夏樹静子のゴールデン12(ダズン) | geezenstacの森

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夏樹静子のゴールデン12(ダズン)

著者/夏樹静子
出版社/文芸春秋 文春文庫

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 日本のミステリー界の旗手として、世界的にも名を馳せた著者がつねに完成度の高い作品を描きつづけて25年。その作家生活25周年を記念して全短篇の中から選りすぐったベスト12篇を収録した作品集。作品は著者、文芸評論家の権田万治氏、実兄で作家の五十嵐均氏によって選ばれた。選考の経過は巻末に鼎談として収録する。---データベース---

 短編集です。珠玉の12編が収録されています。この中で「特急夕月」、「凍え」、「懸賞」、「一瞬の魔」は既に紹介していますのでそちらを参考にして下さい。

◆死ぬより辛い
特急夕月
◆一億円は安すぎる
◆逃亡者
◆足の裏
凍え
◆二つの真実
懸賞
◆宅配便の女
◆カビ
一瞬の魔
◆罪深き血

現在の文庫版には上記の12作品が収録されていますが、1994年に発売された単行本の方は、
路上の奇禍
死なれては困る
の2作品が収録され、「懸賞」と「宅配便の女」が未収録でした。なぜこの2作品が入れ替えになったかについては巻末の鼎談には書かれていませんが、他にも候補作品はあったということで、そういう意味ではレベルの高い部分での取捨選択であったのかも知れません。

 非常に内容の濃い一冊で、そうページ数が500ページにも及ばんとするボリュームです。夏樹作品の特徴は同じテーマが無いということで、ここに選ばれた作品もそれぞれ趣が違いますし、女性ならではの視点でそれぞれの時代を先取りするテーマの中に男と女の揺れ動く人間関係を鋭く描いています。

 夏樹作品にはシリーズ物は多くありません。巻末で著者自身の言葉として、一作づつ趣向を変えるという意味でシリーズは向かない、敢えてシリーズにしているものは女性弁護士が法律を扱うケースとその裏返しの女性検事もの、また、法医学の嘱託医のシリーズに限定しているということです。なるほど、ドラマ化されているのは確かにこれらのシリーズです。そして、この12作品の中にもそれらの代表として、「二つの真実」が収録されています。

 また、鼎談の最後には何処かに何か新しい着想が無ければ推理小説は書かないという信念で作品に向き合っているということを述べ、さらに出版業界に多作を強いる風潮があることに苦言を呈しています。質は二の次でとにかく作品を各という姿勢を自戒を込めて語っているのですが、小生にはどう考えても西村京太郎の名前が浮かんでしまいました。

 小生の愛読書のもう一本の柱はこの西村京太郎士の作品ですが、確かに最近の作品は多作の疲弊が現われていて、ストーリーの最初の設定とラストが食い違う場面が多々あるし、なによりも、十津川警部の設定に無理があります。何で東京の警視庁の刑事が全国を飛び回ることができるのか不思議で仕方がありませんし、最近はこんな展開は以前何処かで読んだことがあるぞ、と思えることもしばしばです。それでも、意地で読んでいることにかわりはないのですがね。ですから、夏樹作品というのは西村氏の対極という位置付けで読んでいるわけです。

◆死ぬより辛い

 生後4ヵ月半の子どもを不注意から死なせてしまった母親は、子どもを命より大切に思う夫と3人で死ぬことを考えるます。夫が仕事から帰ると、子供と顔を合わせないように風呂を勧め、その後は晩酌で酔い潰してしまいます。水を所望するのでそれに睡眠薬を混ぜて夫に飲ませます。これで夫には子供の死を知らずに心中することができます。夫の衣類を片付けているとポケットから手紙が出てきます。子供の書いたかわいらしい手紙ですが、夫の友達だった鳥飼宛てのものです。自分たちが死んでしまっては手紙が滞ることになると考え、死ぬ前に届けることにします。

