geezenstacの森

geezenstacの森

音楽に映画たまに美術、そして読書三昧のブログです

レコード芸術

1970年8月号 3

 

 1970年の万博では、当時の最先端の現代音楽が初演されていました。その筆頭であったシュトックハウゼンも来日し、演奏者としてのコンタルスキーも来日しています。

 

 フランスのジョリヴェはロストロポーヴィチに新作のチェロ協奏曲第2番を検定し、その録音にも立ち会っていました。

 

 

 この年はフィルハーモニア管弦楽団が来日していますが、メインのバルビローリは急逝して残念ながら来日は叶いませんでした。ピアニストのジョン・オグドンは指揮のアルド・チェッカートと共に記念盤としてのメンデルスゾーンのピアノ協奏曲を録音しています。第2回のチャイコフスキーコンクールの優勝者として期待されましたがその後は躁鬱病や糖尿病に悩まされ1989年に亡くなっています。

 

 

 その指揮をとっているのはアルド・チェッカートです。なかなかのイケメンですが、録音には恵まれず低迷していました。

 

 

 ゲーリー・グラフマンはクリーヴランド管弦楽団の来日公演でソリストとして同行していました。ただ、曲がプロコフィエフのビアの協奏曲第3番だけだったということであまり注目はされませんでした。

 

 

 この年のバイロイト音楽祭で「トリスタンとイゾルデ」を指揮しています。下はそのオーケストラピットでのリハーサルショットです。なかなかこの角度からオーケストラピットを写した写真はないのではないでしょうか。

 

 この年コロムビアからフルトヴェングラーのウラニア原盤のベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」が発売され、話題になりました。

 

 

 下がその広告です。これらは英ユニコーンとのライセンスで発売されたものです。初めて全国ルートで発売されたものでベストセラーになっています。

 

 

 コロムビアはこの時代CBSが抜けてメインはスプラフォンとエラートしかありませんでした。この新譜ではセールスにならなかったのではないでしょうか。

 

 

 そんなことで来日したパイヤール推しです。来日記念版はヴィヴァルディの「四季」です。

 

 

 ただ、小生の目に止まったのはここからスタートした「エラート1000シリーズ」でした。初期はステレオとモノラルが混合していてちよっと胡散臭かったのですが、やはりバロック物を中心に買い集めたものです。ラスキーヌのハープ物をはじめ、レーデルのバッハなどは今でも所有しています。ただ、リンデンバーグのオーケストラ物は初めて耳にする名前だったのでちょっとケインしました。この演奏はこの時発売されただけで以後再発はされていません。一方「ダイヤモンド1000」シリーズも忘れた頃に追加発売されています。この中ではら雨天バッハーのヴィオっティのアルバムを購入しています。何しろ廉価版でヴィオっティが発売されたのはこの時が初めてでした。

 

 

  さて、ようやく特集に辿り着けました。1970年はパイヤールとローマ合奏団が同時期に来日しています。それもあり、ここで特集が組まれ、それぞれの合奏団と指揮者の方向性の違いがかたられています。そして、最後に座談会が組まれています。それにしても、今ではレナート・ファザーノ氏を覚えている人はどれ程いるでしょうかねぇ。

 

 

レコード芸術

1970年8月号 2

 

 この号の目次です。著名オーケストラの批評は間に合わなかったのか、この号はアンサンブルの「イ・ムジチ」が来日していましたのでそこにスポットを当てての特集を組んだようです。この頃は新しくオープンしたホールがたくさんありました。今ではほとんど名前を聞かなくなりましたが、ここではカラヤンが好んだ「普門館」ホールが紹介されています。

 

 

