「ふぅ。参ったね」
男は報告書を机に放って、天を仰いだ。
「すみません。彼女の意思は固く、説得に至りませんでした。私の力不足です」
傍らの女性が頭を下げる。
「いやいや、君の責任ではないよ。彼女の意思を軽くみていた私の責任だ」
男は軽く首を振りながら、頭を垂れている秘書をフォローする。
若干所作が大げさなのは、この男の癖なのだろう。
「高校入学したばかりだからこそ、こっちの高校に編入した方が色々都合良かったのだが・・・」
呟きに近い言葉だったが、秘書が反応する。
「彼女が第一に考えているのはグループのことで、東京に住んだら活動に支障をきたすと考えているようです」
「売れたければ、答えはひとつしかない。田舎で仲良しごっこをやっても、名前なんて覚えてもらえないさ!」
ぼやき気味に言い放ったが、表情からは感情が読み取れない。
「再度説得を試みますか?」
「いや、必要ない。事を急いでいる訳ではない。上京は選択肢の一つに過ぎない」
「しかし、三年間売り込みのチャンスを失うのは事務所にとっても彼女にとっても得策ではないと思います」
「そこだよ。発想を変えよう!プロモートは吉本に任せているのだから売れれば良し。売れなければ彼女だけ引き抜けばいい。契約書にはグループより彼女の活動を優先すると記載してあるのだから!」
秘書には男の真意が読めず、困惑した表情になる。
「難しく考えなくていいんだよ。我々は彼女に仕事を持ってくる。もちろんこっちでの仕事だ。交通費等の経費は初期投資だと思えばいい。地元での仕事は受けない。東京のイメージを持たせる。地方色を消すことが、これからの彼女に必要になるのさ」
「勿論グループが売れるなら、そこからの展開も色々出来るさ。けどね、十何人を売り出すより、一人に力を入れる方が現実的だ」
男は徹底した現実主義者。曖昧なことが嫌いだ。
今までも大きな仕事は合理的な考えに基づいて処理してきた。
いつもなら即決の彼も、今回ばかりは慎重だ。
人の心程難しいものはない。
待つという今までにない戦略を男は意外と楽しんでいた。
2014年5月中旬
デビュー後とあって、Rev.は多忙を極めた。
握手会は毎週末土日に組まれていて、東京3回、福岡3回。大阪の追加もあった。
最初は衣装での握手だったが、途中から私服での握手会に代わり、ヘアスタイルとのコーディネイトはメンバーの頭を悩ませるところであった。
「ん?さき、どうしたと?」
レッスン帰り、メンバーは単独で帰ることは少ない。
夜中遅くまでレッスンがあった場合は駅までの短い時間だが、今日のように早めに終了した場合は寄り道して帰ることも多々ある。
この日早希はちかななと一緒にいつものラーメン店でこれからのイベントについて話していた。
成長期である彼女達にとって、おしゃれなカフェよりも消費したカロリーを満たしてくれるラーメンがチョイスされたのは福岡女子あるあるかもしれない。
「うん。あたしね今悩んどーと」
ちかなながラーメンすすりながら、早希の器を見てピンと気づく。
「大丈夫よ~!替え玉くらいで太らんって!」
「あたしもいくけん一緒に頼も?すみませーん!替え玉2つ。カタで!」
ちかななの行動に驚いたのは早希。
「えっ?えっ?違う~!!」
「えっ?ダイエットじゃなかと?」
「違うよ~!もう。ちかなな~」
古澤早希は2014年2月にRev.に加入した。
本人談によると、学校で加入話を聞かされたという。
小学5年生からアクティブハカタに所属し、レッスンを受けていた彼女にとって、アイドルという道を歩むことになる人生の転機だった。
ちかななは早希より一年ちょっとRev.では先輩にあたるが、同学年ということもありプライベートでは上下間系なしのフラットな間柄であった。
「来週末スカラで握手会あるでしょ。私服決まんなくて、髪もどうしようかめっちゃ悩んどーと!」
「あーね。水曜日空いてるでしょ?服見に行く?」
「えっ?行く行く!」
女の子にとって、服のショッピングはちょっとしたイベント。大体は親と行くことが多いのだが、自分とセンスがズレていることの方が多い。
同年代とのショッピングは忌憚なき意見を聞けるので実はありがたい。
ましてや同じアイドル目線のちかななは正直な意見を聞かせてくれる貴重な存在。
