの出来ない大オーケストラの分厚い響きのするモーツァルトです。それは、最近流行の快速ノン・ヴィブラートとは無縁のグランド・スタイルです。しかし、セルの棒から溢れて来る音楽は室内楽的な合奏と相まって美しく透明な響きです。いやまったく、機能美とはこういうことをいうのかとまざまざと思い知らされます。クリーヴランド管弦楽団は脅威の合奏能力を持つオーケストラであったことを実感します。こういうスタイルでの演奏で感銘を受けるのは、ベーム/ウィーンフィルのCDを取り上げて以来です。オーソドックスなモーツァルトを響かせていますが、決して、自己主張していない訳ではありません。時にはテンポをぐっと落としてためを作ったりしています。このモーツァルトでも第4楽章に再現部に入る手前でビックリするような箇所があります。セルは決してインテンポではなく、随所でブレーキをかけてためを作ったり強調したりします。こういう表現は、彼の代表的録音といわれるドヴォルザークの交響曲第9番の第4楽章でも聴かれますが、これが俺のモーツァルトだという刻印の様な気がしてしょうがありません。
メインプログラムのシベリウスでも、冒頭の弦のさざなみのようなアンサンブルからして縦の線がきっちりと揃っているのを聴くにつけ、神業といいたくなるほどです。そういうところも含めてアンサンブルが完璧なのです。この曲は録音ではクリーヴランドとは残していなくて、コンセルトヘボウとのものがあるだけでしたから、このライブは貴重です。そして、セッションではどうもあまり聴き映えがしなかった演奏が、ここではライブの熱気と供にひしひしと聴くものの心に訴えかけてきます。先日取り上げたバーンスタイン/ウィーンフィルの演奏とはまた異質の次元の演奏で、こちらの方が張りつめた空気とかスケール感は北欧を感じさせます。ライナーにも書かれていますが、セルは音楽に大切な要素は、1にリズム、2にリズム、3にリズム、4に様式に忠実なアーティキュレーション、5にバランスと答えています。これはまさにその答えともとれる演奏です。第2楽章のアンダンテでは冒頭のチェロのピチカートを極めて突出させて響かせています。それがこの曲のツボなんでしょう。第3楽章のスケルツォの速度と精度も、これぞクリーヴランドの実力と言わしめるような完璧な響きです。ほんとにこれがライヴ?といいたくなるほどの凄さです。そして、ライナーによると、この東京公演の当日はリハーサル無しでこの演奏に臨んでいるのです。このプログラムは大阪の初日以来ですからまさにぶっつけ本番のライブです。それでこの驚異のアンサンブルですから恐れ入ります。第3楽章から切れ目無く第4楽章に突入し、コーダまで一直線に突き進んでいきます。PHILIPSの演奏も完成度の高いものではあったのですが、この演奏はそれプラス熱気が感じられます。最終楽章はそれこそ金管がややオーバーアクションで吹き捲くりますが、これも場の雰囲気がそういう演奏にさせたのでしょう。
この演奏、臨場感と言えば、セルの息継ぎまでくっきりと聴き取ることが出来ます。そういう生々しい記録が30年後に蘇るのですからうれしいじゃありませんか。ジャケットの写真は終演後の満足そうなセルの笑顔が何とも素敵です。しかし、この演奏会の後ソウルとアラスカ公演を終えてセルは帰らぬ人になります。アラスカでの最後の演奏曲目は、奇しくもセル/クリーヴランドの最後の演奏曲目はベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」でした。彼らが一番最初にCBSにステレオで録音したのもこの曲でした。そして、小生のブログのトップページに流れる演奏こそがそのベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」の第1楽章なのです。
さて、ここではこの演奏会の録音の中からシベリウスの交響曲第2番の第1楽章と第3楽章を聴いてみましょう。