趣味の世界 7 ~将棋と囲碁の勝負の違い~
将棋と囲碁は、
いずれも盤上で
相対する敵と、
熾烈な争いをするゲームではあるが、
この二つのゲームには
非常に大きな
世界観の差がある。
まず、将棋。
お互いに同じ規模の軍隊を持ち、
大将を頂き、
その兵力を思い通りに交戦させる。
まず、敵の弱いところから攻め入り、
できるだけ早く相手の大将を追い詰めようとする。
だから、お互いに
その弱いところを補強しながら、
守備を固めるのに余念がない。
最初に布陣しているところがお互いの陣地。
そこまでの間に、
丁々発止の白兵戦が行われる。
武士の時代の戦に似ているが、
実戦と違うのは、
将棋の兵士は絶対に殺し合いはしない。
敵兵を生け捕りにするのである。
面白いのはここから。
その生け捕りにされた兵士は、
どのような将兵だろうと、
即寝返り、
今度は敵のための兵力になる。(駒台の上の駒)
これは、
戦国時代の大名同士の争いには見られたが、
国と国との戦いでは
決してありえないことである。
ここが、
将棋と囲碁の
大きな世界観の差である。
では囲碁はどうかというと、
囲碁の争いは、
将棋と違って兵同士の争いではない。
大将がおらず、
兵は領土を確保するための手段であって、
敵に囲まれ、
捕虜にされても決して自軍に向かってくることはない。
敵もそれはよく承知しており、
捕虜として大事に扱ってくれる。(碁笥の蓋に置かれた石)
捕虜は
最後の最後には捕虜交換で、
自軍が確保した陣地に返される。
自軍から
敵に捕まり、
捕虜になった兵が多い程、
最終的には自軍の確保した陣地を埋めてしまうため、
陣地がその分少なくなる理屈である。
この捕虜交換は、
国と国との争いに似ていて、
将棋と一番違うところである。
いうなれば、
将棋は国内での城とりの合戦であり、
囲碁は世界的な
国盗りの合戦である。
私は、
囲碁や将棋を打つ時は、
いつでもそのような気持ちで臨んでいる。
最後になったが、
囲碁は、
フランスではその発音のまま「Go」で通用し、
「碁をする」は・・・jouer au go ・・・というらしい。
そして将棋は、
日本のチェスという意味で、
échec japonais と言われていることを、
私のブログにいつも来ていただく
「まいちゃん」さんから教えていただきましたので、
ここで披露しておきます。
ありがとうございました。
スロットマシン ~信じられない大当たり!?~
前4回の、
囲碁と将棋の世界のブログが、
道具の性質上
ちょっと固いものになりましたので、
今日は息抜き。
それこそブログの息抜きに、
時々スロットマシンをしてみますが、
当たらないこと甚だしい。
架空の世界のこととはいえ、
こんなバカなことに入れ込んで、
時間を潰している暇があったら、
本の一冊でも読んでいた方が
どれほど意義深いか分からない。
でも、人生
実にくだらないことでも
息抜きは必要。
ただ、
息抜きは
飽くまでも息抜きであって、
入れ込んでしまったら息抜きにならない。
それが生活のすべてになってしまっている人もいるようだが、
他人の事なので、あまり言うまい。
さて、そのスロット。
こんな当たり、や
こんな当たり、や
こんな当たりは、
だけど、
ピグのマークがこれだけ出ても、
決して揃うことはない。
今まで誰かが
当たったことがあるのだろうか。
揃うことがあるなんて、
到底信じられない。
そして、
あなたは、
こんな当たりを信じられますか?
