スズメの子育て ~危機的少子化進行~
軒下に設置した巣箱から、
5月末
スズメが1羽だけ巣立っていったことは、
その時のブログ
「スズメの巣立ち ~1羽だけの不思議な旅立ち~」
で書いた。
そのブログの最後に、
新しいカップル誕生も書いておいたが、
そのカップルが、
その後まもなく、
同じ巣をちゃっかり失敬して、
愛の巣にし、
子育てを始めたのだが、
ここにきて、
巣箱の中から
ヒナの鳴き声がはっきりと聞こえる。
軒下にあるため、
居間から直接見えず、
庭に設置した鏡に写した巣箱を撮影しているので、
写りの悪いのは
ご勘弁下さい。
軒下とはいえ、
風通しが悪いから、
きっと巣箱の中は暑かろう。
親鳥も、
口が開いている。
それでもせっせと餌運び。
暑さに参ったら、
シジュウカラの巣箱のある
梅の木の葉影に入って一休み。
軒下より、
こちらの方が
風通しが良くて
はるかに涼しい。
餌を運びこむ回数や、
ヒナの糞を運び出す様子を見る限り、
巣箱の中に
たくさんのヒナがいるような気配はしない。
前回、
この巣箱から巣立っていったのは、
たった1羽のヒナだった。
少ないことにびっくりして、
「そんなことがあるのだろうか」、とブログに書いたら、
読者の方から、
「近頃のスズメは少子化になっている」というご意見を頂いた。
今回もまた
そんな感じである。
親鳥も、
休み休みで餌を運んでおり、
シジュウカラほどの忙しさは見せない。
ちょっと気になって、
親の留守の間に、
家主の権利で借家を覗いてみた。
フェザーが敷き詰められた、
スズメ独特の巣である。
奥が深くて、
とても中は見えない。
ヒナの姿を求めたが、
少なくとも、
見えるところに姿は確認できなかった。
ということは、
やはりこの巣には
数匹のヒナが居ると言うことはなさそうだ。
もうそろそろ巣立ちの頃だから、
それなりに大きくなっているはずで、
もし数匹もいたら、
この小さな巣の中に
全員が隠れて見えなくなるということが
できるはずがない。
ひょっとしたら、
また1匹だけかもしれない。
そんなに少子化が進むと、
親鳥2匹で
1匹のヒナを育てれば、
確実にスズメの総人口は減少するだろう。
ちょっと気になる事態ではある。
国立駅北口の変貌 ~非常識ドライバーの結末~~
国立駅北口での事故については、
繰り返しブログで述べた。
幼い命と引き換えに、
少しずつ変わって来たが、
亡くなってから2カ月後の
7月10日。
相変わらず、
少数ではあるが
中央線寄りの違法駐停車をする車が絶えない。
そのような
自分のことしか考えない
我利我利亡者の利己主義者は、
結局自分で自分の首を絞める結果になった。
明けて11日。
国立市は
非常識ドライバーにしびれを切らし、
遂にここまでやった。
道路中央寄りに設けられた安全地帯(ゼブラゾーン)に、
新しい警告標識を置いた。
はっきりと
「駐停車禁止」 と書かれている。
私がチラシを配布している時に、
「道路中央寄りは駐停車禁止ですよ」 という私に向かって、
平然とこう聞く。
「どこにそんなことが書いてあるの?」
さすがに、
これには私もあきれて、
「そんなことは良識あるドライバーの常識ですよ」 と言ってしまった。
でも、
立川警察への報告書には、
すべてのドライバーの文句や台詞を
もれなく書いて渡した。
その中には、
「どこにそんなことが書いてあるの?」 もあった。
まさかその報告書を見た人が
反応してくれたわけではあるまいが、
こんなことを書かなければ
分からないような
大の大人がいるのである。
情けないったらありゃしない。
まるでお笑いのような標識だけど、
ここまでやられれば、
いかな利己主義者といえども分かるだろう。
かくして
国立駅北口は最後の姿に変貌した。
スタートはこれであった。
このような
道路中央寄りの違法駐停車が原因で、
幼い命が
車に轢かれて消えたのが5月10日。
ひと月ほどは、
全く違法車両はなくならなかった。
そこで国立市は、
市民の安全を守るために
道路表示を大きく書き換えた。
安全地帯を広げて、
中央線寄りに駐停車するスペースをなくしたのである。
そのことで、
物理的には違法車両の追い出しに成功したが、
身に付いた非常識は治らず、
少数ながら違法駐停車が続いた。
違法車両には、
当時10数%しかいなかった男性ドライバ-の比率が
半分にまで増えていた。
つまり、
女性ドライバーは
さすがに中央線寄りを避け始めたが、
男性ドライバーには
改善は見られなかったのである。
業を煮やしてこれである。
今度こそ気付いてほしい。
人の命が失われてなお、
違法駐停車を続けることは、
ドライバーとして恥であり、
人として最低であるということに。
長い間放置された違法行為が、
当たり前になってしまうと、
治すのに
