こんなんありました!
こんなんありました!

2001年 韓国 122分

監督・脚本:クァク・ジェヨン

出演:チョン・ジヒョン、チャ・テヒョン、キム・インムン、ソン・オクスク、ハン・ジンヒ、ソン・オクソク


(イントロダクション)

性格の優しい大学生のキョヌは夜の地下鉄ホームで美しい“彼女”と出会う。でもその時“彼女”は泥酔状態。酔っぱらい女は嫌いだったが、車中で倒れている“彼女”を放っておけず仕方なく介抱してホテルへ運ぶ。ところがそこに警官がやってきてキョヌは留置場で一晩を過ごすハメに。翌朝、昨夜の記憶のない“彼女”は怒ってキョヌを電話で呼び出した上、詰問するのだった。しかし、これがきっかけで、そのルックスとは裏腹にワイルドでしかも凶暴な“彼女”に振り回される、でもキョヌにとっては楽しい日々が始まるのだったが…。


痩せていてドSキャラな彼女、私がドMなのでちょうどいいかもしれない、何がやねん!

不思議なことに、劇中にその彼女の名前は一度も呼ばれない、ず~と彼女で通ってしまう。

この彼女が取っていた異常な行動の一部は、後に原因らしいものが判明する。

やはりチャ・テヒョンが出演しているので笑いはあるのだろうと期待していたが、

大笑いするシーンが一つあった。もう大爆笑してしまった。

電車の中での二人の遊びの一つで、子供が電車の通路にお母さんの口紅で落書きをし始め、

彼女が子供に容赦ない言葉をあびせかけ、いたづらをやめさせたが、

通路には赤い線が引かれた状態、ふたりは前を通る人がその線を右足で越えるか、

左足で越えるかというかけをしていた。左足で越えた場合は彼女がキョヌにビンタ、

右足で越えた場合は、キョヌが彼女にコンパチというかけ。

なぜか列車の中に軍隊が現れて、その線に向って行進を始める。

線に近づく軍隊の隊列どうみても、キョヌの勝ちだったが隊長のの号令が右左!右左!からいきなり、

足をかえ!左右!左右!になった瞬間には大笑いしてしまった。その次のシーンで、

キョヌの顔は、青痰でうめつくされた。

その後の二人を観ていても良い雰囲気で時間が進んでいくが、とうとう別れてしまう二人。

話はここでは、終わらないがその後はキョヌの良い人ぶりが炸裂。

ハッピーエンドで終わる。思わず良かったな、お二人さんと言ってしまった。


こんなんありました! こんなんありました!

2010年 韓国 121分 

監督:イ・ジェハン

出演::チャ・スンウォン、クォン・サンウ、キム・スンウ、パク・ジニ、ムン・ジェウォン


(イントロダクション)

朝鮮戦争開戦から1ヵ月余りが過ぎた1950年8月。北朝鮮軍の猛攻によりソウルを失った韓国軍は、最後の砦たる洛東江を守り抜くため、全兵力を投入しようとしていた。そのため、カン・ソクテ大尉(キム・スンウ)は浦項の守備を71人の学徒兵に託すことにする。しかし、冷酷非道なパク・ムラン少佐率いる北朝鮮軍の精鋭部隊が、浦項を攻撃。カン大尉から中隊長に任命されたジャンボム(チェ・スンヒョン)と、彼に対立する不良少年たちは突如として迫ってきた強大な敵軍との命懸けの戦いに身を投じていくのだった。韓国で観客動員数約350万人を記録した戦争アクション超大作。


やはりこの類の作品での韓国映画はリアル、

韓国映画で初めて戦争ものを観たのが、『ブラザーフッド』で、

その時も戦闘シーンが凄くて圧倒された記憶がある、

この作品も実話を基にした話らしいが、

どこまでが本当なのかはわからない。

真実なのかどうかはわからないが、

印象に残ったシーンは、草原での銃撃戦学徒兵が人民軍の一人を2対1の状態で、相対している。

そこで、人民軍の兵士が大声で叫び始めるが、しかしその兵士は何と幼い子供、

その子供が言うには、

偉大なる将軍さんさまの最強の兵士だから銃を捨てることなどしないみたいな言葉を言っていたと思う。

学徒兵のリーダーは、撃つなと制止したものの、興奮状態にあったもう一人の学徒兵は射殺してしまう。

これは本当の話なのか?小学生まで戦地に兵士として送り出すというのはいかがなものだろう。

特別に戦闘訓練を受けていた学徒兵ではないが、ここで10時間以上人民軍を足止めできたのが、

後々の韓国につながっていくのだから、この学徒兵が行ったことは国としては、

よくやったとしか言えないだろう。

しかし、この背景にある韓国軍の色んな思惑、この学徒兵たちは一体この為にだけに生きてきたのか?

