ケロニアの日 その2 | ヤマダ・マサミ ART&WORK 検:ヤマダマサミ

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ケロニアの日 その2

海堂太郎名義でシナリオを書き、1時間枠でも収まらないような内容をテンポをもってまとめた樋口祐三監督、やはり才人です。

ヒドラとウーが金城さん、ケムラーとケロニアがご自身。もちろん後者にも金城さんからのアイディアも入っていましょう。撮影は、同僚の飯島さんのアドバイスもあったと思います。ケロニアの怪光線、ウルトラマンのスペシウム光線、新兵器ウルトラ・アタックなどのオプチカル処理、特撮のセットはもとより、本編での幼体ケロニアの育った、焚きつけに向いていた巨大な物体だってお金がかかります。盛りだくさんな回、後半の撮影で時間も予算のないと言われながら豪勢で見応え十分がありました。

これで樋口さんの監督稼業は終わり、以降は番組プロデューサーに専念になります。「夜明けの刑事」「Gメン’75」などされています。

面白いのは「ウルトラマンをつくった男たち 星の林に月の舟」(89年)のプロデューサーをTBS退社後に担当している事。やはり自身にとって「ウルトラマン」は特別な想いがあったのかと想像します。最近では「ウルトラQ倶楽部」を担当し、演出もされたとか。

90年代後期から「水戸黄門」「大岡越前」のPもされていて、知らずうちに見ているものなんですね。

 

ケロニアのデザインはそう難しくなかったようで、葉っぱを集めて左右非対称にしたと成田さんは解説しています。劇中の図鑑に出て来るケロニアの成体と幼体は、本編美術の岩崎致躬さんの絵。幼体のデザインも岩崎さんでしょう。

高山さんの造型作業は12月28日から1月4日までに作っていて、円谷から取りに来るはずが、7日に伸びたようです。正月休みなかったんですね。

ケロニアは撮影後、「戦え!マイティジャック」(68年)では魔従者ミイラ怪人として登場。アトラクションで使い回されていたのを改造したもので、撮影後またケロニアとしてショーに使われ「ウルトラファイト」(70年)でも活躍しました。

当時のメディアでの露出は講談社がグラビアで何体かの怪獣とともに紹介したぐらいで、図鑑関係は放映後。

特筆は、キネマ旬報社が67年5月に出した「世界怪物怪獣大全集」の現場取材です。当時、樋口祐三監督の素顔はこれに載ったものだけです。ウーとケロニアが同時進行であったため雪山と湾岸倉庫のセットでメリハリが出ました。

あと、放映中にぎりぎり世に出た、67年4月発行の「続・うたう怪獣写真カード」にケロニアのTBSスチールが紹介されています。もう手元にないので何点集録されたか分かりません。

再放送以降、ソノラマもエルムも、放映後半の、放映中に出せなかったキャラクターを図鑑で紹介しています。

ソフビは残念ながら、マルサン、ブルマァクを通じて出ていません。

オモチャは売れないと判断したんでしょうね。ポピーも出さなかったし、バンダイはどうなのか、確認していません。

でも植物怪獣というカテゴリーが面白くて、小学館の学年誌では、怪獣の分類の紹介で、地底怪獣、海棲怪獣などの1つにかならず植物怪獣があるため、マイナーとされるグリーンモンス、スフラン、ケロニアはよく絵が描かれて紹介されました。

分けても、60年代末期、ウルトラセブンを主役にした梶田達二の絵物語にケロニアの回があったのですが、今回、画像が見つからないのが残念です。

セブンがウルトラマンの怪獣と戦うシリーズで、企画「戦え!ウルトラセブン」と連動してか、その流れが「ウルトラファイト」になっていきます。セブン推しは、赤いヒーローが男の子の購買意欲をそそると玩具メーカーの信条にあった事が一因で、ブルマァクらの強烈な後押しから70年代の怪獣ブームに繋がっていきました。

 

「ウルトラマン」の最大の魅力は、ウルトラマンが怪獣や宇宙人とどう戦うかです。そのため、怪獣や宇宙人は魅力的でないと務まりません。成田さんのデザインはその点で最大級の力を見せたと思います。加えて、偶然の産物である、(元はセミ人間だった)バルタン星人のような名キャラクターは今後も残るでしょうし二度と出来ないかもしれません。

では、中堅どころのケロニアは?

