わたしは㈱三越を辞めると決めた時に、上に伸びることはせずに根を張ろうと思い、家内に2年間はそのために時間を使わせてほしいと頼みました。

 

サラリーマン時代は自宅と会社の往復のような日常を過ごしていたので、何をやるししても知識も経験もありません。

 

それを、あれがしたいこれがしたいという思いだけで何かを始めたとしても上手くいくはずがないと思ったのです。

 

思い返してみるとサラーマン時代、私の体と心が悪化し始めたのは新潟に転勤になった時からでした。

 

慣れない土地で知らない人ばかり、そして売り場は今まで経験したことがなくあまり好きではなかったお菓子売り場の初めてのマネージャーという管理職。

 

さらには部下は年長者ばかりという環境で、最初から売り上げを達成しなければいけないという状況でした。

 

大都会から小さな島に流されたような状態です。

 

それは、地域性、信頼関係、人間関係、専門知識もまったくない根なし草のような状態で、上を目指して伸びなければいけないというとっても安定感もなくバランスの悪い状態でした。

 

そのような状態の中でも持ち前の負けん気でがむしゃら頑張るのと比例して、酒の量が増え、精神安定剤が必要になり、高血圧、高脂血症、肝機能障害となどの症状も出てきました。

 

そしてその3年後、名古屋に戻りましたが、小さな島から久しぶりに戻ってきた大都会では会社組織も変わり、売り上げの規模も部下の数も新潟時代の100倍くらいのデパ地下お菓子売り場のマネージャーという管理職。

 

今度は浦島太郎状態です。

 

この環境の激変のなかでもさらに上に伸びようとしすぎて足元がふらつきうつ病になり、さらに伸びようとして倒れかけてがんになったのでした。

その経験から、2年間は根を張る時間と決めて、患者会の活動をしながら、体を鍛え体力をつけ、あらたな人間関係をつくり、様々な知識や考え方を学んだり、他のボランティア活動を手伝ったりと根を張ることに専念したのです。

 

人はどうしても目に見えるものと、見えないものとでは、見えるものに重きを置いてしまいます。

 

そして、見えるものを大きくすることに物事や自分の価値を見出そうとしているのです。

 

しかし、見えるものばかりに執着していると、支えている土台は脆くなっていきます。

 

そして、過去の私のように崩れだしたら一気に・・・・

 

そうならないためには、目に見えないものにも価値を見出すことが大切なのです。

 

自分のため時間、思いやり、優しさ、自分らしさ、そして苦労。

 

これらが人間力という根っこ太くします。

 

以前私がやっていた「自然栽培」という野菜の栽培方法は根の成長を最優先にします。

 

根を張らすためには、過剰な肥料や水を与えない。

 

草と共生させる。

 

それは植物に限らず、人間もまったく同じだと思いました。

 

根を張るとは生きようとする力そのもの。

 

与えすぎず、保護しすぎず、荒波にもまれることでしっかりと根を張ることができれば、ちょっとのことでは倒れないし、病にも打ち勝てると思ったのです。

 

だから2年間はいかに根を張ることだけを考えようと思い行動に移しました。

 

もちろんその間は収入もないし、不安も多々ありましたが、しっかり根を張り多少のことでは揺らぐことなく上に伸びていく姿を思い描きながら日々を過ごしたのです。

その2年間にやってきたことは、とっても地道なことですが、今の私の土台となっていることは間違いないし、その2年間のおかげで今があると思っています。

 

自分の人生が思うようにいかなくなったとき、根がしっかり張れているかを自分の人生を振り返って確認してみてください。

 

そして、上に伸びることより下に根を張ることを意識して日々を繰り返せば、少しは不安も軽減していつかきっと大輪を咲かせることになると思います。

 

 

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以前にもお伝えしたように緑内障での視野欠損が進み、PCやスマホが見え辛くなってきたので、今年からこれまで出版した著書の内容をアップしています。。

 

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わたしはがんになりサラリーマンを辞めた時から、“妄想を語る“ことを始めました。

 

妄想とは“根拠がない物事を自分が都合の良いように想像すること”。

 

がんになる前は、妄想なんて口にしたら「あいつは非現実的なことばかり言って、口だけ」なんて白い目で見られてしまうことを恐れて、行動や結果を最優先にしてきましたが、

がんになったことで考え方がまったく変わったのです。

 

私が最初に口にした妄想は「自分はがんになる前より健康で幸せになる」というものでした。

 