 この号で一番驚いたのはソニーがサンスイに先駆けて「QR」方式の4チャンネル広告を打っていることです。こんな広告です。これがソニーがその後展開するSQ方式ではないというところが味噌です。この「QR」方式のブレゼンにソニーは実に6ページを費やして広告を売っています。そして、まず先行して4つの音源をテープで発売しています。その中の一枚に、海野義雄の独奏、N響合奏団のヴィヴァルディの「四季」が含まれています。これ4チャンネル録音だったのですなぁ。ちなみのこの海野盤は米オデッセイレーベルでも発売されました。今では廃盤になっている録音です。N響合奏団の「四季」は、他に田中千香士のヴァイオリンの演奏が学研の音楽雑誌ミュージックエコーの付録についていました。こちらも今では忘れ去られています。

 

 

 

 どうも、記事を読むとディレイ方式をとっていたようでそのための専用アンプも発売されています。しかし、今まで「QR」方式の存在を知らなかったのでそういう意味では貴重な広告です。

 

 

 キングの広告は、当時は朱色が目印でした。で、トップページは先にも書いたようにロストロポーヴィチの「アルページョ・ソナタ」で次のページからは2ページぶち抜きで、アンセルメの全集を取り上げています。アンセルメも最初CDで発売された時は国別にまとめられていましたがこのレコード時代もそうだったようです。この時はフランス弁発売されています。もっとも、小生はもう少し後の廉価版になった時にいろいろ購入しています。ただ、限られたアイテムだったのが残念でした。

 

 

 時代はベートーヴェン生誕200年ということで、ベートーヴェンのボックスセットが各社から発売されています。こちらもぶち抜きで広告が打たれています。それにしても、「ピアノ奏鳴曲全集」全集という表記には時代を感じさせます。今ではこういう表記は絶滅していますからねぇ。いっせるしゅてっとのベートーヴェン交響曲全集は当時話題になったものです。何しろ7枚組で1万円は他社を圧倒していました。他にRCAはトスカニーニのアルバムを1万円でぶつけていましたが、こちらはモノラル、とてもウィーンフィルの最新録音には太刀打ちできませんでした。

 

 

 当時はすでにSLA規格の2,300円版も発売されていましたがここでは2,000円のベストセラー盤を取り上げています。ボーナス商戦の残りも掻っ攫おうという意図が読み取れます。確かにいずれもよく売れたレコードたちです。

 

 

 キングは中小レーベルを纏めて「セブンシーズ」レーベルで発売していました。このイエルク・デムスのシューマンのアルバムはNUOVA ERAへのレコーディングでした。

 

 

 そのデムスの弾くシーマンの「アラベスクOp.18」です。

 

 

 キングはまた単独でも膨大なレーベルと契約していました。下はハンガリーの「フンガロトン」とアメリカの「ヴァンガード」の告知ページです。

 

 

 また、ドイツのテレフンケン(現在のテルデック)もドイツのデッカグループでしたからそこの古楽シリーズの「ダス・アルテ・ヴェルク」も扱っていました。こうしてみるとドイツ・グラモフォンに唯一対抗できていたレーベルといえます。

 

 

 そのグラモフォングループの「アルヒーフ」は全く別枠で質素な広告を打っています。

 

 

 

 

 

 

レコード芸術

1970年8月号 1

 

1970年のレコード芸術はこれまで、2月、7月、11月号を取り上げています。今回は8月号ですが、万博の年ながらちょっと夏枯れのような内容です。まず、表紙は新譜で発売されたロストロポーヴィチのシューベルト「アルぺージョ・ソナタ」が飾っています。 そして、恒例の裏表紙も同じロストロポーヴィチ、また中刷りのキングの広告もトップがこのアルページョ・ソナタのジャケットです。

 

 

ちなみにこの年の来日オーケストラは以下のようになっていました。

 

