プレトニョフ/ロシア・ナショナル管弦楽団 演奏会を聴いて |
曲目
1.ベートーヴェン/交響曲第7番イ長調作品92
2.ベートーヴェン/交響曲第5番ハ短調作品67
3.J.S.バッハ/管弦楽組曲第3番~アリア(ストコフスキー編曲)
指 揮 : ミハイル・プレトニョフ
[ 収録: 2009年7月9日サントリーホール ]

NHK教育の「芸術劇場」でプレトニョフ率いるロシア・ナショナル管弦楽団の設立の経緯から現在までの解説とそれから今年7月の来日公演よりベートーベンの交響曲第7番と第5番が放送されました。BSのクラシック・ロイヤルシートではなくなぜこちらで取り上げられるのか分かりませんが、まあ、アナログの地上波で見ることが出来るんですから、それに越したことはありません。プロテクトが掛かっていませんから安心して、DVDにダビングして視聴することが出来ました。
ロシア・ナショナル管弦楽団については1990年ロシア初の民間オーケストラとして設立された経緯からしてセンセーショナルでしたが、その創設に関わったのが常任指揮者のミハイル・プレトニョフだと知ってまた驚いたものです。プレトニョフの名前を初めて知ったのは80年代の英誌「グラモフォン」が最初でした。そこではピアニストとしての揺るぎない評価を絶賛していたのですが、一方指揮者としても活躍しているという記述がありアシュケナージやバレンボイムのように二足のわらじでやっていこうとしているのかなぐらいの認識しかなかったのですが、やがて指揮者のウェイトの方が高くなるなんて・・・
先年、彼らの演奏するベートーヴェンの交響曲全集が発売されて話題になり、そこでの評価は絶賛派と非絶賛派が拮抗するほど賛否が分かれたことも承知していました。ただ、今まで、まともに耳にしたことが無くて個人的には静観していたのが現実です。そういう彼らの演奏がオンエアされるというので楽しみにしていたのも事実です。しかし、後日この演奏を聴いて驚愕しました。これは確かに評価の別れる演奏ですわ。
容姿としての指揮者のタイプはいたって地味です。登場するシーンはまるで80年代のベームのようなよたよたブリです。で、派手な身振り手振りをするわけではないし、タクトの動きも途中止まるところがあるし、決して美味いというタイプの指揮者ではないです。もう20年近くも振っている手兵のオーケストラですから充分にお互いを知り尽くしているのでしょう。しかし、そこから紡ぎ出される音楽はとても尋常ならざるベートーヴェンという感じでした。多分、生涯聴いた中では一番跳んでるートーヴェンだったのではないでしょうか。
1曲目の交響曲第7番は第1楽章の冒頭からして、見事に期待を裏切ってくれます。通常は冒頭の全奏はフォルテで力強く演奏されるのですがねここでプレトニョフはさらっと流してしまうのです。見事な裏切りです。最初からこういうインパクトですから、頭が付いていけないうちにどんどん音楽が進んでいってしまいます。さすがオーディションで腕っこきの団員を集めたオーケストラですから、その響きの美しさでは定評があります。何しろ例のグラモフォン誌のオーケストラランキングでもサイトウキネンより上位の15位にランキングされているオーケストラですからね。オーケストラの響き自体はロシア特有の金管ばりばりといった仰々しさは無くそういう点では響き的にはすっきりしていますが、プレトニョフマジックの指揮はテンポが自在に揺れてまるでストコフスキーの乗りです。
第2楽章はぐっとテンポを落として以外にまっとう?な演奏です。多分この楽章が一番安心して聴けたのではないでしょうか。それにしても凄いオーケストラです。テレビで大写しにされたコントラバスは胴の部分にテープで補修した後がくっきりと映し出されていました。楽器をきちんと補修する金がないのか、本人が承知の上で愛用しているのかは知りませんがこういうコントラバスを見たのは初めてです。
第2楽章はぐっとテンポを落として以外にまっとう?な演奏です。多分この楽章が一番安心して聴けたのではないでしょうか。それにしても凄いオーケストラです。テレビで大写しにされたコントラバスは胴の部分にテープで補修した後がくっきりと映し出されていました。楽器をきちんと補修する金がないのか、本人が承知の上で愛用しているのかは知りませんがこういうコントラバスを見たのは初めてです。