もちろん根拠なんて何もないですし、自分に都合の良い現実離れした想いですよね。


しかし、私はがんになって得た一番大きな想いである“不安”も自分で勝手にがんを根拠にしているいわば妄想ではないかと思い、それであればその“がん”をかってに根拠にして

健康で幸せという妄想を描いた方が人生は良い方向に進むのではないかと思ったのです。

 

「不安だ、不安だ」と出来事を悪い方に解釈して言葉にするのが良くて、「健康で幸せ」と良い方に解釈して口にすることが悪いなんてことあるはずがない、なんて勝手に思い込み行動に移したのです。

 

ボロボロだった自分の体や心がドンドン良い方に変化していく様子を創造力で描き口にしました。

 

もちろん、何の根拠もありませんでしたが、わたしはがんなったとき根拠を求めたら良くなるはずないと思いました。

 

現代の医学はエビデンス(根拠)を優先にした結果、毎年34万人以上が亡くなりその数も増え続けています。

 

それなのに、多くの人はそんな悪い方向にむかう根拠をもとにした医療に依存てしまっています。

 

とはいっても医者が「がんになったからより健康で幸せになりましょう」なんて言えるはずもありませんから、患者が勝手に思い込むしか仕方がないことなのかもしれません。

 

だから私は妄想を口にして、根拠は自分でつくり上げようと思い生き方を変えたのです。

 

その結果が今なのです。

 

妄想とは、現実離れした創造力でそれは破壊によって生み出されるものではないかと思うようになりました。

 

まずは、先入観と固定概念を破壊する。

 

そして、エビデンスや経験という過去を破壊する。

 

そして自分なりの仮説でプロセスを造りあげて未来を創りあげる。

 

そしてその妄想を本気で口にすることで、行動力と希望が得られます。

 

スポーツの選手宣誓!のようなものです。

 

今回は例えとしてがんという病のことを書きましたが、それ以外にもわたしは夢物語のような妄想を語るのが大好きで、その妄想が少しずつですが現実になってきています。

 

今回の出版も、がんになったばかりの頃に描いた妄想の一つなのです(笑)

 

もうダメだと思うようなことがあったら、あきらめてしまう前にいちど妄想を描いてみてください。

 

そしてその妄想を描き口にしたときには、もうすでに生き方が変わり現実も変わり始めているはずです。

 

開けただけで楽しくなる,“妄想ノート”なんてものを書いてみるのも良いですよ。

 

 

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わたしは10年前がんになってから、あんなことをしたいとか、こんな世の中にしたいとかあれこれ具体的な目標を作ってやってきました。

そしてその目標を達成するためには、より具体的に細かいところまでイメージすることが大切だと言う話も聞き、そんなことをしていた時期もありました。


しかし、あるときから具体的なことは手段であって最も大切なことは「状態」ではないかと思うようになったのです。

 

その理由は、自分が具体的な何かを得たいという気持ちから、周りの人も一緒にという気持ちが芽生えたからだと思います。

 

私の向かっているところは、“一人一人の人が自分らしく幸せに生きていけるような場作り”なんですが、現在のような活動をしてきたなかで人は百人百様すべて幸せのあり方は違うということが分かりました。

そうなると、そこがどんな場なのかを勝手にイメージして具体的な目標を作ってしまうことで、それは私の考えるものとなってしまうような気がしたのです。

だから、人がそうなれる状態をイメージして、まずは目の前の一人から始めていき、その結果どんな場が出きるのかは後からのお楽しみというストーリーを描きました。

であれば、もし自分が夢の途中でこの世を去ったとしても良い人生だったと言えるし、誰かがそれを引き継いで私の目的を叶えてくれる可能性は残ります。

人生なんてこの先いつどうなるかなんて分からないということが身をもって解り、私は具体的な目的や夢を持つことよりも、状態を作ることを目指すことにしました。

 

そしてまず始めたのが、私が思い描く状態が存在する小さな場づくりです。

いくら大きなことを考え目標にしたとしても、目の前の一人の人が幸せを感じることが出来ないようでは、絵に描いた餅になってしいます。

 

そして今は私が運営する“めぐみの会”に関わってくれた一人一人の人が笑顔になり少しでも幸せだと感じられるようになっていくという状態ができつつあります。

 

それは一つ一つの細胞が元気でなければ、その集合体である身体が元気であれる訳はないということと同じこと。

それなので私は今、大人数の集まりにはあまり関心がなく、少人数での集いの場を頻繁に開くという非効率的だと思われることをやっています。

具体的なものは作ったら終わりですが、状態は永遠に広がり続けるもの。

そして自分がその中心にいれば、いつでも幸せを感じることができるのです。

 

