たくましいタンポポ ~アスファルトに咲く~
花がかわいくて、
そして明るい色なので
いやでも目立つタンポポの花。
このタンポポ、
可愛いだけではない。
驚くほどのたくましさを持つ。
一株のタンポポ。
どこで咲いているのかと言うと、
こんなところ。
アスファルト舗装をしたところから、
芽をだし、
大きくなって
立派な花を咲かせた。
環境が悪いので、
種もさっさと作っており、
風に乗せて子孫を飛ばす。
タンポポには、
西洋タンポポと
日本タンポポがあることは
皆さんご存知だと思いますが、
この株は
西洋タンポポ。
見分ける方法は、
花の大きさや花びらの数など
いろいろありますが、
一番分かりやすい方法は
総苞と言われるガク片。
西洋タンポポの総苞は
下の方にそっくり返るが
日本タンポポの総苞は
花にぴったりとくっついている。
このそっくり返り方は
西洋タンポポ。
分かりやすいように図示すると
ご覧のようになる。
近所に咲くタンポポは
ほとんどが西洋タンポポ。
日本タンポポは
見つけようとしてもなかなか見つからないほど
少ない。
あなたのところで咲いているタンポポが
西洋タンポポか
日本タンポポか
一度確認してみませんか。
日本タンポポだったら、
それはとても貴重な出会いになります。
何か良いことが起きるかも・・・・。
レオナルド・ダ・ヴィンチ特別展 ~「糸巻きの聖母」を見て~
先日、
江戸東京博物館で開催されている
レオナルドダヴィンチ特別展に行き、
日本初公開作品
「糸巻きの聖母」を見てきました。
案内用ポスター。
最終日が4月10日ですので、
もうすぐ終了します。
両国にある
「江戸東京博物館」(都立)
右の階段を上がれば
博物館の全景が見えますが、
特別展は1階ですので
階段左側の細い道を進みます。
この道を行くと
博物館へ行く、という雰囲気ではありませんが、
直通だから
やむをえません。
会場入り口。
この写真の右側から入りますが、
日本では
もう入り口から
「写真撮影禁止」になっています。
どうしてこんなに心が狭いのでしょう。
聖母マリアが
左手に抱きかかえている
幼児キリストが、
かせとり棒 と呼ばれる糸車の糸巻きを見つめている構図。
十字のかせとり棒は
マリアの家庭生活の象徴であるとともに、
将来キリストが磔刑に処せられる
聖十字架の暗示となっている、のだという。
背景が分かると
なんとなくもの悲しい絵である。
筆者の単純な疑問。
この幼児キリストは
いったい何歳の頃のキリストだろうか。
走り回るほどの体つきではないように見えるが、
それにしても
赤ちゃんとしては相当大きくないですか。
誇張表現だろうか、
それとも
キリストは
生まれながらに大きかったのだろうか。
「江戸東京博物館」の全景をお見せします。
これがあるのは、
JR両国駅のすぐそば。
因みに
東京の博物館を紹介しますと
「東京国立博物館」
上野公園内にあります。
「東京都美術館」 (都立)
これも上野公園内にあります。
東京でも
一二を争うような
大きな博物館・美術館が
上野と両国という
下町を代表するような地域にあるというのは
なぜなのだろうか。
山の手の人たちは
美術館に行く以外は
下町には絶対に行かない、という人も多い。
国と都の考えを
聞きたいものである。
私は以前、
葛飾区の堀切菖蒲園という下町に
4年半住んでいました。
友達もいっぱいできて
とても楽しい思い出ばかりがあるところ。
そんなところに博物館・美術館、
何か意味がありそうな・・・。
ピンクのコブシ ~団地の一角に咲く準絶滅危惧種~
近所を散歩していたら、
ふと目についた綺麗な花。
多分コブシだろうが
何という名前だろう。
ピンクの花で
八重咲き。
団地の一角で
大きく育ち
今、満開の時を迎える。
家に帰ってから
ネットで調べてみたら、
「シデコブシ」とある。(別名:ヒメコブシ)
「シデコブシ」とは「四手拳」と書く。
シデとは
玉串やしめ縄につけるシデ(四手)のことで、
花がそれに似ているから
シデコブシとつけられたらしいが
花が四手に似てるとは言い難い。
めちゃくちゃなこじつけみたいに思える。
それはさておき、
シデコブシは
愛知県、三重県、岐阜県に自生する
日本の固有種で、
自生個体群は準絶滅危惧種に指定されている。
そんなコブシが
東京の団地の一角にあるなんて、
この団地には
前記3県出身の誰かが
住んでおられるのかもしれない。
コブシとは
その果実が握りこぶしに似ているから付いた名前らしいが、
果実など見たことがなく、
