坂の上も雲 -26ページ目

ひねくれもの

どうも人が困っているのをみると助けたくなる。

口では、いろいろ言い訳する。

そして、相手があきらめかけた時には決心がついてる。

であるがゆえに、ひねくれてるだとか、胡散臭いだとかいわれるんだろうなあ。

でも結局やってしまうと感謝される。

態度では、あたかも喜んでいないかのように装っている。

そして、相手がもうその話をやめようとすると苦労話を始める。


そういう自分が19年11ヶ月無事に生きて来れたことが若干不思議。

先輩

さすがは。

そう思わせる何かがある。

人間性なのか。

能力なのか。

あるいは、表象化しないオーラのようなものなのか。


ぼくがこの人に追いつく日は来るのだろうか?


そうおもって
ばたりと倒れて
3時におきるのももう手馴れたものだ。。。

約束

僕は基本的に守れない約束はしない。


だから、約束を破ることは許せないのだ。


たとえ、理由がどんなに大事なことであろうと。


たとえ、伝える過程がどんなに僕を思いやっていても。


たとえ、結果がどんなに変化しないとしても。

手紙

母上様

お久しぶりです。寒暖の変化の激しい折ではありますがつつがなくお過ごしでしょうか?

さて、今回は一連の件について深く謝し反省の意を示したいと思い筆を取らしていただいたしだいです。

私はこの二年間何の不平不満も言わずに私を東京の大学へと送り出してくれた母上に本当に頭の下がる思いであります。

母上様はきっと私が勉学にいそしむ様子を創造して(笑)私を東京へ送り出したのだと思います。

さりながら、実際の私の所作について、母上様は既にご存知かとは思いますが私はこちらへ着てから大学へ行くのは生協の食堂と図書館へ通うためだけであります。

この現状をかんがみるに慙愧の念に耐えませぬ。

しかも、今学期こそはと思ってまいったのですが、ここにきてまた弼が増えてまいりました。

不祥の息子ゆえの所業の数々。

母上様はきっとこのような息子を産んだことを後悔なさってることと思います

が、契約更改はすんでおりません。

仕送り10万円ではやってまいることはできませぬ。

どうぞ賃上げを宜しくお願いいたします。


不肖の息子 記す

2004年 FB 1月前半編

そろそろ記念すべきオリンピックイヤーも終焉ですね。

これからすこしづつ振り返れればと思います。

さて、新年早々。

まあ今年を象徴する事件がおきました。
もうこのとき僕はこの一年絶対ろくなものにならないと悟りました。


それは、、、正月0:00僕は明石海峡大橋を眺めていました。
一人で。。。


まあ単純に言うと家族と喧嘩してしまいいえにいれなかったわけです。
残念。

結局姫路~米原間を2往復半ぐらいして初詣に向かいました。

おみくじは意外にも一発で大吉。

以下が当日のメールである。


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廣瀬でございます。

あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします


今年の正月はひどいものでした。
まず、実家における縄張り争いにおいて弟に負けました。
むこうはこの一年、俺のいない間に実家内のテレビ、パソコン、風呂場、トイレに至るまでハンムラビ法典ならぬ独自の法律を作り上げ、俺がそれを破ろうとすると脅しをかけてきました。内容はともかく、そんなわけで法の秩序に敗れ去った俺は12月31日まだ紅白も終わっていない時間帯に家を出た俺は、迷うことなく駅へ向かう。

駅へ向かうと、人はいない。近くに住んでる友達に電話をかける。神社に一緒に初詣に行くまでならOKらしい。変える途中のコンビ二で昔つるんでたやつらに出会う。いまからカラオケに行くらしい。とりあえずあとでという。





さてさて、はつもうでがおわって、ラーメンを食った後、とうとう一人に。
というわけで、カラオケにいこうやと、誘ってくれたやつに電話するとでない。おなじみのあの声


「auお留守番サービスに接続します」


しかたない。一晩ただですごす方法。


それは電車に乗ること!!


姫路から米原を二往復。

そして朝を迎えた。

なんとも悲しい正月でした。




とつぜんですが今年のおみくじ。



大吉!!


ただし・・・

・進学・・・勉学を怠ると失敗します。心堅固に努力せよ。

いやな予感・・・

・願望・・・苦難を乗り越え信神堅固にすれば少しづつかなう。

どうも今年のテーマは堅固らしい

・賭け・・・続けると破滅します。

競馬で去年は3万負けたりしたけど有馬で取り返したのだが・・・・

・待人・・・来ないけれど便りあり。

きっとメールが来るんでしょう(鬱)

・転居・・・早くすればよし

早く本郷に行きたいよ(苦笑)



あんまり大吉に見えないのですが・・・・

まあでもこの一言を引き出した。


・事業・・・辛抱し信神せよ隆盛する。

みなさん、つらくても神様を信じて(笑)これから一年がんばっていきましょう。

GEIL2004の成功を祈って


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電車の中の様子は今でも鮮明に覚えている。

初詣にみな行く様子。ぼくはあの時間に電車で初詣に行く人たちをはじめてみたわけだけどやっぱみんな幸せそう。

それにくらべて、、、捨てられた子猫のような自分がいたのでした。。。

さて、関西での長い滞在も終わり東京に戻ったとたん発生したのは政策メッセの運営。

これが大変な作業であった。実質お金をもらうためだけに参加したようなイベント。しかも、多くのマンパワーをたんなる単純労働に2日間拘束されるという不条理もいいところなイベントである。おまけに、同時に開催されている政策のシンポジウムへの参加は認められないという顛末。

結果、展示や運営人員などの問題からGEILに後援いただいている某団体の通称:すねおとGEIL責任者の僕との間でバトルが勃発。ストレスから2日目に高熱を発しダウン。

最初のイベント運営責任者はほろ苦い経験で幕を閉じた。

しかし、ここで僕のイベント運営やプログラムというものに対する観念を変えるひとつのプロジェクトが発足しようとしていた。


それは、1月15日16:26先輩からの一通のメールではじまった。。。