サヴァリッシュのベートーヴェン/その1 | geezenstacの森

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サヴァリッシュのベートーヴェン/その1

ベートーヴェン交響曲全集
曲目/録音 
1.交響曲第1番ハ長調 op.21:1993年6月5-12日
2.交響曲第2番ニ長調 op.36 : 1993年6月5-15日
3.交響曲第3番変ホ長調 op.55『英雄』:1993年6月5-12日
4.交響曲第4番変ロ長調 op.60:1991年11月14,15,21-23日 
5.交響曲第5番ハ短調 op.67『運命』:1991年3月11,14,15日
6.交響曲第6番ヘ長調 op.68『田園』:1991年3月11,14,15日
7.交響曲第7番イ長調 op.92:1991年11月14,15,21-23日
8.交響曲第8番ヘ長調 op.93:1993年12月[ライヴ・レコーディング]
9.交響曲第9番ニ短調 op.125『合唱』:1992年12月[ライヴ・レコーディング]
録音会場:コンセルトヘボウ、アムステルダム[デジタル録音]

 

指揮/ヴォルフガング・サヴァリッシュ
演奏/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
  マーガレット・プライス(S)
  マリアナ・リポヴシェク(M)
  ペーター・ザイフェルト(T)
  ヤン=ヘンドリク・ローテリング(B)
  デュッセルドルフ楽友協会合唱団
P:ジョン・フレイザー
E:マイケル・シェディ、マイク・ヴィガーズ

 

BRILLIANT BRL92766

 

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 80歳を超して、遂に2006年3月に引退を発表してしまったサヴァリッシュ。その彼が残した唯一のベートーヴェンの交響曲全集がこれです。本来は英EMIに録音されたものですが、本家のラインナップには大御所クレンペラーがあるのでザンデルリンク共々ライセンスで放出されてしまいました。幸運にもBRILLIANTがライセンスを受け格安で販売されたのはファンとしては嬉しい限りです。

 

 サヴァリッシュとコンセルトヘボウは、1960年頃にも第6番「田園」と第7番、「フィデリオ」と「シュテファン王」の両序曲等をフィリップスに録音しています(おそらく未CD化)。1982年にはNHK交響楽団と第5番、8番をRCAに、さらには、これは正規録音ではないかもしれませんがバイエルン放送交響楽団とベルリン放送交響楽団の合同のオケで第3番を録音しているようです。

 

 このベートーヴェンの全集の録音にあたっては、当時常任に決まっていたフィラデルフィアとではなくサヴァリッシュの方からコンセルトヘボウを希望したとかで渋くも暖色系のサウンドを求めた事が成功しています。オーケストラをバランス良く鳴らすことにかけては常に見事な腕前を披露してきたサヴァリッシュですが、ここでも実に緻密なサウンドを構築しており、名録音の少ないEMIにしては上々の音作りでヘッドフォンや解像度高いスピーカーで聴くとその情報量の多さには圧倒されます。

 

 発売当初は時代が古楽奏法に流れていたせいもあって芳しい評価を得られたとは言えませんでしたが、いまこうして聴き返してみるとモダンオーケストラを駆使して往年のスタンダードに勝るとも劣らない充実した演奏になっています。演奏に関して各作品の楽章ごとの反復等に関しては下記のような特徴を聴いてとることができます。

 

第1番 第1楽章、第4楽章とも実施
第2番 第1楽章実施
第3番 第1楽章省略 第1楽章コーダでのトランペット改変は採用
第4番 第1楽章、第3楽章、第4楽章とも実施、
第5番 第1楽章実施、第4楽章省略。第1楽章再現部でのホルン改変は無し
第6番 第1楽章、第3楽章とも実施
第7番 第1楽章省略、第3楽章標準的省略、第4楽章省略
第8番 第1楽章実施
第9番 第2楽章は通常の反復パターンで、ホルンかぶせは無し

 

 以前のサヴァリッシュには謹厳実直と評されたように、そうした緻密さが時として息苦しさを感じさせるとの評もありましたが、円熟の境地に達した時期におこなわれたこの録音では、そのような面は既に遠く過去のものとなっていたことを実感するばかりです。

 

 第1番からバランスの取れた演奏で、張りつめた適度な緊張感で最初からぐいぐいと引き込んでいきます。幾分小さめな編成も功を奏していると思われます。第4楽章の冒頭の序奏から主部に入る絶妙の間合いと弦の刻むリズムにはいつ聴いてもワクワクとさせられます。青春を謳歌するようなはつらつとしたリズムで堂々の第1番に仕上がっています。
 第2番も第1楽章序奏部の精緻な構築感と典雅な音色の同居がたまらなく魅力的にひびきます。これはやはりコンセルトヘボウを使ったサヴァリッシュの彗眼のたまものです。
 第3番は冒頭ちょっと靄がかかったような録音で行き先不安を感じさせますが、始まってしまってからはそういう心配は無く堂々と敷かれたレールの上をコーダまで突き進んでいきます。ティンパニの音がややぼやけているのが惜しまれます。
 第4番も第1楽章の推進力は力強いものがあり最初から引き込まれます。
 第5番はどっしりとした冒頭で往年のワルターやクレンペラーを思わせます。N響との演奏ではちょっと引きずるような感じがあったのですが、ここではそれは無くなっています。ただ、全体の骨格は基本的に変わっていません。聴き比べるとN響との差を感じない訳にはいきません。弦の響きが全然違います。たたみ掛けるようなコーダまで一気に聴かせてくれます。 
 第6番はいぶし銀のコンセルトヘボウに支えられて優雅な田園散策を楽しませてくれますし、第4楽章の「嵐」での迫力がありながらも美しいサウンドも光ります。
 お気に入りは第7番です。若々しくはつらつとしたリズムで、この第1楽章を聴いていると「のだめカンタービレ」のドラマの情景が目の前に浮かんでくるから不思議です。まるでサントラの演奏を聴いているかのような錯覚です。
 交響曲第8番と9番はライブでの収録です。不思議なものでこのライブ録音の方がいつものコンセルトヘボウの音がします。ステレオ感が広がりたっぷりの低音でコンサート会場に身を置いている雰囲気わ充分に味わうことができます。ノイズという傷はありますが実演で燃えるタイプのサヴァリッシュがライブで残してくれた価値はあります。8番は編成が大きいのかちょっと第1楽章全体に鈍重な感じがするのは残念ですが、リズムといい音のバランスといいオーケストラの上手さが光ります。そういえば、一時期N響でベートーヴェンを演奏していたときオリジナルの小規模の編成で全曲を演奏したチクルスがありましたね。あれがアーカイブで復活すると嬉しいんですがね。
 第9番もライブの熱気というものを感じます。カラヤンのようにごり押しをしなくてもちゃんと音楽がなっています。オーケストラをドライブするのではなく共感して乗せてベートーヴェンを描いています。第九の豪華なソリストおよびコーラスも高水準。名ホールと名高いコンセルトヘボウにおける録音も非常に優秀で最後を飾るに相応しい内容です。

 

 EMIは80年代末にムーティ/フィラデルフィアでベートーヴェンを録音していますが、やや明るすぎてとても全曲聴きたいとは思いませんでした。そのおかげでサヴァリッシュはコンセルトヘボウとの素晴らしい録音を残せたのですからこんな幸せな事はありません。