スズメの巣作り ~せっせと巣材搬入中~
昨年
スズメが巣作りをした
軒下の巣箱に、
今年もまた、
巣材を搬入し始めました。
2階ベランダの下にあたる
軒下の巣箱。
昨年の巣材はすべて撤去し、
奇麗に洗浄して日光消毒し
改めて置きなおしたものです。
昨年の巣作りの様子は、
自己推薦ベスト10のNo.5にある
「スズメの子育て 」 に詳しく記載していますが、
スタートは2010年6月7日と、
時期が遅かったので、
2番子だったと思います。
今年は、
まだ2011年4月28日。
昨年と比べると
一か月以上も早く、
きっと1番子でしょう。
もう、半月くらい前から
出入りしており、
藁のような粗い巣材から
ふんわりとしたソフトな巣材に変化しているところを見ると、
巣の中心部製作中か、
あるいはもう卵を産んで、
少々補修中なのかもしれません。
軒下なので、
梅の巣箱のように
居間から直接見ることができないので、
今年も
居ながらにして直接見ることのできる
屋外ミラーを設置しました.
カーテンの隙間から、
梅の木のシジュウカラ用巣箱と
一緒に見ることができます。
ちょっと分かりづらいかもしれませんので、
少しアップしてみます。
油絵用のイーゼルに、
鏡をセットして、
軒下がちょうど見えるように、
庭に置いてあります。
ミラーに映っているのが
軒下のスズメが使用している巣箱。
入口の大きさは、
30mm以下にしてあるので、
スズメはよもや入るまい、と思っていましたが、
昨年、
スマートで勇敢な
スズメの夫婦が果敢に挑戦し、
強引に突破したものです。
だから、
今年営巣しているスズメの夫婦は、
きっと昨年と同じ夫婦だと思われます。
くわえて来ている巣材が、
ソフトなタッチのものであるのがお分かりでしょうか。
巣作りの初めの頃には
藁や草の枯れた茎や葉など
非常に粗い巣材を運びこみますが、
仕上げの頃には
こんなに柔らかそうな巣材に変わります。
卵や
孵ったばかりの裸のヒナが
傷つかないような配慮のようです。
こんなにたくさん咥えていると、
体一つをくぐらせるのがやっとの入口ですから、
1回では、
なかなか入れず、
数回目の挑戦で
強引にはいります。
見ていて、
「それは無理だよ」と、
私が思っても、
決してあきらめずに
結局運びこんでしまいますから、
人の判断より、
スズメの方が
よっぽど分かって運んでいるようです。
中から出てくる時の様子は、
30mmしかありませんので、
スズメは体を細めて、
ギュウギュウで出入りします。
前述の
スズメの子育てブログに
子育ての様子は詳しいので、
今年は
少しのんびりと、
変わった様子などや、
新しく気付いたことなどを
その都度アップしていきますので、
また時々覗きに来てみて下さい。
今度の子育てが終わったら、
どうせこれからも
スズメ専用になるのでしょうから、
出入り口の穴を
数ミリ広げてやろうと思っています。
引越していたシジュウカラ ~開けてびっくり!~
昨年は、
庭の梅の木にシジュウカラが営巣し、
産卵・ヒナ誕生・子育てを経て、
ヒナの巣立ちまで、
ずっと追いかけながらご紹介しました。
スタートしたのが
2010年4月10日。
今年はもう、
4月27日。
我が家には、
シジュウカラ用の手作り巣箱が
3か所設置してある。
一か所は
おなじみ梅の木のこの巣箱。
巣箱は
台座に置いてあるだけなので、