趣味の世界 6 ~将棋・眠り続ける将棋セット~
前日までのブログ全3回で、
囲碁に使う
碁盤 、
に付いて順に触れました。
少し詳しく触れられたのは、
私が囲碁を好きで、
日本棋院に通ったり、
近所の碁会所に通ったりして、
少しはましな碁が打てるようになり、
道具に目がいく余裕が出たからですが、
将棋は
駒を動かせるだけで全く実力がない。
しかし、それでも
最低限の将棋セットをちゃんと揃えた。
それはただ、
自分の知っていることを
息子に教えるためだけに揃えたものである。
私は、
自分の子供が、
自転車に乗れない、
スキーができない、
泳げない、
ゴルフができない、
クルマの運転ができない、
将棋や囲碁を知らない、
百人一首を知らない、
トランプができない、
こんな状態になるのは、
すべて親の責任だと認識している。
だから、必要な年齢になった頃を見計らって、
それらはすべて伝授してきた。
自分が全くできなかった楽器演奏は、
さすがに教えようもなく、
子供もいまだに何もできないでいるが、
これは、
それができない私の責任だと痛感し、
申し訳なく思っている。
そのような意識で購入した将棋セット。
そんなレベルでも、
将棋を知らない方のために
皆さんに紹介したい。
手持ちの将棋セット。
将棋盤は3寸盤、脚付き。
材質は不明。
碁盤と一緒で、
国産榧を一番とするが、
同じように
新榧(スプルース)や
桂、等が良く使われる。
囲碁とちょっと違うのは、
駒台があること。
囲碁は、
相手の石をとったら
碁笥の蓋に入れて
相手から見えるところ(自分の石を入れた碁笥のそば)に置いておくが、
将棋は
ちゃんと駒台に乗せ、
駒を敵の方に向けて置く。
さて、その駒。
駒はこのように字を彫り込んだ駒。
きっと黄楊製だと思うが、
囲碁関係と違い、
道具に対するこだわりがなかったので、
盤と同じく材質は不明。
しかし、「玉将」の駒の後ろに「天上」のサイン。
ここには、
駒の製作者の名前を入れるので、
天上作の駒と言うことになる。
ちなみに「王将」にはそのようなサインはない。
王将の威厳を保つためだろうか。
ところで、将棋を御存じない方、
もうお気づきかもしれないが、
敵味方、大将は両方とも「王将」だと思っておられたのではないでしょうか。
将棋の大将には、
「王将(おうしょう)」と
「玉将(ぎょくしょう)」があり、
実力上位のものが王将をとり、
下位のものは玉将を使う。
私は、
初めの頃その区別があることも知らずに、
2つとも王将だと思い、
ただそこにあるものを見つけては
自分の場所に駒を並べていたが、
相手には随分失礼なことを、
何度も繰り返したと思う。
今思えば恥ずかしい。
将棋については
さらに恥ずかしい思い出話がある。
もう社会人になってからの話だが、
妻の親戚に遊びに行った時のこと、
そこの旦那さんが将棋をするという。
勝負事には何でも挑戦する私だったため、
怖いもの知らずに相手をしていただいた。
一戦目は惜しくも相手の王を追いつめながら逆転負け。
そして2戦目は、
頑張りの甲斐あってきわどい勝ち。
その時は
1勝1敗で意気揚々と引き上げた。
しかし何年も経ってから、
その相手の方は
相当な高段者で、
私が相手できるような人ではないことが分かった。
接戦を演出し、
わずかに勝ちを譲ってやる、
そんな余裕で相手されたことが分かった時には、
恥ずかしくてその人の前に出られなかった。
未熟な頃には
本当に何も見えないものだと
痛感したものである。
恋心なども、
そんなものだと思うので、
舞い上がっている若い人は、
大人の忠告に耳を傾けた方がよい、と思うのだが、
それでも耳に入らないのだから、
もう手の打ちようはない。
巡り合いが
素晴らしいものであることを祈るしかない。
閑話休題。
1例。
この棋譜は、
名人戦の途中での駒の配置だが、
これを見て優劣を判断したり、
先の手を予測できる人は
きっと有段者だろう。
この将棋セットは、
将棋の駒の動かし方を息子に教えるために買ったもので、
その役目は充分に果たした。
しかしそれであるが故に、
まだいくらも使われていないものである。
自分が弱いので人に声もかけられず、
