ケロニアの日 その1
1967年2月12日は、「ウルトラマン」第31話「来たのは誰だ」の放映日でした。
「ケロケロ、ケロニア!?」
「奢れる人間ども、もう、お前たちの世界は終りだ!」
この、緩急!
3クールの「ウルトラマン」は、当然、1・2クールでやっていない事をやっていきます。まず一歩リアルな世界になります。リアルというのは子供向けの空想を現実に戻す意味もありますが、もう1つは、実在の世界、実在の未来性に踏み出す感じです。たとえば、湾岸の倉庫はロケでも使っていて明らかに現実のものです。
翌日放映の「マグマ大使」が、名所巡りかのように実在の寺や議事堂、美術館、新宿駅前など精巧なミニチュアを出して実在感を高めていたのに対して、「ウルトラマン」は近未来を描いた1970年頃のパラレルな世界で、東宝から借りてくるビルやロケに関係のない新造型の建物は、架空のものを多用しました。グリーンモンスとの戦いの場面で、小さな四角い窓が縦一列に並んでいるビルからパンする場面、その建物がいかにも成田さんの彫刻作品にありそうな感じで、おおお、と思ったり。科学センターや言うまでもなく科特隊基地なんかもウルトラな世界観の象徴でした。
今回の話がミステリアスでサスペンス、怪奇調、侵略ものであるせいか、リアリティに迫って、黒船のように太平洋から入って東京の入り口となる湾岸が決戦場になりました。ハヤタがウルトラマンに変身する倉庫は晴海です。すごく生々しいです。
これは焦りましたね。見覚えがあります。当時の子供はこの半年ほど前の夏休み、東宝の映画館で「フランケンシュタインの怪獣サンダ対ガイラ」(66年)を観ています。いや、観てない子供も大勢いましたが、怪獣ブームが始まっていたので、観ないわけにいかない状況でした。
前年の「フランケンシュタイン対地底怪獣」(65年)で怖い思いをした人は、その印象を引きずったはず。ぼくは怪獣なら人を食べてもしょうがないと思ったんですが(バラゴン、バルゴンやギャオス)、ガイラは人間みたいなものなので、かなり怖いのでした。そして最終決戦が湾岸の倉庫地区でした。メーサー殺獸光線車は、そんなガイラばかりを攻撃します。弟と戦わないといけない兄サンダは脚を怪我していた上、本気では戦ってはいない。弟をかばっています。ガイラはどこへ言っても攻撃されるし腹も減って食える人間を捜します。すでに狂っていたのかもしれません。その両者が組んずほぐれつする場面が、半年経って、このウルトラマンとケロニアの決戦場に重なりました。ちなみに「サンダ対ガイラ」の冒頭に、ビンさん出ています。
それだけなら、小さなブラウン管の前で、はたと膝を打つ子供なんていやしませんよね。中学生ぐらいならあっと思うかもしれませんが。
私事ですがうちは菩提寺が麻布台にあります。アメリカンクラブの真ん前です。東京タワーが倒れたら先端が当たる距離です。
66年に祖母の7回忌がありました。法要が終わって留園で食事。あのリンリンランランのCMで知られるようになった大きな中華レストランです(この近隣の描写がある夏休みの「キングコングの逆襲」でぼくは劇場で大喜びするのでした)。
そのあと海を見せてやろうと親戚たち一行が車3台くらいつながって、船が止まる晴海へ行きました。そして倉庫街を見上げて、これはやばい事になったな、と(笑)。船の大きさにも愕きましたが、倉庫の影からガイラが出てきたら最悪ですよ。
その恐怖があったばかりでした。
ケロニアはやられる寸前まで闇を持った怪物でした。大伴昌司が紹介したアメリカの怪物みたいにも見えました。
スペシウム光線が効かない怪獣は、アントラー、アボラス(3発目に粉砕)、ケムラーなどすでに居ましたが、ケロニアは平然と吸収したかのようです。だいたい下手(しもて)から撃つスペシウム光線は効かないんですね。必殺武器は上手(かみて)から、右から左に向かうんです。
今回の必殺武器はウルトラマンの新兵器<ウルトラ・アタック>。アタック光線と呼ばれるやつです。
48 町○T
ウルトラマンと植物人間の格斗つづいてい
る。
やゝあって、ウルトラマン、左手で脇を固