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わたしは今思い返すと、サラリーマン時代、そしてがんになってからの数年、ずっとめいっぱい走り続けてきたような気がします。

その理由は、立ち止まるのがこわかったから・・・。

歩いたり、立ち止まったりしたら、見たくはない様々なものが見えたり、考えたくないことを考えてしまいますが、走っていれば身に降りかかる様々なことは早く遠ざかるし、あまり細かいことを考えなくてもいいので一生懸命走っていました。

でもそれは無意識。


当時のことを振り返ると、“生きている以上、頑張らなければいけない”という刷り込みのようなものがあり、サラリーマン時代は仕事を、がんになってからは情報収集や治療法探し、そしてがん治しを必死に取り組んでいました

しかしあるとき「自分はどうしてがんになったのだろう?」と原因を掘り下げていったところ、“父親を見返すため”という答えが出てきたのです。

 

私の父は前章でも書いたように、厳格な人で幼少の頃はつねに「頑張らない奴はダメな奴だ」といい、少しでも怠けたりすると「ばか者、たわけ」などと怒鳴り、時には手を上げることもありました。

 

わたしはいつしか“そんな父を見返してやりたい”と思うようになり、その目的を達成するために頑張ることを自分に課してしたのです。

 

それがいつの日か潜在意識に刷り込まれて習慣になってしまっているということが解りました。

 

また、がんになってからは家庭のこと、将来のこと、いつ来るかわからない再発や死のことなどを止まるとどうしても考えてしまうので、今度は病から逃れるために、また習慣的に頑張り走り続けていたのです。

 

しかし、それは現実逃避だと解りました。

 

問題を直視するのを避けて逃げ回っていたとしても、決してその問題が解決することはありません。

 

それどころか悪くなる一方ではないのか?

 

サラリーマン時代には、そうやって鬱になり癌になったのではなかったか?

これ以上走っていたら体も心もオーバーヒートしてしまう・・・

 

もしかしたらこれは、破滅に向かって必死に進んでいるのでは?

 

得体のしれない怖いものに追っかけられて必死になって全力疾走で逃げ回り、最終的には目に前の崖に気付かず転落するというシーンが目に浮かびました。

 

このままでは家庭も崩壊するし命もなくなると思い、逃げるのは止めて勇気を出して立ち止まろうと思ったのは、がんになって3年目位の時です。

 

立ち止まってみると、これらのことは今の自分には何の影響もしていないし、未来の自分の姿との関係性はあまりないということが解ったのです


後ろから追ってくる得体のしれないものを止まってよく見てみたら、可愛い犬だったなんて結末ですね(笑)

 

そして現実をよくよく顧みると、裕福ではないが暮せているし、家族も普通に毎日を送っているし、体調も悪いわけではない。

すべては自分が描いた虚像のようなものなのだったのです。

 

もちろん走ったり頑張ったりしなければ見えないものもありますが、逆に立ち止まらないと見えないものもたくさんあります。

 

わたしの経験から言えば、前者が見えると思って向かっているのはまだ見ぬ未来へのあこがれのようなもの。

 

後者は今ここに既にあるもの、即ち現実なのです。

 

そしてその過去から今まで歩んできた現実という道のりをきちんと見たうえで、踏み出す最初の一歩こそが自分の新しい未来へ繋がっていくのです

 

現実を見ずしていくら新しい未来にあこがれたとしても、明日の朝目覚めたらいきなり未来が変わっているなんてことがある訳ないのですから。

 

常識を打ち破り、価値観を変えたらあとは行動あるのみです。

 

しかし、ここでも普通の行動をしていたら、普通という結果しか生まないことはもうお分かりですよね。

 

ここで一つ言えることは、行動を変えると五感から入ってくる刺激が変わり、刺激が変わると知らず知らずのうちに心が変わってしまうということ。

 

つまり、行動を変えることで無理せず心も変わってくるということなのです。

 

では具体的にどんな行動をしたらよいのか?

 

この章では、実際にどんな言動をした結果、新しい人生を描くことができたのか?

 

私のとった具体的な言動をいくつかご紹介します。

 

 

 

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以前にもお伝えしたように緑内障での視野欠損が進み、PCやスマホが見え辛くなってきたので、今年からこれまで出版した著書の内容をアップしています。。

 

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