十津川警部/十津川村 天誅殺人事件 | geezenstacの森

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十津川村 天誅殺人事件

著者 西村京太郎
出版 小学館 文芸ポストノベルス

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 財団法人“日本の自然と伝統を守る会”理事長奥寺真一郎が殺された。現場には「義によって…」の血書が残されていた。事件のあった夜、十津川と名乗る男が奥寺を訪ねて来たというのだ。「君が犯人ではないかと遺族が疑っている」という本多捜査一課長の言葉に、驚き戸惑う十津川警部。日本一の面積をもつ村、十津川村を世界遺産として残すべく尽力してきたという奥寺の死の背景に、明治維新以来、歴史の闇に翻弄され続けた十津川郷士の存在があることを知った十津川警部は現地に足を踏み入れた。そこに待っていたのは新たな殺人事件。紀伊山地の奥、山紫水明の地と、そこに生きる人々の純朴な気質に十津川は、共感を覚えてゆく。なぜ、桃源郷のようなこの村に忌まわしい事件が起きるのだろうか。全国津々浦々を駆けめぐり事件を解決してきた名警部十津川が、その名の由来となった十津川村を巻き込んだ事件に初めて遭遇し、捜査にかける意気込みに拍車がかかる。---データベース---
 
 2004年秋号から2006年春号まで足掛け3年に渡り「文芸ポスト」に発表された作品です。この小説で十津川警部は初めて奈良県は十津川村に出かけます。この十津川村、察しの通り十津川警部の名前の由来の村です。この小説の本編に先立ってその名前の由来が扉に書き記されています。ということで、最初から期待して読み始めました。そして、半ばがっかりしました。雑誌連載といっても足掛け3年は長過ぎます。そのために同じ様な十津川村に関する歴史の記述が、繰り返し二度も三度も登場します。それも、しつこいぐらいの同じ様な記述です。このダブりを省けばこの小説は2/3ぐらいに凝縮出来ます。片手間に四でも、一日で読破で来たのですから言うもがなです。

 冒頭から摩訶不思議な展開です。十津川警部は、いきなり本田捜査一課長から、君が犯人だと疑われているらしいという言葉をかけられます。どう考えても、これから捜査に向かう刑事にこんな発言は無いでしょう。ましてや、犯人と疑うのなら捜査から外すのが常識です。ジョークとも思えないこの展開、もう少し何とかならなかったものでしようか。

 そして、事件から二日後には十津川警部は一人で十津川村に出かけます。十津川性が珍しいからといってその方の捜査もせずにいきなり十津川村にも恐れ入ってしまいます。今回は亀さんは発熱でダウンしたようでそのために独り旅です。普通なら別の刑事と行くことになると思うのですがね・・・そして、南紀白浜へ行く飛行機で被害者の一人娘に会います。事件の二日後ですよ。ましてや喪主がこんな事が出来る訳がないのに常識無視のストーリー展開です。せめて一週間後というのなら分からないでもありませんがね。

 こうして、奥寺香織と共に十津川村に入ります。奥寺香織はマンションの自室のドアモニターで犯人の顔を見ている唯一の人間です。当然似顔絵は作っているのは分かりますが、翌日の捜査で唐突にそのことが登場します。そして、不思議なことに十津川警部は地元の警察署には行かず派出所に行くのです。これも不思議な行動です。そして、二日目にはこの巡査の家に泊まるのですが、ここで第2の殺人事件に出くわします。殺されたのは小野田工業の社長秘書、葛城由美です。彼女は一人で十津川村にやってきたのですが、直接村には入らずに本宮市の方へ一泊してからと十津川村に向かっています。この行動を不審に思った十津川警部は、彼女の泊まった旅館や付近の住民から情報を聞き出します。その中で怪しいと思う最近東京からこの地に林業の研修に来ている人間に話を聞きます。

 これがまた不思議なことで、この男、実際には犯人なのですが似顔絵を見ている十津川警部は全くそれと気がつかないという呆れた展開です。ストーリーのダブりといいこういう馬鹿げた設定といい西村京太郎もぼけてきたとしかいいようがありません。そして、肝心の十津川村を舞台にしたストーリーは村民の素朴さを食い物にする東京からのSF商法の犠牲になり、更には度々氏のストーリーに登場する「何々顕彰会」という会の食い物にされています。村長以下が全員それに組みしてしまうのですから呆れてものが言えません。さらにはこれに奥寺香織も同調してしまうのですから始末に負えません。こういうくだりは読んでいてもばかばかしくなります。

 まあ、その中でも事件は進展していて、やがて最後には舞台は東京日比谷公会堂へと移ります。ここで、再び「天誅」を掲げて犯人が大立ち回りをするのですが、そもそも、狙われていた人間たちがこういう行動で反撃するというのもおかしな話です。ましてやこういう公共の場所で、警察が張り込んでいるのに犯人がいとも簡単に進入してくるというのもお粗末な話です。最後は派手に十津川警部が発砲して犯人を倒しますが、現実味のない展開です。

 唯一の救いは、十津川村の歴史について知ることができる点です。幕末から明治維新の時の流れの中でいかに十津川郷士たちが時代に翻弄されながらも自分たちの意志で行動していたかを垣間見ることができる点です。まあ、この本の最後にちゃっかり十津川村の宣伝のページが挿入されているのには笑っちゃいましたけど。

 さて、この十津川村についての現在を知るにはいろんな本を読むよりもこれを聴いた方がいいでしよう。抱腹絶倒間違い無しです。こちらで紹介しています。