ゆっきー、麗依菜、なっちとはファッションの方向性が違うのはなんとなく理解していたから、この3人とはショッピングしたことはなかった。
「ヘアスタイルも悩んどっちゃん。ブログではツインテールの反応が良かったっちゃけど、ゆっきーちゃんと被るんよね」
メンバー同士の呼称は自由だ。さんずけは堅いということで禁止されている。基本は愛称をそのまま使っているが、後輩メンバーである早希には抵抗があるので、「ちゃん」付けで呼称している。
「うーん。大丈夫じゃない?ゆっきーのツインは別物・・・でしょ?ツインで良いと思う」
自分のことでは優柔不断なちかななだが、他のことに関しては即決だ。
特に無茶振りに対しては逃げない。Rev.を背負っているというグループ愛がちかななを支えているからだ。
デビュー前に、環奈、なっち、ちかななの3人で参加するイベントがあったのだが、2人が渋滞に巻き込まれて時間に間に合わないハプニングがあった。
この時ちかななは、1人で歌を披露しRev.メンバーの強さをアピールしている。
「・・・よし!決めた!ツインでいく。ちかななありがと!皆に古澤早希のこと、少しでも覚えてもらえるように頑張るけん!」
「そうよ。環奈ちゃんに置いてかれんようにせんとね!」
良いタイミングで運ばれてきた、替え玉カタを2人は一気にたいらげて、気持ちも新たに帰路についたのであった。
5月15日はRev.ミーティングの日だった。
基本ミーティングは月に二回。必要に応じて開かれることもある。
運営の決定事項、スケジュールをマネージャーからリーダーが受け取ってメンバーに落とす。
いわゆるトップダウン方式だ。
その中でも細部を話し合う必要があるものをミーティングで話し合って決める。
ルールは意見の批判はしない。上下間系は無し。
の二つだ。
「じゃあ今わかっているスケジュールを言うけん、メモ取ってね。ちかななボードに書き出して」
「はい!」
ひとみんの後ろにあるホワイトボードにちかなながマーカーを持って準備する。いわゆる書記だ。
麗依菜だと字が汚い。環奈、ゆっきー、なっち、きょんだと背が低い。なぎさや優菜、みぽりんだと雑。
ひとみんは意識したことはないが、ちかななと早希、帆南をフィーリングで決めている感じだ。
「前伝えた通り、17、18日は福岡握手会。8時集合の9時会場入り。両日同じね。今回も私服だから忘れないようにね。メイクさんもいるから失礼ないように」
『はい!』声が揃う。
メジャーデビューして変わったことは多々あるが、メイクが付くようになったのは大きいだろう。今までセルフでやっていたのがプロにしてもらえるのはメンバーにとっても嬉しいことだった。
特に学生組にとっては新たな自分を発見出来るので大変勉強になった。
「24日は5時集合で、7時の飛行機で東京。朝食は家か空港で済ませて。時間取れないから。前回と同じく、ホテルにチェックインしてから会場に移動よ。ゆっきー、今度は叫ばんでね」
「えっ?あっ?はい」
予想もしてない所で弄られたので面白い返しも出来ず、ゆっきーは顔を赤くした。
「あれは、麗依菜が悪いんですよ!」
「反省してまーす」
「んっ!この・・・」
笑いが起きる。
食い気味に麗依菜がかぶせてきたので思わず睨み付けたが、笑いが起きたので内心嬉しかった。
ゆっきーは自分の言動で笑いが起きたら、心底喜ぶ。多分芸人さんと同レベルの感性だろう。
「25日は握手会終了後、福岡に帰ります。そこからまた忙しくなるわよ!」
ひとみんがニコニコしながらメンバーを見渡す。
「おっ!?」
環奈が相づちをうつ。
「ジャジャーン!日テレの1番ソングSHOWの公開収録が決定しました!パチパチパチ~♪」
「ジャジャーンって・・・」
「優菜!そこつっこむ所違うよ!」
ひとみんの昭和風なリアクションに優菜が食いついたが返しも小気味良かった。
ちなみに環奈はリーダーより早く知っていた。
「えっ!全国放送?」
「やば!ホントですか?」
「テレビに映るの?」
「えっ?歌うの?」
みぽりんだけ若干おかしなリアクションだったが、部屋が歓喜でざわめいた。
「静まれ静まれーい!」
「黄門様か!」
ひとみんのセリフに的確なつっこみ。周りに流されない良い女。優菜