これほどの労力と金がいる。
根本的に
物理療法では非常識を治すことはできないが、
少なくとも、
子供達の安全が守られ、
そして
その子供達が
違法なことを平気でする大人を
見て育つ危険がなくなったことは
喜ぶべき事であろう。
国立市の英断に、
深く敬意を表する。
シジュウカラ巣立ち! ~暑い夏の日・旅立ちの朝~
庭の梅の木で
すくすく大きくなっていた
シジュウカラのヒナ達に、
突然、
旅立ちの日がやって来た。
7時26分。
朝の食事前、
ヒナが出入り口から顔を覗かせている。
ヒナがこのような行動に出ると、
巣立ちは近い。
近いと感じつつも、
居間の隣の部屋で
8時~朝食。
食事中、
親の鳴き声が激しい。
この鳴き声は
過去に何回も聞いた。
外からしきりに、
「早く出てお出で!」 と
中のヒナに呼びかけている声。
「今から巣立ちが始まる!」
食事を途中でやめて
居間に戻ると、
すでに1羽のヒナは
外に飛び出していた。
このヒナの前に
巣立ったヒナが居たのかどうかは分からない。
いつもの場所に座って見ていると、
次のヒナが顔を覗かせる。
「よいしょっ!」 と、
おじさんみたいな掛け声はかけないだろうが、
窮屈だから
そんな感じ。
降り立った場所で
羽を広げる。
初めてみる行動。
巣箱の中は狭かっただろうから、
思いっきり広げてみたくもなろう。
次のヒナが現れる。
春のヒナの巣立ちの時と違うのは、
出てくるヒナが、
全部口を開けている。
鳴き声を出しているのではない。
朝とはいえ、
梅雨明け直後の夏の朝。
すでに温度は
30℃を超えている。
巣箱の中も
さぞかし暑かったろう。
思いのほか
巣立ちの時期が早かったのは、
この暑さのせいだったかもしれない。
それにしても、
黄色いくちばしを一生懸命開けて、
まん丸い目で
初めてみる外の世界は、
彼らにとって驚きの世界なのだろうか。
それとも親が、
ちゃんと前知識を付けてやっているのだろうか。
外へ飛び出す用意。
これからすっと
下に落ちながら羽ばたくのだが、
何しろ初めてのことなので、
どれくらいの浮揚効果があるのか
まるでわからない。
だから
落ち着く先は
自分で考えもしない場所。
このヒナは、
巣箱のちょっと先の
梅の枝の中。
前の通りを人が通っても、
じっとして動かない。
きっと、
外の世界を観察しているのだろう。
このヒナは、
左に向かって飛び出したが、
うまく枝に着地できずに
こんなところに降り立った。
芝生と花壇の境目の
ブロックの上。
こんなところは
猫でもいたら非常に危ないが、
我が家の庭には
まず猫は来ない
でも、
出来るだけ早く
高いところへ移った方が安全だよ。
ヒナも、
一応警戒はしているとみえて、
頭の羽毛を逆立てている。
この時点で、
私が確認したのはヒナ4羽。
その時の時間は
8時32分。
中に残っているヒナに、
親がしきりに呼びかける。
「早く出てお出で!」
この時、
9時51分。
出入り口で動くヒナを確認したが、
1羽か2羽かは分からない。
これがなかなか出て来ない。
先日、
玄関横から巣立ったヒナは、
10羽もいたのに
わずか5分足らずで
みんな飛び出した。
今度の巣立ちは、
ちょっと時期が早すぎたのか、
結構時間がかかっている。
それぞれの親子で、
それぞれの事情があり、
巣立ちの時間にも
やはり違いがあるようだ。
やむなく観察をしばし中断。
ゆっくり休憩して外を見ると、
周りに親もいなくなり、
内にも外にも
シジュウカラの気配がない。
きっと全員無事に巣立ったのだろう。
もうしばらく時間を置いて、
巣の中を確認してみよう。
昼ごろ、
巣の中を覗いてみた。
きれいにもぬけの空。
全員の巣立ちを
1羽ずつ確認はできなかったけれども、
無事に巣立っていったようだ。
きっとまた、
しばらくしたら、
賑やかな鳴き声を出しながら、
一家そろってこの庭に
ゆっくりと遊びに来てくれるだろう。
外は暑いから、
その時は
思いっきり水浴びでもして帰ればよい。
突然にやって来た
シジュウカラのヒナ達の
旅立ちの日の様子でした。
1人に1つだけの陶芸作品 ~その正体はこれ!~
前回のブログで勿体を付けた
1人に1つだけの陶芸作品が、
先日出来上がりました。
特徴のある青磁の釉薬を施したもので、
出来上がりの写真を
ご覧ください。
これは筆者本人のもの。
容器だけだと
立派に手作りの花器として使えます。
しかし、
ご覧の通りこの容器には
蓋が付いています。
蓋をかぶせた
母のための容器。
母なる太陽と、
亡くなった7月のイメージの
ヒマワリの花を重ね、
母の暖かさを
炎の模様で表しました。
(1作目だったので、少々彫が浅かったのが悔やまれます)
かぶせてある蓋のつまみは
蓮の蕾の模様。
そう、
この容器は
実は 「骨壺」 なのです。
先日、
築地本願寺で