花の時しか観賞しないので
コブシのイメージがどうしても湧かない。
花の名前は
花のイメージで付けて欲しいものだ。
その点
同じ仲間の「モクレン」は
とても分かりやすい。
その花の形が
いかにも蓮の花のようで
木に咲く蓮に似た花というイメージが
ぴったり。
余談:
甲虫に
シデムシという名前の虫がいるが、
この虫は
動物の死体に集まり、それを餌にする虫で、
死体があると出てくるので
「死出虫」と書く。
同じ「シデ」でも
こんなに違う。
皇居乾通り一般公開 4 番外編 ~江戸城総括~
「皇居乾通り一般公開 3」 より続きます。
乾門を出たところで、
乾通りの通り抜けは終了。
あとは皇居の外周を
ゆっくりと歩いて
出発地点の東京駅へ帰りますが、
乾門から右の方へ
時計回りに歩きます。
平川濠
「皇居乾通り一般公開 1」 に掲載した
皇居のコース地図をご参照ください。
むしろ
皇居外周にある桜の方が
綺麗に咲いています。
左側平川門を入ると
二の丸庭園に行けますが、
今日は
乾通り通り抜けが目的でしたので、
中には入りません。
内堀通りに立つ
案内板。
要約すると、
「江戸城は上杉氏の家臣太田道灌により
1457年築城され、徳川氏15代の居城となり、
明治初年より皇居となった」
とあります。
これを見ていただきたくて
番外編を書きました。
このことだけ
記憶にとどめておかれたらいいと思います。
平成19年に建てられたこの案内版では
江戸城築城より550年に当たる、とありますが、
2016年の今は
築城より559年経過。
こんな古い看板は
そろそろ撤去した方が良いのではと思いますが、
責任の所在のない役所のやることは
こんな程度です。
みんな
俺は知らない、を決め込んでいます。
そんなことには関係なく、
静かなお濠の水面には
白鳥が二羽、
空にはカモメが一羽、
のどかな春を醸し出しています。
皇居乾通り一般公開に当たって、
4部作でブログをアップしました。
最後までお付き合いいただき
ありがとうございました。
皇居乾通り一般公開 3 ~幼い桜の花見と乾門~
「皇居乾通り一般公開 2 」 から続きます。
「皇宮警察本部 吹上護衛所 外庭東門警備派出所。」
を通り過ぎると
最終地点の「乾門」はもうすぐ。
今までのところは
ちょっと戻って写真を撮ったりすることができましたが、
ここから先の乾通りは
出口に近いので、
「Uターン禁止」です。
突き当りが
「乾門」で、
左右に桜の花がチラホラ。
この桜の木は
背丈はありますが、
まだまだ五分咲きくらいで、
綺麗に咲くのは
ニ三日後でしょうか。
寿命を心配されるほどの古木が多い
上野の桜や
千鳥ヶ淵の桜と比べると
皇居の
乾通りの桜は
古木と言われるほどのものはない。
でも、
「皇居の桜だから小さくてもいいのだ」という向きには
ご自由にどうぞ、と言うしかない。
「乾門」
この門は明治になってから建てられた京風の門で、
宮殿がある旧西の丸の裏門にあたり、
皇居の乾(戌亥)の方角(北西)にあるので この名がつきました。
いよいよ出口が近くなってきた。
その出口のそばに
年季が入った松。
何年物かは知らないが、
相当な古木。
手入れのことを考えると
気が遠くなるが
私がするわけではないので
あまり心配するのはよそう。
近くには
桜の幼木も。
小さくっても皇居の桜。
だからこんな木でも
背景にして写真を撮る人は多い。
この木もまだ幼い。
皇居には
ソメイヨシノばかりじゃなくて、
いろいろな桜が植えてあるので、
種類を楽しむのには向いている。
だけどやはり、
皇居の中に入ったら
花よりも歴史に思いを馳せていただきたい。
ここまで来たら
もう出るしかありません。
数百メートルを
約30分かけて歩きました。
乾門通過。
振り返ってみる乾門が
正面の姿。
だけど
表から見ても
裏から見ても
同じ姿に作ってある。
皇居(江戸城)は
何しろ敷地が広いので、
どこから見られても
立派な姿をしているように、
建物には表裏などないのかもしれない。
因みに
前号で記載しました
「富士見櫓」。
あの櫓は
どこから見ても同じ形に見えるように造ってあり、
俗に「八方正面の櫓」とも呼ばれているらしい。
これで乾通りの
筆者の説明は終わりますが、
最後に
「皇居乾通り一般公開 4 番外編」 に続きます。
代官町通りと内堀通りから見た姿など
アップしますので
よろしかったらまたおいでください。
































