“守破離”とは茶道や武道での師弟関係のあり方の一つで、これらのものが発展、進化してきたプロセスでもある言葉だそうです。

 

“守”は無知なので、セオリー通りやってみる段階

“破”は考えて、あえてセオリーに逆らってみる段階

 

“離”は変化して、新しいセオリーを見つける段階で、創造的な進化過程のベースとなっているものです。

 

この言葉はわたしががんになって、がんを治すと決めた時、そして新しい人生を創造しようと決めたときに胸に刻んだ言葉でもあります。

 

がんを治すのも、サラリーマンを辞めて新しい人生を創るのも人生初めての経験なので初心者で無知の段階です。

 

ならば、セオリー(理論)を学び、その中のどれか一つをきっちりやってみようと思いました。

 

例えば料理はマクロビオティクの理論を学び食べ、食関連は食生活アドバイザー2級の資格を取り、健康関連はある通信講座の管理アドバイザー過程を受講し、がん治しは患者会がんの患者学研究所の研究員となりお手当てインストラクターも取得し、自分でもこれを実践してきました。

 

もちろん結構な時間(2,3年)もお金もかけて徹底的にセオリーのマスターを心がけたのです。

 

そのうえで、自分に違和感を覚えたところがあれば、他のセオリーも学び取り入れ自分自身の仮設をつくり試してみました。

 

ここまでの段階で一番の基本となったものは、NPO法人がんの患者学研究所代表の川竹文夫氏の考え方で、私はこの考え方や生き方を広く伝えるために、患者会 いのちの田圃の会会長となり講演会や全国縦断キャラバンなどをして全国を行脚していました。

 

この時までにがんになって6年、私が今あるのはこの川竹氏との出会いと、そして学びと実践の賜物だと思い心より感謝しています。

 

そしてこの6年は私の誇りでもあり自信ともなり、今の自分の大きな礎ともなっているのです。

 

しかし、その後わたしは“離れる”決断をしました。

 

その理由は一言で言えば“想い”の違いでした。

 

ここではその思いがどう違ったかは言いませんが、自分から芽生えた思いを最優先にしたということで、その行動自体もここまで学んだセオリーを通したということのような気がしています。

 

それなので、私は今でもこの時代に学んだセオリーが基本にあり、人生を進むうえでの難関があった時などは、この初心を思い出して切り抜けたことがたくさんあるのです。

 

そして、この素晴らしいセオリーは、今も私の中で生き続け、また違った進化をしているのだと思います。

 

この守破離のプロセスこそが新しいものを創造するものだと思うのですが、多くの人は最初の“守”ができていないような気がします。

 

その結果、厳しい言葉ですが情報や正解をさがして迷い、一つのものを学ぶことも実践することもできないというさ迷い人になったり、中途半端に破って自己流になって身を滅ぼしたりしているのです。

 

どうしてこんなことになってしまうのか?

 

わたしは「過信」と「傲慢」だと思うのです。

 

つまりきちんと“学ぶ”という姿勢が少なく、

 

それは、先項で書いた「根を張っていない」状態でもあるので、風が吹けばぐらつき、倒れてしまうのです。

 

守破離とは“道”

 

貴方がこれから新しいものを生み出して歩いていきたいのなら、この道をえらんでほしいと思っています。

 

 

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わたしががんになってからの10年間を振り返ると、ほとんど平坦な道はなくゴツゴツとした障害物だらけの道のりを歩んできたなぁと感じます。

 

そこまでは、アスファルトの上をスイスイと走ってきたが、いきなり大きな落石が目の前を塞ぎ、やっとの思いでそれをはねのけたら目の前には舗装もされておらず石ころばかり。

 

大きな石ころや、穴が開いていた時もありました。

 

最初の頃は、ハンドル操作もままならずこの先にまた大きな障害物が現れるのではないか?ほんとうにこの道を進んでいいのか?等と考え、不安や戸惑いばかりでしたが、いつの頃からかこんなゴツゴツ道を運転するのも悪くはないと思うようになってきたのです。

 

その経緯を物語調で書いてみます。

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がんという大きな障害物が突然目の前に現れたときはあまりにも大きな壁にみえて、もう進みようがないと思いました

 

しかし、まずは落ち着いて前に進むのでなく、来た道を戻ろうと思い少し引き返してふと振り返ってみるとい大きな

 

障害物の脇に細い道があったのです。

 

そこには「がんは治る!再発転移はもちろん、末期がんも治る!」と書いてありました。

 

がん=死というのが常識なのに本当にそんなことってあるのか?