色んなことを思うとやるせない作品だった。

金曜日に健康診断の結果が届いていたが、

急いでいたので確認せずにおいた、

今朝確認すると大変なことに、

夕方に病院行って薬をもらわないといけない、

数値をみてかなり焦ってしまった。

このままだと、あるなくなる可能性がでてくるし、

体には良くないので、生活習慣を改善しないといけない必然性がでてきたので、

気合を入れてかいぜんしよと思う。

何か勘違いしていて、汗をかけば大丈夫なのだろうと思っていたが、

水を沢山飲んで沢山尿を出さなければならなかった。

この尿酸値の値のこの1年の跳ね上がり方には、ビックリしたが、

病院で説明してもらい、食べたら尿酸値があがるものばかり食べていたみたい。

これじゃダメだわ、本腰を入れて生活改善に臨むことにしよう。

例年、ひっかかっていた項目以外に、今回初めて表れた項目もあった。

これもオーバーしたらアカン項目だった。

自分の強い意志を持って飲みに行く回数を減らさないとぽっくり逝くかもね。

日本代表の試合を観戦する前に、三軒茶屋駅を周辺を散策することに、
なぜ、三軒茶屋周辺をぶらぶら歩こうと思ったのか、
それは、今頃なぜかしらないけど、8年前に『すいか』というドラマが放送されていたけど、
その舞台が三軒茶屋だったからだ、後で分かったけど、ドラマの撮影場所は別だったみたい、
暑いなかヘロヘロになりながら、三宿や太子堂を1時間位散策したが、
まだ時間があったので、虎ノ門へ行くことに、
そこには、私が社会人になって初めて関わった建物があり、
何となく見に行きたくなったから行ってみた。
これがそのビル


キーワードは、虎ノ門病院とホテルオークラだけだったが、
地下鉄から地上に上がってみると、昔の記憶がよみがえってきた。
そうそう間違いないこの道を行けば、そのビルがあるはずと、
ビルの名前を確認すると、昔の名前とは違ったがかっこがきで記憶にある名前が書いてあった。
ふ~んこんなデザインになったのかと不思議だった。
ビルに対面したあとは、試合開始まで1時間30分あったので、
国会議事堂前→山王溜池→赤坂見附→青山一丁目→外苑→秩父宮ラグビー場の経路を歩いた。
歩いていたら、山王日枝神社の巨大な鳥居がいきなり、目の前に現れたり、TBSが見えたりした。
青山一丁目を右に曲がり、国立競技場を見て秩父宮ラグビー場へ向かった。
途中にあった銀杏並木

もうここらへんになると、汗だくで自分でも臭いくらいだった。

試合が終わり表参道駅の方向へ向かって歩くと、節電対策で街は暗かった。
この日の万歩計の指示はさん30000歩以上だった。

品川駅到着して山手線で渋谷に向かう車中、ここは大阪かあ?と思った。
でかい声で大阪弁を喋る姉さんがいた。その姉さんたちは、山手線の路線図を見て、
自分たちが降りる駅の恵比寿を環状線に置き換え、
西九条か大正と言っていた。何がじゃ?と突っ込みたかった。弁天町どこいっとるねん。

おまけ、それと三軒茶屋周辺を散策していたら、世田谷学園の前に出たので、
聞き覚えある学校名だったので激写、どうやらドラマ『仁』で坂本龍馬を演じていた内野聖陽の母校だった。






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2011年7月2日
秩父宮ラグビー場
18:10キックオフ
日本代表-サモア代表
SS指定席後方6列19番


試合前のスタンド、私の横の階段を東芝の大野均選手が登っていった、
男前だった。
世界ランキングトップ10を目指すには、まずぎゃふんと言わしておかなければならない相手。
さて試合前の恒例の儀式のハカが観たいのもひとつあってわざわざ東京まで観戦にきたのもある。
ニュージーランド代表が有名だけど、サモアもウォークライを舞うんです。
ニュージーランド代表のハカと比べると少しおとなしめなシバタウだった。








試合開始直後、サモアの突進誰が潰しにいったかわからなかったけど、返り討ちにあっていた。
サモア代表の黄色のシューズを履いていたフォワードたぶん右フランカーだと思ったけど、
あの体であのスピードそりゃ日本代表の選手も返り討ちにあうはず、
さすがに後半は前半ほどの破壊力はみせなかったけど、
それはそれは体と体がぶつかり合うスゴい音が何度も聞こえてきた。
あのライアン・ニコラスもタックルされて中に浮いていた。
日本代表の選手で目立っていたのは、
負傷のマイケル・リーチの代役、パナソニックの西原忠佑選手と、
スタンドオフのコカ・コーラウエストレッドスパークスのショーン・ウェブ選手。
前半立ち上がり早々には、公約通しりのタックルで相手を止めていた。
ショーン・ウェブは今まで何度も観ているけど、今回が一番キレのある動きをしていたと思う。
いずれにせよ、あんな勢いでディフェンスラインを突破されてしまう日本代表をみてしまうと、
世界ランキングトップ10入りは、いつになるのか?はたまたトップ10入りできるのかと考えてしまった。
でも、サモア代表は日本代表のスクラムを嫌っていたように見えたので、もっとスクラムを使えば良かったのになあと思った試合だった。


15-34で日本代表の負け




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