2年前に亡くなった母の、
3回忌と、
納骨の儀を執り行いました。
その時まで、
母のお骨は、
自宅の仏壇に
安置したままにしていました。
15年前に亡くなった
父のお骨は
すでに築地本願寺にある
我が家の納骨堂に入っています。
父の骨壺も、
母の骨壺も、
葬儀屋で求めたものに入ったままで、
いずれも違う形をした骨壺で、
大きさもまた違います。
母のお骨を、
父と一緒のところに納骨するに当たり、
両親の骨壺を
手作りすることを思い立ちました。
父の骨壺は、
生前、父が大好きだった
報才蘭の花をかたどり、
強さの象徴として、
トライアングルで囲みました。
報才蘭の花の香りは天下一で、
金木犀も
ラベンダーも
遠く及びません。
この骨壺の製作に当たっては、
私が常日頃
自分の陶芸の師匠と言ってはばからない
日展会員で、
過去に第4科工芸部門の
審査員まで務められたほどの陶芸家で、
現在
誕生の地常滑に
「白山窯」、
住居のある富士宮市に
「芙蓉窯」を構える
荒木俊雄氏の協力を仰ぎました。
凝りに凝った芸術家肌の陶芸家で、
自分が納得しなければ
絶対に窯も焚かないし、
製品は外に出さない人ですが、
私が
これについては芸術性は求めないし、
一度納骨堂に入ったら、
もう二度と見ることはないものだから、
どうか
最初の窯出しの状態で
引き取らせてほしいと懇願し、
やっと手元に届いたものです。
父と母の骨壺を作るに当たり、
どうせなら
我々夫婦の骨壺も
一緒に作ろうと言うことで、
妻と自分のものも
デザインしました。
妻の誕生月
10月頃に咲くコスモスの花。
大宇宙コスモスと
心の広さ、
愛情の暖かさを
ハート模様に込めました。
私のものは、
前回のブログで説明した通り、
岩元の 岩 の字を図案化したものです。
山のデザインと背景は、
燃え上がる情熱を表しています。
妻と私のものは、
これを必要とするまでの間は、
日常的に
花器として使う積りです。
先日の
母の3回忌と
納骨の時に
来てくれた息子夫婦には
すでにそのことを伝えており、
我々の骨壺には、
これを使うことを了解しています。
築地本願寺で、
今までの骨壺から、
父のお骨は父の骨壺へ
母のお骨は母の骨壺へ、
無事に移し替えて、
二つ並べて納骨堂に納めてきました。
下は
その時のイメージ写真です。
独自の模様の骨壺に入り、
二人並んで、
仲良く
これからの我々を
暖かく見守っていて欲しいと思います。
いつだって、
何でもありのTotoronのブログ。
最後まで読んでいただいた方には、
今日は特別にプライベートな
しんみりした話になって、
申し訳ありませんでした。
1人に1つだけの陶芸作品 ~心をこめたデザインの正体は?~
ブログを始めた頃に、
これは何でしょう? というようなテーマで、
写真の作品を紹介しました。
そのグログは、
もう完全に過去のものとして、
埋没していますので、
改めてここにアップします。
青磁・白磁の素材を使った、
これは素焼前の
4つの作品。
本来は無地ですが、
製作者の了解を得て、
無地のところに、
記念となる
手彫りのデザインを
入れさせて頂きました。
一つ目はこれ。
太陽と、
そして
真夏に咲くヒマワリの花をイメージして、
背景に暖かさを表現しました。
これは、
2年前に亡くなった
母のため に作りました。
母は、
2年前の
7月の暑い夏の日、
天寿を全うして鬼籍に入りました。
2つ目。
山川報才という
日本一の香りを持つ
報才蘭の花を彫り、
ピラミッドパワーと同じ、
トライアングルで、
強さを表現しました。
これは
15年前の春、
好きな蘭の花の咲く頃
亡くなった
父のため に作りました。
父の大好きだった報才蘭は
そのあと私が引き継いで、
今でも春に先駆けて
きれいな花を咲かせ、
素晴らしい香りを漂わせています。
3つ目。
10月の花
コスモスをデザインし、
ハートで囲んで、
宇宙のように広く
優しい心を表現しました。
これは
妻のため に作りました。
妻の誕生月の
10月頃に咲く
コスモスの花。
一見ひ弱そうに見えて、
倒れてもなお太陽に向かって起き上る強い花。
4つ目。
中心の丸い石を
山の形をしたデザインが
優しく包み込みます。
「山」 の下に 「石」
すなわち 「岩」
岩のデザインと
背景の模様は、
燃え上がる激しい情熱を表します。
これは
一家の主で筆者の私岩元
本人のため のものです。
これらは、
それぞれの人物のために作った
記念の花器ではありません。
丹精込めて手彫りした作品が
最後の窯で焼き上がり
先日出来上がってきました。
これらが
何の容器なのか、
もうほとんどの人がお分かりでしょうが、
次回に
完成品紹介と一緒に
明らかにいたします。
