このままの状態でいつまで眠ることになるのか。
でも、いつか
息子と勝負をする日が来ることだろう。
追伸:中国の将棋シャンチー
中国にも日本と同じように将棋があります(もちろん駒は全く違います)が、
日本の将棋と決定的に違うのは、
日本の将棋は9路ある四角形の中に駒を置きますが、
中国のシャンチーは、9本の線の交差点上に駒を置きます。
囲碁の置き方と同じです。
趣味の世界 5 ~囲碁・碁盤・新榧(カヤ)と桂~
さて、
囲碁の世界と題し、
前2回で碁石と碁笥の概略を説明してきましたが、
今日は大本命の
碁盤。
本来ならば、
一番最初に説明するべきところですが、
本命が最初に来ると、
あとが尻すぼみになるので、
最後に持ってきています。
さらに、
生き蛤製の白石を
まず見ていただきたかったこともあります。
碁盤は
本命ではありますが、
残念ながら私の手元には
最上級と言われる国産榧(カヤ)の碁盤がないので、
登場を少し遠慮したのもあります。
さて、
その碁盤。
まずはこれ。
桐の箱にうやうやしく入っていますが、
下にあるのが碁盤。
上に乗っているのは
碁石の入った碁笥。
桐の箱を外すと、
碁盤にはさらに布のカバーが付いており、
日付が記されている。
昭和55年9月7日。
私がこの囲碁セット(碁盤・碁石・碁笥)を買い求めた日である。
この年、
夏の高校野球は
東京の桜美林高校が優勝し、
そのため、
どういう訳か
私に思わぬ大金が転がり込んできた。
悪銭身に付かず、というが、
その時の私は賢かった。
その大金を全部はたいて、
欲しかった囲碁セットを買ったのである。
あれから30年以上経つのに、
良いものは全く輝きを失わない。
上に乗っている欅の碁笥と
生き蛤から作った雪印の白い碁石と
那智黒の黒い碁石の話は
および
碁笥 のブログで書いたので割愛する。
新榧(カヤ)6寸盤。
今風にいえば60号。
碁盤の極上品は
国産榧を一番とするが、
しかし、
現在は採りつくされて、
このような厚い碁盤を作れるような榧の木は
もうないとみてよい。
だから、
今では、
榧(カヤ)に色合いや木質が似ていて、
打ち味が劣らないような北米産の木材(スプルース)で
このような厚い碁盤を製造している。
言ってみれば
榧の代用品。
国産榧でこの厚みのものがあれば、
おそらく今では200万円を下らないか、
柾目の取り方によっては
1,000万円くらいの値段になる。
しかしそれは
国産榧とスプルースの商品価値としての差ではない。
今では
もう金があっても手に入らない、
そんな希少なものだからにすぎない。
スプルースを新榧と呼ぶことや、
国産榧を本榧と呼ぶことには違和感を覚えるが、
使ってみて、
値段ほどの差がないのは事実なので、
新榧を
国産榧と比較して
格段に落ちる品質であるとか、
国産榧の偽物であると評価するのは
当たらない。
さて、
碁盤の話に戻す。
説明では、
国産榧でも新榧でも
どちらでも構わない。
もう一度、写真を見ていただきたい。
写りが悪いが、盤の切断面を見ると、
天面、左横面、右横面、下面とも、
大木から、すべて柾目(まさめ)に切り取ってあるのがお分かりだと思う。
板目がどこにもない、
いわゆる四方柾(しほうまさ)と言われる碁盤である。
碁盤に板目があると、
年輪と年輪の間の木質部が広くなって、
碁石を打ちつけた時に凹んでしまい、
凹んだ所が復元しないため、
それを嫌って
カヤ等の最上級の碁盤は、
少なくとも
天面(上面)だけは柾目にして切り取る。
四方柾の切り取り方を、
碁盤の最上級とするのだが、
しかし、それは、
相当大きな木でないと、
このような切り取り方はできない。
柾目盤は、
年輪が縦に蜜に入るため、
碁石を力強く盤上に打ちこんでも、
柔らかく吸いつくような力で吸収し、
それでいて凹まない。
仮に少し凹んでも、
年輪の力で復元するので、
盤面がいつまでもきれいである。
それに、
長年使っていても、
年輪が詰まっているため
ひずみが発生せず、
割れやひびも発生しない。
四方柾が最上級とされる所以である。
さて、
今度は
話を盤上の黒い線に移そう。
盤上に書いてあるこの線。
定規を使って
墨で書いた線ではない。
この線は、
30年以上経っても