・ベルリン・ドイツオペラ管弦楽団/ロリン・マゼール、オイゲン・ヨッフム、ハインリッヒ・ホルライザー

ワルシャワフィルハーモニー管弦楽団/ヴィトルド・ロヴィツキ

パリ管弦楽団/セルジュ・ボド、ジョルジュ・プレートル

ベルリンフィルハーモニー管弦楽団/ヘルベルト・フォン・カラヤン

クリーヴランド管弦楽/ジョージ・セル、ピエール・ブーレーズ

モントリオール交響楽団/パウル・デッカー

レニングラードフィル交響楽団/アルヴィド・ヤンソンス、アレクサンドル・ドミトリエフ

フィルハーモニア管弦楽団/ジョン・プリッチャード、エドワード・ダウンズ

 ボリショイ劇場管弦楽団 /ユーリ・シモノフ、ロストロポーヴィチ、ロジェストヴェンスキー、マルク・エルムレル

 ニューヨークフィルハーモニック/レナード・バーンスタイン、小澤征爾

 

 これらのオーケストラは全て大阪万博の開催期間中に来日しています。2025年の大阪万博はどうだったかというと、

 

・フィルハーモニア管弦楽団/サントゥ=マティアス・ロウヴァリ

・ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団/サカリ・オラモ

・カペラ・アンドレア・バルカ/アンドラーシュ・シフ

・デンマーク国立フィルハーモニー管弦楽団/ヘンリク・シェーファー、沼尻竜典、山下一史

・ベトナム国立交響楽団/本名徹次

・ベルリン放送交響楽団/ウラディーミル・ユロフスキ

・バンベルク交響楽団/ヤクブ・フルシャ

・トーンキュンストラー管弦楽団/佐渡裕

・台湾フィルハーモニック/準・メルクル

・ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団/ラハフ・シャニ

・パリ管弦楽団/クラウス・マケラ

・国立カナダナショナル管弦楽団/アレクサンダー・シェリー

・ベルリン交響楽団/ハンスイェルク・シェレンベルガー

・バーミンガム市交響楽団/山田和樹

・ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団/スターボ・ドゥダメル

・スイス・ロマンド管弦楽団/ジョナサン・ノット

・ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団/久石譲

・ナショナル・ユースオーケストラUSA/ジャナンドレア・ノセダ

・ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団/アンナ・スウコフスカ-ミゴン

・ミラノ・スカラ座フィルハーモニー管弦楽団/チョン・ミョンフン

・ポーランド国立放送交響楽団/マリン・オルソップ

・イ・ムジチ合奏団

・大邱市立交響楽団/ジン・ベク

・バイエルン国立管弦楽団/ウラディーミル・ユロフスキ

・香港フィルハーモニー管弦楽団/リオ・クオクマン

・チェコ・フィルハーモニー管弦楽団/セミヨン・ビシュコフ

・プラハ・フィルハーモニア管弦楽団/レオシュ・スワロフスキー

・シンフォニア・ヴァルソヴィア/クリスティアン・アルミンク

・ロサンゼルス・フィルハーモニック/グスターヴォ・ドゥダメル

・台北市立交響楽団/エリアフ・インバル

・スペインADDA交響楽団/ョセフ・ヴィセント

・ウィーン国立歌劇場/ベルトラン・ド・ビリー、フィリップ・ジョルダン

・ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団/クラウス・マケラ

・ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団/クリスティアン・ティーレマン

・ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(11月)/キリル・ペトレンコ

・シュトゥットガルト室内管弦楽団/トーマス・ツェートマイヤー

・スロヴェニア・フィルハーモニー管弦楽団/カーキ・ソロムニシュヴィリ

 

 まあ、数だけは世界各国かららいにとしていますが、万博期間中に限ると赤文字のおーけすとらがらいにちしていますが、大阪で公演があったのは河川が引いてあるものだけに限ります。パリ管もバーミンガム響も大阪では公演していないんですなぁ。いかに今回の万博が文化的側面欠き、エンタメにシフトしていたということがわかります。これでは万博の意義が半減していたといっていいでしょう。

 