かなりマイナーですよねぇ。けれども、通好み。このミステリアスな一篇はマニアに語り継がれると思います。

亡くなった友人に海外のサスペンスの好きな人が居ました。復活ブームの70年末にバルタン星人が映画に出てきてみんなやっぱり良いよなと言ってる時に、彼の推しはザラブ星人とケロニアでした。そのときバルタンよりもザラブやケロニアがいいな、と思えなかったぼくは、ずっと後になって、開眼し、なかなか良いじゃないか。そのうち、良いねぇ。いまは、こんなにいいんだぜ。でも、その友人とはもう話が出来ません。だから、この稿は一緒に書いたつもりでいます。

切っ掛けはなんでも良くて、独りよがりの駄文を若い人が興味を持ってくれて、映像を見てくれたらと思うんです。1回目より2回目の方が面白い。100回見たら、次からは1回目として数えてまた100回見る。「ウルトラセブン」だとそれは疲れますが。「ウルトラマン」ならではの楽しみ方です。すごく単純な作劇で、ピュアなキャラクター。最初にして最後の決定版です。100年後にも、ケロニアいいじゃん、と感じる人が居るに違いありません。

 

 

 

 

【図版】

 

 

・67年5月に出たキネマ旬報の増刊「世界怪物怪獣大全集」。大伴昌司が残した最高の1冊。ウーとともに樋口組2本のルポ。当時の樋口祐三監督の素顔ってこれだけだと思うんです。復刻されていますから、詳細はそれを。

 

 

・特撮取材の中身はこんな感じ。高野組。足下にいろんな破片があって、ビンさんは5ミリのウエットスーツでこの上を組んずほぐれつするんです。痛い事を口に出来ない23歳の若者の頑張りに拍手。

 

 

・高野宏一監督。この回は正月明けの撮影でした。波打ちトタン1枚の壁の中で熱気溢れる撮影が始まる。ケロニアを演じるは扇幸二。

 

 

・演出をつける高野監督。正月早々、キネ旬の取材が入った。ケロニアにガンバルよう説得している。

 

 

・ウルトラマンの流麗な背中のライン。上腕と胸、尻にウレタンがアンコになっている以外はビンさんの素肌なんですよ。小学館の「ウルトラマンの現場」の写真だと思います。この一連、拾い画像。

 

 

・これも同じ出典。Cタイプのスーツ、靴だけ間に合わなくてBの靴。

 

 

・ウルトラマンを羽交い締めするケロニア。力が入ってないとのどかな感じになりますね。

 

 

・晴海の東洋埠頭倉庫。今世紀になって建て替えているようです。

 

 

・コダマプレス「続・うたう怪獣写真カード」67年4月発売から、TBSの番宣写真を使ったケロニア(左上)。右下も番宣。左下は講談社の写真。

 

 

・朝日ソノラマの「宇宙大怪獣図鑑」から、ケロニア、指からなにか出している先はなんとサイゴ。67年。

 

 

・講談社67年「少年マガジン5月7日号」から折り込み、4面、南村喬之の描き起こし怪獣パノラマ。ケロニア、戦っているのかよく分からない。スカイドンとシーボーズの項の時にまた見て下さい。

 

 

・講談社67年「ぼくら 4月号」の巻頭口絵から。67年以降の怪獣たち。

 

 

・70年前後、ふたたび怪獣ブームが起こりうる、その可能性のための仕掛けが、学年誌、ブルマァク、円谷プロで起こります。後楽園で開催した360度映像「モーレツ!大怪獣戦」は最大の話題になりました。もっとも円谷プロを応援したのは小学館で、学年誌ではさまざまな形で連載を続けます。66年のブームで何冊もウルトラ怪獣本を出したミュージックグラフ社はふらんす書房を経て、エルムとして復活。描き下ろしに加えて前のブームの記事をそのまま原稿にして楽しませてくれました。これも拾い画像です。

 

 

・68年「戦え!マイティジャック」登場のケロニア、ミイラ怪人となりました。15話「死人の館に突進せよ!」。演じるは上西弘次。これ、頭部が左と右と違いますね。左が等身大の頭部のようです。

下は、「ウルトラファイト」(70年)の新撮場面。

画像、ぜんぶ拾いもの、ご容赦下さい。

 

 

・79年、キネ旬「日本映画俳優・男優編」から、桐野洋雄さんの項目。俳優座の同期生がすごいですね。こういう役を面白がってやってくれたのも舞台俳優だからでしょうね。