突風に飛ばされないように
上にレンガのかけらを置いているが、
そんなことは
シジュウカラは何も気にしない。
梅の花の季節には、
中を覗いたり、
中に入り込んで、
ちょっとだけ顔を出したり、
いかにも営巣するかのようなそぶりを見せていたのだが・・・。
そのあと、
いつまで経っても
その巣箱に巣材を運びこむ様子を見せない。
もう一つは
軒下に置いてあるこの巣箱。
敢えてシジュウカラ用、というのは、
入口の大きさを
28mm~30mmにして、
スズメなどの他の鳥が入られないようにしたのだが、
この巣は
昨年やせ形の根性のあるスズメに乗っ取られ、
しっかりと
スズメが子育てをした巣箱。
昨年のブログ
「スズメの子育てシリーズ」 をお読みになった方は、
すでにご存じと思う。
今年も
同じように
スズメが巣材を運びこみ、
営巣を開始して久しいので、
もう産卵しているかもしれない。
さて、
3つ目は、
玄関横に
目隠し用に植えてある
銀木犀の裏側に設置してある巣箱。
写真赤丸の辺りの裏側。
玄関から横を向くと、
このように見える。
北側の空間なので、
人一人が歩く程度の広さが取ってあるだけなのだが、
そこを通って振り向くと
このような感じ。
設置してある高さは
約1mほど。
昨年は
シジューカラにもスズメにも、
見向きもされなかったので、
そのまま放置してある。
適当な一枚板がなく、
6面全部、
細い端材を2枚合わせて作った
お粗末な巣箱。
そのお粗末さ故、
長い間放置されて、
その風合いが
自然の一部に溶け込んできた。
今年は、
結局シジューカラは
我が家には巣を作らなかったのだな~、と
がっかりしながら、
ほったらかしのこの巣箱を
開けてびっくり!玉手箱!
なんと、
中に居るではないか!
考えてもいなかったので、
あわてて写真を撮って
そして静かに蓋を閉じたが、
びっくりした~!
でも、
もっとびっくしたのは
シジューカラの方だったかもしれないが、
ここでもシジューカラは、
子供のためには
決して逃げ出さない、という
度胸の座っている親ぶりを見せた。
わずか10秒ほどだったとはいえ、
ピクリとも動かず、
ほとんど気配を消していた。
スズメだったらこうはいかない。
以前の
スズメの子育てブログでも書いたが、
スズメは
こう言う時は
脱兎のごとく巣箱を飛び出す。
動かないことと
どちらが自分たちのためになるのか。
スズメは、
親が無事なら、
また子供は育てられる、
という考えに立っているのかも知れない。
シジュウカラは、
蓋が開けられるのは
人によって開けられるのだと知っていて、
人を信じているのかもしれない。
人のそばで生活しながら、
スズメにはスズメの、
そして、
シジューカラにはシジューカラの
種としての
違った考え方があるのだと
気付かされる。
どちらも自然のなせる技、
自然は
いろいろな顔を見せる。
真理は深い。
感動のCM・是非ご覧ください ~九州新幹線開業~
先月
全線開通して開業しました
しかし
東北地方の大災害が重なり、
CM放映や
イベントが自粛され、
知る人も少ないまま、
お蔵入りしそうになったCM。
わずか2日間だけの放映だったにもかかわらず
それを見た人たちから
大きな感動の声が寄せられ,
今、ユーチューブで
話題をさらっています。
見ているだけで、
感動して涙が出てくるこんなCMを
私は今まで見たことがない.