 さて、話が横道に逸れています。1970年7月号を見ていきましょう。ただ、この号は万博の話題も小休止状態です。わずかにトップを飾るビクターグループの万博鉄鋼館での「オーケストラ・スペース」のレコードの緊急発売です。昨年末、ユニヴァーサルから「小澤征爾エディション」なるレーベルを跨いだ239枚の音源を収録したセットにはこの音源も含まれています。それにしても25万円は高いわなぁ。

 

 

 ワイセンベルクがオーマンディとバルトークの協奏曲を録音しているとは知りませんでした。1969年の録音ですから当時は最新録音だったのでしょう。

 

 

 さて、この写真を見てリヒテルだとすぐわかる人はどれだけいるでしょう。まだ、髪がフサフサしています。まあ、それだけRCAに録音した音源は古いということの証です。

 

 

 上でもあげたボリショイ歌劇場の来日記念盤です。

 

 そして、こちらもリヒテルを一押しです。

 

 

 ボーナス後でよほど売り物がないのか、当時の看板アーティストの旧譜を引っ張り出してきて広告を打っています。

 

 

 この頃はまだビクターグループに組み込まれていたフィリップスもやはりトップにはリヒテルを担ぎ出しています。小生はこの時のインパクトを覚えていて、後年廉価盤で再発された時はすぐに手に入れたものです。

 

 

 こちらもこの時新譜として発売されていたんですなぁ。テレビで視聴したヨッフムの「田園」に感動してこれものちに廉価盤で再発された時は真っ先に「田園」を購入したものです。

 

 

 ニュー・ウィーン弦楽四重奏団は検索しましたがメンバーすら不明です。ただ、この団体のシェーンベルクの演奏は評価が高いようです。

 

 

 こんなセットが発売されていました。手持ちのコマを振る動員した企画ですが、玉石混交というイメージは付きまといます。市場でもこの中古版は出会ったことがありません。

 

 

  こちらも、新譜で勝負というより旧譜の売れ筋を再アピールです。これを見てもフィリップスは「イ・ムジチ」への依存度が高かったことが窺い知れます。

 

 

 

 

新年の散財

 

  昨年末は100枚のCDと言う大散財をしましたので、新年はひっそりとレコード4枚に収めました。下がそのレコードたちです。今回はポップスのみとなりました。

 

 

  最初は年頭にも取り上げた「トニー・オズボーン・オーケストラ」のイギリス盤です。これが本来の姿のトニー・オズボーンで、彼がピアノを弾いてオーケストラを引いています。「レディフュージョン」というレーベルから発売されたもので、1973年に発売されています。この頃はイージーリスニングの全盛期ということでそのスタイルを踏襲しています。このトニー・オズボーンはあまりレーベルには恵まれなかったようで、この他に同じイギリスのカウンターなどからアルバムを発売されています。いずれも日本での発売窓口がありませんでした。

 

 

 下はこのアルバムに収録されているビートルズの「イエスタデイ」です。通常はストリングスでの演奏が多い中、得意のピアノをフューチャーして演奏しています。

 

 

 

 2枚目は大御所「フランク・シナトラ」の2枚組のアルバムです。ジャケットの今年大分の来日ということが書かれていますから、このレコードは1974年に発売されたことがわかります。このリプリーズレーベルを代表するアーティストでしたから、膨大な録音が残っています。その中から彼の代表曲24曲がセレクトして収録されています。往年の映画のヒット曲から大ヒット曲の「My Way」まで彼の代表曲が収録されています。まぁ映画も活躍したフランク・シナトラで、自身の出演した映画の主題歌もこの中には収録されています。

 

 

 

 

  残りの2枚は映画のサントラ盤です。最初は1968年に公開されたイギリス映画「チキチキバンバン」です。基本的にミュージカルですが、SFチックな作品で、車のチキチキバンバン号は、全長5.36メートル、全幅1.75メートル、エンジンはフォードのV6を積んだ最高時速160キロも出るクラシックカーです。ただその能力はすごく、水の上も走るし空も飛べると言う不思議な魔力を持つマジックカーなのです。