め、右手の握りコブシを前方に突き出し、
丁度唐手の突きの体制を示す。その握りコ
ブシの先端から、帯のような光芒が走り、
植物人間の胸に当ると、一瞬、怪物は、電
気にうたれたように、不動金縛りとなる。
次の瞬間、身体全体に、亀裂が走り、植物
人間は、木っ端微塵に砕け散る。
これぞ新兵器、ウルトラ・アタックである。
次いでウルトラマンは空中高く舞い上がり、
エア・シップ・コンビナートをスペシウム
光線で粉砕し、空の彼方へとんでいく。
ケロニアの誤算は、人間の文明を奢れるものとしていながら、自らも他者の生き血を吸って文明を高める神をも畏れぬ進化を遂げたところにあったのかもしれません。高等生物になったとはいえウルトラマンは人間をはるかに越えた光の国の神。その戦いは平和のため。
ケロニア、無念そうな表情のカポック人形で破裂。
それにしても、キネ旬の取材が入ったためか、スペシウム光線は台本にはなく、格闘もいつもより激しいもの、ビンさん、大変だったと思います。石膏の破片だらけの中で何度も一回転。
映像を見てみると、ウルトラ・アタックでケロニア、心臓を押さえるんですね(正確には、すでに押さえている)。そこで固まって、ウルトラマン腕をクロスして念動力で粉砕したように感じます。
アメリカでは心臓麻痺をハートアタックと言いますから、ケロニアに心臓があるのかないのか、グリーンモンスみたいに生命核があるのかもしれませんがそこをやられて動けなくなったものかと。果たしてこの技が他の怪獣や宇宙人に効くのかは不明です。
余力のあるウルトラマン、エア・シップ・コンビナートをスペシウムで壊滅します。
なぜケロニア軍団(あっ、ケロニアのネーミングの後半はピラニアからですよね)は地球の反対側から攻めて来たのか? まずはお膝元を占拠しては?と思いますけど、人間を凌駕する文明を自負する彼ら、最強の敵となるだろう日本支部とウルトラマンを最初に狙ったのか。
ゴトウ隊員は、20年前、8歳の時に父と共に南米に渡って、すぐ父を亡くし、認められて科特隊ボリビア支部の見習いとして育てられ、正規隊員になるまでに登り詰めた。
ところが、シナリオでは、ゴトウ少年は熱病で亡くなっていた。
ケロニアは、ゴトウに化けてまんまと科特隊に潜入して秘密工作をしていた事になります。そこで日本支部の情報を掴んだんでしょう。
ところで高良市(初稿では高宮市)に発生したケロニアの幼体。またシナリオでは、富士山麓に母の墓参りに行ったと答えるんですが、なにか関係があるのか、どういう事なのか、劇中でさっぱり語られません。そこがかえってゾクゾクしてくる。
ゴトウ隊員が科特隊本部のレストルームでまるで切れた麻薬を補填するかのような道具。携行している幼体ケロニア。仲間と連絡をとる電気的な装置。本部のコンクリートの構造成分を直感で知り、その事に焦るムラマツ。余計な事を語らない事がかえってなんだかすごそう、怖そうでした。
この回の見所はリアルな怖さを表出する2人の俳優も挙げておかないといけません。
のちのキリヤマ隊長(「ウルトラセブン」ウルトラ警備隊の)になる中山昭二の二宮博士。
中山さんは圧倒的に存在感があって、語る言葉に思わせぶりというか、余韻があって、聴き入ってしまいます。ケロニアに襲われる場面なんか「ウルトラセブン」の一場面のような毅然とした態度ですが、恩師たる後藤博士はどんな人なんだろう?と思わせるのは、やはり語り口に説得力と深みがあるからです。
ラストのつぶやきが見事でしたねぇ。ちょっと「ウルトラQ」の雰囲気でした。以下、シナリオから。
二 宮「こんなに科学が発達した世の中でも、何んと不
思議なことが多いことか。世界は謎に満ちてい
ます。今度の事件も、その一つです。しかし、
このような事件が再び起らないとは誰もいえな
い。いや、再び三度、起こりえるでしょう。い
まの地球は、人間だけが栄えすぎています。い
くら高度に発達したとしても、血を吸うための
文化を分明とは言えない。我々人間も、心しな
ければならない。血を吸って身を肥やすのは、
もはや、文明ではないのですから」
