
米軍の支配下にある小さな無人島で、白骨が五体発見された。発見者である中央新聞の記者田島が、友人である十津川警部に白骨の調査を依頼したところ、それは戦時中のものではなく、一年から一年半前のものだとわかる。さらに中央新聞の那覇支局長の丹羽雄一が東京で死体となって発見され、事件は思わぬ方向へ展開する。
一見不可能にみえる東京と沖縄間の犯罪に、十津川の推理は果たして。---データベース---
一見不可能にみえる東京と沖縄間の犯罪に、十津川の推理は果たして。---データベース---
1998年の作品です。こちらも雑誌掲載ではなく書き下ろしの作品となっています。「挽歌」シリーズの第1作で、この後「風の挽歌」が書かれています。西村氏得意の海洋物かと思いきや沖縄を舞台にしたミステリーに仕上がっています。確かに殺人事件は発生しているのですが、最後まで、犯人は捕まりません。それがこの小説の特徴にもなっています。亀さんがこんな事をつぶやいています。
「刑事を20年以上やってきてこんな空しい事は初めてです。」
「刑事を20年以上やってきてこんな空しい事は初めてです。」
それはそうでしょう。業務上過失致死にしろ人が死んだ事には変わりがないのですから。しかし、日米の地位協定により犯人を捕まえることはできません。そして、その代わり、アメリカの女性が殺された事件の犯人もアメリカ川には情報提供しません。十津川警部のささやかな抵抗です。
この事件には「中央新聞」の社会部記者(当時)の田島がほぼ全編で活躍します。そして、彼の関わったこの事件では何と彼が犯人を突き止めます。十津川警部では無いんですね。意外な展開です。事の発端は沖縄は石垣島のその先にある「赤見島(実際にはこんな島はありません)」という米軍の支配下にある島で発見した白骨死体を見つけた事によります。この島は架空の島ですからそこからしてフィクションなのですが、ニライカナイ信仰のよりどころとなる島なのです。ニライカナイというのは沖縄の人々に宿る楽土、つまりは海の彼方にある神々の住む所で、そこから毎年、いろいろな神々がやってきて豊穣や福をもたらしてくれます。しかし時には病害虫や災いも運んでくるのです。人々は良き物は有難く迎え入れ、悪しき物はニライカナイに去ってくださいとお願いします。死者が行く所でもあり、神々の住まう所でもあるのです。
他のプロットと違うのは十津川警部と亀さん、そして、田島がほとんどの部分を占め、十津川班としてはほんの最後の方に西本刑事がちらっと顔を出す程度です。本来なら殺人事件は東京で起こっているのですからもっと十津川班が活躍してもよさそうなものですが、そういう記述はほとんどありません。まあ、殺されたのが中央新聞の沖縄支局長ですから事件の根は沖縄にある事は分かりますが・・・
ところで、「赤見島」の設定は米軍占領下の、沖縄米軍の軍事演習用の無人島ということになっています。 この事件に深く首を突っ込むと、政治的問題にも発展しかねず、 十津川警部らはにぎにぎしい思いをしています。 しかし、被害者が日本人であれ、アメリカ人であれ、 殺人が行われたのだから黙ってはおれないというスタンスで事件に首を突っ込んでいきます。
そして、事件の背景に米軍の兵士が絡んでいる事を嗅ぎ付けます。白骨死体はアメリカの女性ということが分かっています。その人物はハナ・ロージーとして人探しの新聞広告が出ていました。ダイアナ・ロス似のスタントガールだった彼女。しかし、この人物の過去を洗うとタナ・ロザリオ少尉という別の名前が浮かんできます。彼女は沖縄軍に勤務していましたが、交通事故で日本人青年を轢き殺しています。いわゆる轢き逃げです。しかし、事件直後本国へ帰り除隊してしまいます。 事件は日米地位協定の名のもとにうやむやにされてしまいます。この事があったのに彼女は沖縄に舞い戻ってしまったのです。そして、事件に遭いました。
十津川警部は田島記者とともにその事件の背景の組織を洗い出します。そして、事件の核心を突くのですが協力関係にある沖縄県警にもその事実を伝えません。沖縄の米軍が失踪者の存在を認めないのでは殺人が成立しないからです。そこで、三上本部長に頼んでアメリカ軍の犯罪を証明しようとしますが、米軍はその事実の存在を認めません。そこで、先の亀さんのつぶやきになるわけです。
ということで、事件は起こっていますがそれを立証することができないので犯人を逮捕することはできません。まあ、一つの方向付けということで関係者はクルーザーに乗って「赤見島」に渡り、米軍の演習による爆撃の犠牲になって死んだ事になっています。被疑者死亡という形での幕切れです。ただ、これとて関係者が死んだという事実には触れていません。
事件はあったのですが、表面上は何も無いという形でこの小説は終わってしまいます。まさに「真夏の夜の夢」という感じです。