 

 

  の作品はお気に入りで、1990年代にはレーザーディスクも購入しています下がそのジャケット写真です。142分の大作でディスクは2枚組でした。ただ残念なことにこのレーザーディスクはモノラル収録となっていました。そんなことでステレオ録音のレコードを入手できたのは望外の喜びです。

 

 

 

 

  最後は1965年に作られた70ミリの大スクリーンで上映された「グレートレース」のサントラ盤です。この作品の映画音楽を書いたのはヘンリー・マンシーニなんですが、ほとんど忘れ去られています。どうしてなんでしょうね。すごい立派な序曲まで作曲されています。ちょっとマシー二としては、ジャジー過ぎ当時の流行の主題歌までコーラスを入れたのが受け入れられなかったのでしょうか?こういう音楽はフルオーケストラの方が似合っていそうですからねぇ。

 

 

 

デレク・ハン

モーツァルトピアノ協奏曲第20、22番

 

曲目/モーツァルト

ピアノ協奏曲第20番ニ短調 K.466
ピアノ協奏曲第22番変ホ長調 K.482
デレック・ハン(p)
フィルハーモニア管弦楽団
ポール・フリーマン(指揮)
録音:1993年  ヘンリー・ウッド・ホール

P:ジュディス・シャーマン

E:マイク・ハッチ

 

BRILLANT 94251/19(原盤PROARTE)

 

 手元にあるのはブリリアントのモーツァルト全集に含まれている一枚です。この全集、記憶があっていれば一番最初はアンネ=ローゼ・シュミットのものが収録されていたと記憶しています。多分このデレック・ハンに差し替えられたのは2000年ごろだったように記憶しています。ついにピアノ協奏曲もデジタル録音のものが収録されたのかと、感慨深く感じたものです。でも、今回調べてみて、この録音はプロアルテが発売していたものだったのですなぁ。日本では発売窓口がなかったので知らなかっただけのようです。まあ、日本版のwikiには彼の項目が無いことからも分かるように日本ではほとんど知られていないピアニストです。

 

 デレク・ハンは1957年、アメリカ、オハイオ州のコロンバス生まれの中国系アメリカ人ピアニスト。7歳からピアノをはじめ、10歳にはコロンバス交響楽団と早くも共演し、デビューしています。ジュリアード音楽院を卒業後、1977年アテネ国際ピアノコンクールで優勝し頭角を現しました。1990年代から2000年初期にかけてはベートーヴェンやこのモーツァルトの全集、さらにはハイドンの全集も録音し、チャイコフスキー、ラフマニノフの作品など主だったところは集中して録音しています。経営者としても優秀で、最初の妻から莫大な遺産を受け取り2003年には英国の証券会社ローウェル・キャピタルにも入社。2005年に会長に就任し、社名をブルーオーク・キャピタル、さらにノーススクエア・ブルーオークに変更しています。その後、ハンは会社の焦点を中国に向け、北京市東四街道に事務所を構えビジネスにも勤しんでいました。ただ、コロナ禍の2021年63才で亡くなっています。

 

 

 そして指揮者のポール・フリーマンはポール・フリーマンは1936年、アメリカ、ヴァージニア州リッチモンド生まれの指揮者。ニューヨーク州とチェスターにあるイーストマン音楽学校で博士課程まで学び、フルブライト奨学生の制度を利用してベルリン芸術大学へ2年間留学しました。帰国後アメリカン交響楽団でピエール・モントゥーについて指揮を学びました。その後ロチェスター歌劇場の音楽監督、ダラス交響楽団、デトロイト交響楽団の副指揮者、ヘルシンキフィルの客演指揮者等を経て、1979年から1989年までカナダのヴィクトリア交響楽団の音楽監督を務めました、1987年にはシカゴシンフォニエッタを設立し音楽監督となっています。1996年から2007年までチェコ・ナショナル交響楽団の首席指揮者を兼任。2011年にシカゴ・シンフォニエッタの職を辞任して指揮活動を引退するまでに、アメリカを代表する指揮者としての地位を築き上げました。