こんな苦しい時であればこそ,
ひと時の感動に浸れる
このCMが流されても
なんの罪もないはずだ。
鹿児島が故郷である私は、
このCMを
私のブログにお出でになる皆さんにも見ていただきたくて、
遅ればせながらアップしました。
先日、
始めて私のブログに来ていただいた
ネネさんのブログで初めて知った情報です。
毎朝目覚めるたびに、
憂鬱が襲うこの頃
被災された方々の心情を思うと
心が痛みますが、
その方々にも、
3分間、
ひと時の心の安らぎの時間を持ってもらえたら、
こんなうれしいことはない。
苦しい時でも、
悲しい時でも、
なんの打算もなく、
純粋に喜びがほとばしるこのCMは、
必ず感動をもたらすと信じる
ネネさん、ありがとうございました
撮れた~!初めてのシーン。 ~スズメの水浴び!~
何年も前から、
庭に水浴び用の水を用意し、
どなたでもどうぞと提供しているのに、
今まで決して浴びなかったスズメ。
私はそれで、
スズメは水浴びはせず、
代わりに砂浴びをするのだ、とブログに書いた。
あの用心深い
スズメの水浴びは
決して見ることはなかった。
でも、
羽繕いを必要とする鳥が、
水浴びをしないはずがない、
という思いは消えなかった。
必ずどこかで浴びているはず。
どこかで浴びていれば、
そのうちここでも浴びるかもしれない。
そう思いながら
いつものソファに座って、
コーヒーを飲みながら外を見ていた。
夕日を浴びながら、
何を思うか、絵になるスズメ。
君たちは、
電線や瓦屋根や
餌のある地面によく居るが、
不思議と木の枝には
余りとまらない。
でも、似合うじゃないか。
そんな事を考えながら見ていると、
突然に、
余りにも突然に
梅の木の下に置いてある水の容器に入って、
水浴びを初めた。
だから、カメラの方があわててしまって、
肝心の顔を写すことができなかったが、
とりあえず
その現場を初めて撮影した。
私にしてみれば、
大スクープである。
間違いなく
浴びているのはスズメ。
これはどうしたことか・・・。
あれほど、
水浴びはしないのかも、と思っていたスズメが、
我が家の水盤で浴びだした。
残念ながら、
彼はこちらを向いてくれない。
否、
恥ずかしがっているから、
彼女なのかもしれない。
でも、
確かに浴びている。
初めての撮影で、
筆者も少しあわてているので、
手持ちのカメラが震えてしまい、
バシャバシャ!の瞬間をとらえられない。
仲間のスズメが来て、
「おい!お前、何やってんだ!」
と呆れている。
いや、
ひょっとしたら、
「おれも浴びてみようかな」
なんて思っていたかもしれない。
浴びた本人は、
ちょっと情けない恰好。
浴び始めて
外へ出るまで、
わずか20秒。
貴重な瞬間であった。
羽繕いをするため、
このあと、彼は
どこかに飛んでいってしまったが、
でも、
今日のスズメの物語はまだ続く。
それから少し時間が経って、
お腹が空いたか、餌を取りに来たスズメは、
先ほど水浴びしたスズメに似ているが、
もちろん私には見分けがつかない。
でも、
ストーリーの展開上、
そのスズメだと思ってもらいたい。
似ている。
似ているといわれて、
それは違うということのできる読者は
おそらくいまい。
夕日を浴びながら、
そこらあたりに散らばっているヒマワリの種を、
一生懸命に食べようとする。
シジュウカラが食べているのだから、
我々に食べられないはずがない。
そんなことを考えて頑張っている。
そこへシジュウカラがやってきた。
夕日は沈み、
柔らかな光の中で、
「おい、そのまま食べようとしても無理だよ」
とシジュウカラは言っているのだが、
「君たちが食べているのに、なぜ我々が食べられないの?」
そういった問答があったかどうかは定かではない。
でも、
スズメにも
学習するスズメはきっといる。
今回の水浴びも、
毎日シジュウカラの水浴びを見ていた
賢くて勇敢な若いスズメが
学習の結果、
ここで浴びたのだと私は思う。
スズメは、
今すぐには
きっとシジュウカラのように、
ヒマワリの種を割って、
それを食べる、という行為はできないだろう。
でも、
今日水浴びを敢行したスズメのように、
近い将来には、
我が家に来るスズメたちのうちの
賢い仲間が、
種割りの技術を覚えるのではないかと、
私は思う。
驚きの、
初めてのスズメの水浴びのシーン。
たくさんのことを
考えさせられた。
スズメでさえ学習をするのに、
人はなぜ、
核の怖さを学習できないのか。
純粋な心を失い、
金に目がくらめば、
何も見えなくなる人たちが、
人類を滅亡させる危機が迫っている。
穢れた大人は
やむなく生死をともにするとしても、
何の罪のない子供達のことを思うと、
哀れでならない。
