「喜んでもらったあとに悪いけど、残念なお知らせもあるの」
「えー?ひとみ何?」
みっきーが口を尖らせて尋ねる。オフィシャルでは見ない顔だ。
「曲の収録は当然全員なんだけど・・・スタジオ収録は四人なのよ」
「えー!はい!出ます出ます!」
「なっちも出たい!」
「待って、待って待って!もう決まってるんですか?」
にわかにざわつき始めた時に帆南から適切な質問がでる。
「帆南にしては鋭い!そうなんよ、決まってるんよ」
「そうそうあたしにしては。。。ってなんでですか!」
『おー』という、謎の感心した声があがる。
「はいはい。じゃあ発表するよ!」
一斉に静まる。
「一人目は・・・橋本環奈!」
「でしょうね!」
「そこは分かりきってるんで、省いていいと違います?」
ゆっきーと麗依菜が当然過ぎるつっこみを入れる。
「ひどーい!私だってドキドキする権利あると思います!」
「ないわ!」
「ないね」
「ないない」
「えー!?みほちゃんまで?いつからRev.ってこんなグループになったの?」
「はいはい、ひとみ。次ぎ次ぎ」
「よよよ」
環奈のわざとらしいリアクションを無視して次の発表に移る。
「では二人目・・・秋山美穂!」
「えっ?あたし?ホント?環奈、一緒だよ!」
「みほちゃんの先ほどの仕打ち忘れませんよ」
「はいはい、環奈。こちょこちょ~」
「ちょっ?やめて!くすぐり弱いから、あぁん!」
二人のじゃれつきを冷静に眺めるメンバー。
「裁判長!次の判決をお願いします!」
「麗依菜。それネタなの?ふぅ。じゃあ三人目よ。三人目は幸奈さん。あなたよ」
「よっしゃきた!ありがとうございます!Rev.を全世界に発信します!」
「まずは日本に発信して」
冷静に返すひとみん。
「えー?環奈、みほちゃんとビジュアルでいくならなっちかと思ったのに?」
「ちょっと、なぎさちゃん!どういう意味?」
「ゆっきーはバラエティ担当じゃん。あっ、だからか!じゃあ最後は優菜ちゃんかな?」
「はいはい、四人目言うよ。四人目は・・・」
皆の視線がリーダーに集まる。
「四宮なぎさ!アンタだよ!」
今度はなぎさに視線が集まる。
「あ、あたし!?いや、ちょっと待って?あたしーー!」
相当意外だったのか、予想もしていない指名にあわてふためくなぎさ。
「今回は向こうからの指名だって。今の四人はRev.の看板からっていくんだからね。わかってる?」
「大丈夫です!豪華客船に乗ったつもりでいて下さい!」
「めっさ不安なんだけど・・・」
「あたし何喋ればいいの?ムリムリ!」
「こっちも不安」
パニクっているなぎさを見ながらひとみんは頭を横に降った
「今選ばれなかった人は収録でキメなさい。私達グループの個性はフォーメーションダンス。全国に見せましょう!」
『はい』
「あと、まだ確定ではないんだけど1日に名古屋でイベントが入る予定。その兼ね合いで30日、31日は東京に連泊になるみたい。何かすることがあるみたいなので、それは分かったら伝えます」
「学生組は試験も絡んできて、時間取りにくいから、申し訳ないけど握手会後にもレッスン入れるから。zeppの香盤表がもう少ししたら出来るから詰めてレッスン出来ると思う。新曲もあるよ!きょんも含めて十三人。きゃらふるも入るからね!」
「やばい。緊張してきた」
冗談ではなく、帆南は緊張していた。
『帆南~。早いって』
みんなのつっこみが気持ち悪い程揃い、爆笑が起きる。
「えー?なんでー?ほなみプレッシャーに弱いとよ?」
「自分で言っちゃダメでしょ?」環奈が笑いながらつっこむ。
「もう。なんでー??」
帆南の声が空しく響く
「このタイミングで言うことじゃないと思うやけど」
なっちがバッグをゴソゴソしている。
「ジャーン!環奈とみほちゃんのグラビアが載った雑誌ヤングちゃんぴょん」
チャンピオンの発音がラブリー過ぎるなっちが雑誌を取り出した。
「あっ!やー!恥ずかしいけん見らんでー」
全国発売の雑誌にたいして無茶なことを言うみぽりん。
「よいではないかよいではないか」
「環奈!なんであんたが食いつくの?」
「ほら!この姉妹コーデ!良くなーい?」
いつものように収集がつかない、5月中旬のRev.メンであった。
続く