 そして、探し当てた住所には確かに子供がいました。そして、確かに子供が書いた手紙です。しかし、その母親の口からは意外な言葉が・・・妻が知る違う夫の生活を垣間見、すべてを悟った妻は自宅へ帰ると睡眠薬でぐっすり眠り込んでいる夫を死なせてしまった子供の上にかぶせます。もう、夫と心中する気はありません。目覚めた夫はそれこそ死ぬより辛い現実を目の当たりにするのです。

◆一億円は安すぎる

 斜陽の繊維業界の関係者5人が賭けをします。一人5億円の生命保険を賭けくじで負けたものが一年後に自殺するというものです。そして、宝部が自殺します。当日関係者が頻繁に出入りしていたことが解り、警察は他殺の疑いがあるということで捜査に乗り出します。生命保険の件は捜査の過程で解ってきますが、自殺教唆があったのかどうかということで厳しい取り調べが続きます。やがて、一人が落ち事件の背景と目的がはっきりしてきます。しかし、一番したたか脱たのは死んだ宝部の妻でした。5億円を山分けすることに難色を示すのです。夫の命の一億円は安すぎると声高々に叫ぶのです。

◆逃亡者

 松本清張の「張り込み」を思い起こさせる短編です。刑事の杉江は犯人の芝崎とは戦時中の疎開先で一緒でした。そこで土地勘があるとみて、大井川鉄道に乗り家山の先にある「笹間渡」に乗り込みます。足取りはありました。そして、事件の影には女ありです。淡々とした描写ですが、目に見えない犯人を着実に追い込んでいきます。しかし、ストーリーの中では犯人の男登場しません。女を追うことでその先にいる犯人を追いつめていく手法は見事です。

◆足の裏

 一体何のことかと思われるタイトルですが、実に重い内容を含んでいます。タブーの問題に鋭く切り込んだこの短編を読むと神社に参拝した時に差し出すお賽銭が空しくなってきます。銀行強盗が発生しますが、盗まれた金に新札で番号が控えてあります。それが使用されたのが何と神社の関係者であることが解ります。なぜ、神社の関係者が盗難紙幣を使用したのか?そこからこの事件の裏が浮き彫りにされていきます。足の裏は隠語でお賽銭のピンハネを意味していますが、男は自殺するのですが、死の現場でそれを示唆する行動として足の裏を残すのです。

◆二つの真実

 自殺してしまった三浦一義氏の事件ではないですが、一事不再理の問題を含んだストーリーです。弁護士ものではよく扱われるテーマですが、ここまで手の混んだ手法を使われるとさすがの弁護士もぐうの音も出ません。女性弁護士・朝吹里矢子シリーズの一編ですが、その中でもピカイチの作品です。被告人が最後の弁論で容疑を否認し、変わりに容疑を認めた重要参考人も起訴されると証言を覆し無罪を主張します。一体犯人はどうなっているのか?巧妙に計算された連係プレーの被告人たちの作戦は見事成功します。その裏には仕組まれた犯罪があるのですが、その原点の冤罪が立証されるのがせめてもの救いです。

◆カビ

 短いストーリーですが。このカビは得も知れない恐怖に駆られます。カビは麹カビの一種でアスペルギルス・フラプスというものです。この毒性カビはアフラトキシンB1という物質を分泌します。これが肝臓がんを誘発するのです。このアフラトキシン、油に溶けやすいのでミルクに混ぜるのが最適だそうです。それも、たっぷりとミルクを使った甘いココアなんかは味の変化に気がつかれなくて最高なのだそうです。友人はその肝臓がんで亡くなります。そして、主人公はその話を聞いた女に去年甘いココアを飲ませられています。
 「与えられた量と、体質や体力によって、発病の時期には個人差が出てきますけど」
 もとのカビは熱により死んでしまいますから、完全犯罪が成立します。

「宅配便の女」と「罪深き血」
については敢えて触れません。女の情念と執念深さがこの2作品には凝縮されています。是非自分で読まれることをお勧めします。