 

 

 ここではバックをフィルハーモニア管弦楽団が務めています。小生たちが耳にする機会が多いのはEMIに残された音源ですが、そのイメージで聴くと音がクリアなのにびっくりします。フィルハーモニア管の木管が何と美しい音で鳴ることかとびっくりします。このオーケストラはロンドンのビッグ5でも特にプライドが高くティンパニは指揮者が誰であろうが楽団のパート譜に固執するなど並の指揮者では御しにくいので有名だオーケストラです。ここでは弾き振りのアシュケナージ盤より同じ奏者たちの自発性がありながらピアニストの感性に寄り添って知的にコントロールされ、それが前面に出て音楽美を邪魔することがないという奇跡のようなことが成し遂げられています。楽器のクリアさ、ピッチ、アンサンブル、まさしく完璧に響いています。そういうクックリとしたアンサンブルをフリーマンは引き出しています。才能があるのになかなか表に出てこないなぁと思った指揮者は他にヘンリー・ルイスがいます。デッカに数枚録音を残していますがなかなか黒人指揮者はでメータの指揮するロスフィルでコントラバスを弾いていました。その後指揮者として転身しますがパッとしませんでした。フリーマンもそんな系列で、31歳でミトロプーロス国際指揮者コンクールで優勝。30国以上で100を超えるオーケストラを指揮したこれだけの有能な指揮者に楽員は敬意を払っているのだろうが大衆には相応の知名度がないというのは我々の側に問題があるのでしょうか。小生は1960年台にNHK交響楽団に客演したディーン・ディクソンが忘れられません。

 

 デレック・ハンは明確なタッチで音を注いでいます。取り立てて個性的ということはありませんが変な癖が無い分安心して聴いていられます。師のリリー・クラウスの影響と思われる芯の確かなタッチと、カチッとしたフォルムの中に音楽をしなやかに流すセンスが見事に反映されています。「第20番」の第1楽章第1主題は硬質でありながらまろやかさも併せ持つタッチで、ハーモニーのニュアンスを感じながら自然な呼吸でフレーズが息づいているのにハッとさせられ、第2主題は憧れの風情がフワッと香ります。楽譜をデフォルメすることなしに淡々とイン・テンポで進行しますが、それが機械的に響いて終わってしまう演奏との差も歴然です。よく知られた第2楽章もよく歌い上げ、フレーズ全体が美しいレガートを形成。音の育み方も素晴らしく、オケの伴奏のような形でアルペジョ風に奏でるシーンのなんという慈愛!終楽章は闊達な中にも気品が感じられ、タッチの一つ一つに繊細な神経を通わせているのが分かります。

 

 

 

 

 第22番は21番と23番に挟まれたやや地味な曲ですが、こちらもなかなかの名演になっています。フリーマンのオーケストラの扱いも丁寧でかなり季節の録音ですが各楽器の分離が明快で全ての音を対等に扱っているのがわかります。そこにハンのピアノが明快なタッチで入ってきます。ハンはスタインウェイを使用しているようでハンが亡くなった時にはスタインウェイが追悼文を発表していました。軽やかなタッチというよりは一音一音を確かめるような音作りで、オーケストラと一緒に曲を作り上げるというポジションをとっています。

 

 モーツァルトのピアノ協奏曲全集は他にアシュケナージとペライヤのものを消していますがなかなか取り上げようという気が起きないのですが、曲本来の楽しみを味わいたいなら、録音も含めてこれだなぁと思い今回記事にしたみました。正月から聴く音楽は何も足さない、何も引かない的なスッキリした演奏がいいですなぁ。