死の谷から来た女 | geezenstacの森

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死の谷から来た女

著者 夏樹静子
出版 徳間書店 徳間文庫

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 高知県の鉱山で起こった爆発事故で家族をなくした北村恵は、東京・赤坂にある高級サウナで働くことになった。そこで知り合った七十億円の資産を持つ相庭宇吉郎に気に入られ、養女にという話が浮上したのだ!とまどう恵…。“シンデレラの夢”の背後にうごめく黒い影。得体の知れない恐怖をスリリングに描いた会心の長篇サスペンス。---データベース---
 
 夏樹作品ですから推理小説には違いないのでしょうが読み始めてからしばらくは高級サウナで働く北村恵と地質調査会社の技術者の出会いと身の上話が続きます。高知県は釣谷という村での鉱山が爆発して家族を失った恵、しかし、家族の中で夫の死亡だけが確認されていないので失踪宣告が受理されるまでの7年間は戸籍上は夫のある身なのです。一方、技術者の俵一敏の実家は三重県の海辺の真珠の養殖をやっている。まあ、どちらも平凡と言えば平凡な家庭環境ではあります。この二人が恵の勤めるゴールデンプラザという高級サウナで知り合います。そして、知り合って半年足らずで恵は彼の6上一間のアパートでプロポーズします。それは6月12日のことでした。この何の変哲も無いラヴ・ストーリーが物語の1章を占めています。

 そんな彼女に、彼の取引先の社長から養女にならないかという夢のような話しが持ち上がります。妻に先立たれたその相庭宇吉郎という社長はいくつもの会社を経営し、資産は80億を下らないという金持ちです。その彼が身寄りが無いために老後を考えて養女を欲しいと考えていたのでした。俵は彼女が働く高級サウナに相庭を連れてきて合わせます。最初夢のような話しに恵は半信半疑ですし、俵の方は彼女が養女になればその夫としてかれにも財産が転がり込むということで乗り気です。

 恵は食事の席で一度マンションに来るといいという誘いを受け相庭の住む豪邸に出かけます。そこには丁度銀座のクラブのホステスのマリが訪ねてきます。養女のライバル的存在と恵は直感します。しかし、そんな心配をよそに恵の養女の話しは、8月の末にはいよいよ本決まりになりそうです。ただそのためには彼女の生まれ故郷の高知の釣谷まで出かけなければなりません。

 さて、ここからがこの物語の本当の展開になります。そして、殺人事件はこの高知で発生します。それには彼女の過去が大きく関わっています。そして、ようやくこの本のタイトルが「死の谷から来た女」であることを再確認させてくれます。一方ではこのようなシンデレラ物語が進みながら、片方では次々と殺人事件が起こるというドラマチックな展開がまっています。いつもは仕事の休憩時間を利用して読書タイムとしているのですが、さすがにこの小説だけは、途中で栞を挟んでストップするのがもどかしくついに最後まで一気読みしてしまった一冊になりました。この小説には殺人事件を捜査する地元の刑事は登場しますが、最終的には刑事は関わってきません。では誰が事件を解決していくのかというとねそれは途中から登場するこれもサウナにちょくちょく通ってくれ恵を指名してくれた酒匂という弁護士です。ストーリーには関係なく唐突に登場するのですが、この弁護士ただ者ではありません最後には大活躍するのですから。そして、彼もバツイチの身です。

 ストーリーは釣谷の彼女の所有する山で一人の死体が発見されます。そして、次には同じ村に住んでいた人間が東京で殺されます。彼女の周辺で起こるこの不可解な殺人事件、その影には意外な陰謀が渦巻いています。シンデレラ物語が逆玉の輿にとひっくり返ると事件の真相がみえてきます。しかし、それは恵にとってはつらい過去をさらけ出す事実にも繋がっているのです。
 夏樹作品は細かいプロットを書き込んだ緻密な構成で、読み手にヒントをばらまきながらストーリーが進んでいくのですが、この作品はその中で一つだけ嘘が書き込まれています。夏樹作品のパターンを知っているとその嘘が最後まで見破れないところがこの作品の面白さです。
 
 恵に調査を依頼された訳ではないのですが、酒匂は親身になって彼女のために動き回ります。恵も最後の最後で頼ったのは夫になる俵ではなくこの酒匂でした。しかし、酒匂は恵に真実を話すことを迫ります。そして、すべての仮面が剥がれた時、恵の前には酒匂の優しいまなざしがあったのです。いやあドラマチックな結末で、素晴らしいどんでん返しです。こういう作品に巡り会えるのは幸せです。