もう1人は、二宮の恩師であった後藤博士の息子を名乗っていた、真実はすでに亡くなっていたゴトウ少年、正体はケロニアの化身、その成人後の科特隊南米ボリビア支部のゴトウ隊員こと桐野洋雄(なだお、と読みます)。
東宝の名バイプレーヤーですね。ともすると黒部さんとそっくりな風貌に見えますが、「ウルトラQ」では206便に乗っていたオリオン太郎を演じ、「サンダ対ガイラ」でも自衛官で出ています。特撮ファンにはご存じの俳優。
名前の読みが難しくて同人誌時代に奮発して買ったキネ旬の「日本映画俳優全集・男優編」(79年)で見つけて、おお!と思いました。あの頃みんな東宝のバイプレーヤーを覚えるのに快感を得ていましたからね。
たとえばオールナイトで、テロップのところで「いふべッ!」などと叫ぶ人がいて、俳優では、女性ファンが「ひろおさんッ!」などと叫ぶので、「なだお、だよ」と小さく呟いたものですよ。40年前の話。
ケロニアが植物から人間の血を吸って人間型に進化した事は、人間がプラズマスパークを浴びて超人に進化したウルトラマンに似ていて、それらは人であって人はでない。
ラストの二宮博士の言葉をもう一度考えてみると、人間の性分は分相応が良くて、上でも下でもない、人の領域を尊重する事は相手を思う事、また愛する事に他ならない。そんな風に解釈するならば、正義のウルトラマン・黒部進さんと似ている風貌の、悪のケロニア・桐野洋雄さんを彼の陰画のように起用していたとするならば、すごい配役に感じますよ。
この回でもっとも格好良いセリフ、というか、ぼくのお気に入りは、これです。桐野さんの声でケロニア。これもシナリオからノーカットで。
「わはゝゝゝ、おごれる人間ども、もう、お前た
ちの世界は終りだ。我々植物人間がお前たちに
とって代わるのだ。来るぞ、海の向うから我々の
仲間が。我々は、ついに高度の文明を持つよう
になった。お前たち人間どもを滅ぼして、植物
人間の王国をうちたてるのだ!!」
【図版】
・ケロニア。巨大化した姿。人間の血を吸って進化の収斂が起きて、人間のような思考、人間のような行動、人間のような姿になっていったのか?
・ケロニアのデザイン画。成田亨筆。左右対称、葉っぱの集合体。
・人間体のケロニア。唇が赤いのは植物なのにヘモグロビンが通っているためか。植物人間の異名。
・ハヤタに似ているゴトウ隊員。桐野洋雄が演じた。ケロニアが化けた姿。目から電光を放ちフジ隊員を気絶させる。そのあと吸血行為に出たらかなり怖い。
・植物学の権威・後藤博士に師事した二宮博士。中山昭二が演じた。ケロニアの秘密を暴く。
・二宮博士の資料にあった後藤博士が見つけたケロニアの想像図。ゲスラ、ペスターと同様、本編美術の岩崎致躬さんの筆と思われます。岩崎さんは成田さんのタッチを再現してジラースの恐竜基地壁画なども描いています。
・拾い画でスミマセン。上、ゴトウ隊員が携行していたケロニア幼体と注射。なんか見てはいけないものです。下、高良市に現れたケロニアの幼体の育った姿。シンゴジラの人間体のように、この中から人間体ケロニアが生まれてくるのだろうか?
・フジ隊員を襲うケロニア。映画「エレファントマン」を観たとき、あ、ケロニア人間体だと思ったんですよ。
・ケロニアを乗せたエア・シップ。これの群体が攻めて来た。下、靴がまだBタイプの靴。ウーとこの2本が凶器シューズなんですよ。
・ケロニアの目からの電光を合掌で受けるウルトラマン、このとき勝負は決まった。下、ブルーレイのデータですかね。綺麗です。
・無念のケロニア。本当につらそう。火を畏れるケロニアは念動力で火を消し、電気を光線に乗せて放つ攻撃をもつが、ウルトラマンの敵ではなかった。
・ウルトラマンの新兵器ウルトラ・アタック! 下、粉砕するカポックのケロニア。
・高山さんの造型スケッチ。頭に電池を乗せている。それが切れて正月明けだから換えがなかったか、電源にコードをつないで電飾していましたね。尻尾のようにケロニアのお尻からコードが伸びている写真が残されました。
・手前が人間体のケロニア。奥が全身縫いぐるみの頭。同じ型から抜いても表情が微妙に違います。
・完成したケロニア、全身。アトリエメイにて。