 

「もしかしたら、宗教的なものだったり、高いものを売りつけられたりしたらどうしよう?」などと思いながらも、

 

まずは道を見つけたのだからその道を行ってみようと思い進む決意をしました。

 

最初は細くてゴツゴツした道のりだったので一人で心細く、孤独、不安、迷いなどが押し寄せてきましたが、少し

くと同じ道を進む仲間と出会いました。

 

その人は「わたしはこんな凸凹道も良いものよ~」なんて言っていましたが、そんなこと思えるはずもありません。

 

しかし、一緒に歩んでいくと本当に楽しそうなのです。

 

その姿を「そんな考え方や捉え方があるのだ!自分もこうなりたいと思いました。

 

そして話を聞くと、「この道の先には、大きな障害物の脇の細道を進んだ人だけが見られる素晴らしい景色があるのだ」というではないですか。

 

良くある何かの誘いのような気もしましたが、最初にこの道を進むと決めたのだから信じて前に行こうと思いました。

 

さらに進むうちに幾度となく障害物が現れましたは、その都度同じ所へ向かおうとしている仲間が乗り越え方を教えてくれたり、力を貸してくれたりして乗り越えることができるようになりました。

 

ある時、ふと立ち止まり後ろを振り返ってみるとい、進んできた道は思ったより険しく自分が進んできたこと事体に

 

びっくりもし、誇らしく思えるようになったのです。

 

そのとき、私の後ろから不安げに進んでくる人に出会い、先達が以前の私にしてくれたように私もその人たちに経験を話し一緒に前に進みましょうと声掛けました。

 

その頃になると、最初のあの大きな障害物があったからこそ、そしてその脇の細くてゴツゴツとした道を進んできたからこそ、今こんなにたくさんの人たちこの先に素晴らしい景色を見ることができる日を楽しみに進んでいけることに感謝すらできるようになったのです。

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人生には様々な障害物がありますが、それを通過してきたという自信、そしてその経験が自分を成長させてくれているような気がしています。

 

舗装されたアスファルトの上を走っているときは、ただハンドルを握りアクセルとブレーキの操作でスピードを上げたり下げたりしているだけ。

 

それに比べたら障害物のあるデコボコ道は、まさに波瀾万丈、何が起こるか分からないということ自体が、なんだか楽しく思えるようになり、さらには「障害物のまったくない人生より少しはある人生の方が生きている実感があると思うまでになり、リスクばかり回避していたり、要領よく立ち回ったりする人生よりも、自分の足でしっかり前に進んでいるという実感がわくようになってきたのです。

 

障害物を自分の進行を妨げるものと捉えるか?アトラクションと考えるか?

 

サーキットで石ころは障害物ですが、ラリーではある程度の大きさの石があった方が楽しいと感じるのと同で、その考え方と捉え方次第で妨げにもなるし、楽しみや資源にもなり

 

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私は常に物事を「楽観的」に考えています。

楽観的とは、ものごとがうまくゆくものと考えて心配しないこと。

 

とは言っても、がんになった当初は「楽観的」に考えるなんてこと出来るはずもありませんでした。

 

がんになってすべてがうまくいかなくなり、将来の自分や家族の心配は募るばかり・・・・

 

楽観的とは間逆の悲観的にばかり考えていました。

 

それが変わったのは、サラリーマンを辞めたときです。

 

これまで歩んできた自分の人生にピリオドを打ちました。

 

今という時は過去の延長線上にあります。

 

その線の上を歩んでいてがんになったということは、これから先もこれまでと同じ延長線上を歩いていたならば、向かうところも変わるはずがないと思いました。

 

それなので、これまでの自分の生き方、そして向かっていた方向へ歩むことにピリオドを打ち、新しい人生という次の文節に入ったのです。

 

その時から、がんになった時までの人生は最悪の出来事から、新しい文節を希望に満ち溢れた素晴らしいものにするための貴重な資源となりました。

 

私が描こうとした新しい文節のストーリーは、がんになったことで様々なことに気付きを得ながらワクワク楽しい人生を歩みだすというものでした。

 