きわめつけといえば第3楽章はその最たるものでしょう。軽快なスケルツォで通常はあっさりと駆け抜ける楽章ですが、プレトニョフは一段のこだわりを持ってテンポをこれでもかといわんばかりにいじっています。トリオの部分では、まるで音楽が止まりそうなぐらいまでテンポを落としていますしね。まあ、のだめファンでなくてもこの演奏には仰天ものでしょう。
最近の演奏では第3楽章と第4楽章はアタッカで繋いで演奏する例が多いのですが、ここでもプレトニョフはそういう予想を見事に裏切ってくれます。見事音楽がぶっと途切れました。まさに何から何まで驚きの連続の演奏です。これでは聴いている人も飽きないわな。
後半は交響曲第5番です。間に伴奏ものの協奏曲を入れないというプログラミングは好感が持てます。多分お客さんはレトニョフ/ロシアナショナル管弦楽団を聴きにきている人なんですからね。しかし、ここでもプレトニョフは驚かせてくれます。第1楽章冒頭からしてカルチャーショックです。たたみ掛けるカラヤンのような出だしを期待していると見事に裏切られます。ワルターのようにたっぷりとフェルマータを掛けて演奏しているのですがそのテンポの刻み方が尋常ではありません。タタタターンではなく、ンタッタタターンと微妙に休止が入る出だしなのです。それがリピートの時にはまた違うタイミングで音が出て来るのです。まるで自動ドアがちょっと遅れて開き出し思わずぶつかりそうになるような微妙なタイミングのずれなのです。しかし、これはちゃんと計算された音楽でリハーサルでもそれをやっている映像が流れていましたのでこれは確信犯的演奏なのです。我々は、普段は指揮者の派手なゼシュチャーで我々はごまかされているのですが、改めてスコアを確認すると運命の動機の最初の音の前に8分音符の休止がちゃんと付いているんですね。これは一本取られたという感じです。
まあこんなふうに始まる演奏ですからここでも聴き手は息が抜けません。プレトニョフはベーレンライター版の楽譜にこだわるとかの演奏ではなく、今までのどちらかといえばインテンポな演奏が主流のなかで、ベートーベンの記譜の細部を読み取って今までの常識を覆して「えっ?」と思わせる響きを作り出しています。オーケストラトータルの響きでもそれは感じますがテンポでもそうで、極端にデイフォルメしたテンポで全体の音楽を構築しているように感じます。確かに1960年代までの巨匠の作り出す音楽はこんなもんがありました。ある意味そういうノスタルジックな部分と新しい解釈が融合されて、それがプレトニョフマジックとして表現されているんでしょう。そういう意味で、息抜き的感じのする第2楽章も興味深く聴くことが出来ました。
オーケストラの配置は意外と古風で、第2ヴァイオリンを右側に配置する対向配置を採用しています。第1ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、第2ヴァイオリンというものです。これに最右翼はコントラバスですから一応ベートーヴェン時代の理にかなった配置です。こういう配置が効果的な曲目が揃ったということもあるのでしょうが、解釈との一貫性が感じられます。
現代楽器のフルオーケストラでもまだまだやれることはあるんだということを再確認させてくれた演奏です。
で、アンコールはバッハ、それもストコフスキーのアレンジによるバッハのアリアです。先程ストコフスキーの乗りと書きましたが、この曲を演奏するにあたってその表現は間違っていなかったなということを確信するアンコールですね。このコンサートを聴いた人の感想をネットで検索しましたがあまり悪く書いている人はいませんでした。それは指揮する姿こそストコフスキーのカリスマ性はありませんが、紡ぎ出す音楽はある意味ストコフスキーの流れを組んでいるのではという気がしてならないのです。ブレトニョフの演奏が感動を与えるのは底辺にそういう音楽を楽しませるエンタティナー性があるからではないでしょうか。