決して盤から浮いたりはがれたりせず、
盤にきっちり密着している。
その理由は、
特殊な線の書き方にある。
日本刀。
このひと振りの刃に黒い漆を含ませ、
そして盤上に線を刻む。
刃を引いて刻むのではない。
反りのある刃の先を、盤に押し当てて
柄の方へ、
盤を押し切りにするような形で切り込みを入れる。
「太刀目盛り」と呼ばれる
伝統的手法である。
自然、その切り込みの中に漆が流れ込み、
少し盛り上がった一本の線が引かれる。
この線は
盤の中に食い込んでいるため、
長い年月が経っても、
浮いたりはがれたりしない。
なんという、微に入り細に入った技術であることよ。
かくして碁盤には
縦横19列の線が引かれて出来上がる。
さて、
ちょっと新榧盤から離れる。
こちらは、
桂4寸盤。(今でいう40号)
上の栗の碁笥は前のブログ で書いた。
碁盤の原材
桂の木から、
四方柾をとるのは容易ではないから、
大体このような取り方になる。
横は柾目になってはいるが、
天面の中心が、
少し板目の出るとりかた。
しかし、
板目のところは
木の中心部に近いため、
年輪の半径が小さく、
ほとんど柾目と同じような目が表面に出る。
これで天面の、
石の力を吸収する弾力をつける。
ちなみに
この碁盤の場合は、
盤の裏側に
幅の広い板目模様が出ているが、
裏には石を打たないので、
それは容認される。
しかし、
この逆の碁盤はない。
碁盤も、
ただ木材を板状に切って
線を引くだけのものではないことが
分かっていただけたと思う。
こんな世界で
毎日
名人戦や
本因坊戦が行われている。
囲碁や将棋の世界では、
ゴルフなどと違って、
勝者の賞金が発表されることはないが、
名人や本因坊戦ともなれば、
勝者には
1千万円は下らない賞金が入ることを、
最後に記して置く。
プロなのだから、
獲得賞金をオープンにしても良いと思うが、
どういう訳か
碁や将棋の世界では
金銭的なことは隠したがる古い体質がある。
若手育成という面からも、
一考を要するだろう。
さて、
少しはこの世界を
ご理解いただけただろうか。
今度囲碁を見る時は、
このような知識を持って見ていただければ、
また違った感じでみられるのではないでしょうか。
いつもと変わらぬ、
くどくて長い文章に
最後までお付き合いいただき、
ありがとうございました。
趣味の世界 4 ~囲碁・碁笥(ごけ)・欅と栗~
囲碁の世界の一回目は、
碁石の紹介 でしたが、
今日は、
その碁石を入れる器の話。
ご存知の方は素通りして下さい。
知らない方を想定して説明します。
碁石を入れる器は、
「碁笥」と書いて「ごけ」と言います。
発音的には、
後家のイメージになるが、
決してそうではない。
いろいろな材質の碁笥がありますが、
これは、
私がその木目を気に入って求めた、ケヤキの碁笥。
根の周辺にできたコブの辺りの木材を使ってできた製品で、
目が細かくて、きれいです。
一木を掘り抜いて作りますが、
コブの辺りの木質は、
固くて削るのに苦労します。
その分丈夫で長持ち。
雪印の白石や
那智黒の黒石を入れても
決して位負けせず、
ぴったりの器です。
同じ碁笥でも、
これは栗の木でできた碁笥。
木目の荒々しさが、
闘争心を掻き立てます。
私が最初に買い求めたのはこれでした。
そして、
今でも日常で使っているものです。
碁笥の価値観に合わせて、
中に入っている碁石は、
黒石こそ那智黒ですが、
昨日紹介した石よりも厚みが薄く、
白石は、
白く着色したガラス製。
碁笥も碁石も、
比較的安価に求められます。
白石はガラス製ですが、
窓ガラスのようなもろさはなく、
粘りがあるので、
仮に割れても
手を切るような危険はありません。
碁笥の蓋は、
相手の石をとった時の入れ物として使います。
常に
相手から見える場所に置いて
相手が確認できるようにしておかなければいけません。
碁笥の中に手を入れて、
石をかちかち言わせながら、
長考するのも
また碁の勝負のいいところです。
次回は、
囲碁における一番大事な
碁盤について
少し語りたいと思います。
またお出でいただければ
こんなに嬉しいことはありません。






