その時、がんになったという過去の足枷はなくなり、背中に羽が生えたのです、

 

そうなればもう悲観的になるはずもなく、その後起こった設立した社団法人の閉鎖、失明の危機と農業からの撤退、突然のカフェの閉店などの他人から見れば悪いことだと思える出来事もすべて「これは必然でなるようになるさ」と楽観的にとらえてきました。

 

その結果、「それらの出来事があったから今がある!」と自信をもって言えるのです。

 

そんな経緯を経て、楽観的とはどんなことでも可能性につなげるという、人生を楽しむ姿勢なような気がします。

 

ただし、その出来事にはピリオドを打って、新しい文節に入ればですが(笑)

 

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「前向きに生きる」という言葉が使われることがよくありますが、なぜか私はあまり使いたくありません。

 

“前を向く”とは“先のことを考える”からです。

「きっといいことあるから、前を向いて生きよう!」など

 

私のようにがんになった人や、現在なんらかの事情で苦しんでいる理由の多くは、未来に明るいものがなくなったからです。

 

つまり、前に向かって進むことが苦しくなった人に「前を向いて生きろ!」と言ったって

出来るはずがありません。

 

却って大きなストレスとなったり、できない自分に無力感を感じたりしてしまうのです。

 

ではどうしたら良いのか?

 

私は「積極的に生きる!」という言葉を自分に課しました。

 

前向きと積極的の違い解りますか?

 

「前向き」は先を見ていますが、「積極的」は今を見ているのです。

 

先を見すぎると、現在の自分との乖離に苦しんでしまいます。

 

つまり、苦しい時には先を見ずに、「今」の自分を意識して、そこから半歩でも一歩前に進む行動を起こすのです。

 

積極的とは、一つ一つのことを積み上げることを極めること。

 

そして、頑張り過ぎて進めなくなってしまったら。

 

積極的に一歩下がればいいのです。

 

積極的後退です。

 

積極的とは進んでいる、肯定的という意味です。

 

前を向いて進めば今を否定することも成りかねませんが、積極的に生きれば今を肯定して進むことができます。

 

下がっても良いので、止まらず動いていればいいのです。

 

止まると目の前の風景も変わらずあれこれ考えてしまいすが、動いていれば、風景は変わり気分も変わってきます。

 

つまり動くことで刺激が入ってくるのです。

 

これまでと違った刺激が入り続けることで、徐々に生命力が湧いてきます。

 

その時点でやっと前向きに生きることができるようになるのです。

 

私は自分自身の経験や、多くの患者さんを見てきて、最初から前向きに生きることができる人は少ないと気づきました。

 

だからこそ、先を見ず、今できることを一つ一つ積み上げていくこと

 

「積極的に生きる」ことが、大切だと思っています。

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めがねの色を変える

悪い出来事が起こった時、「目の前が真っ暗になった」なんて表現をよくします。

 

わたしも10年前に、その“真っ暗”を経験しました。

 

それは明るいところから、いきなり真っ暗に部屋に入った時のように、最初はまったく何も見えなくなりますが、徐々に目が慣れてくると少しずつは見えるようになってきます。

 

しかし、それ以降はすっと薄暗いままで視界は晴れることはないといった状態でした。

 

そんな時に、「考えても変わらないので、落ち込まずに明るくしたほうが良い」なんていわれても、できるわけありません。

 

そこで私のとった行動は“思考のパターンを変える”ということです。

 

「思考」というのは、今までの経験などで脳の中に蓄積された思いや考え方で、人は様々な違う状況が起こっても、知らず知らずのうちに同じ思考を繰り返してしまっています。

たとえば、同じ失敗をしたとき、「失敗はチャンスのもと」だと考える人もいれば、「こんな失敗したからもう終わりだ」と考える人もいます。

 

私の場合は、がんになって5年生存率20~30%という現実を、10人中7人か死ぬという考え方をやめて、3人は生存できるのでその中に入ろうと決め、それを前日にするための一日一日を過ごしたのです。

がんになって生存率30%というのは、変えようのない現実です。

 

しかし、それを「どう解釈するか」で今、自分が置かれた環境自体が変わってきます。

 

30%しかないと考えれば、不安や恐怖とが隣り合わせになり、30%あると考えれば希望と隣り合わせになり、さらにいえば現実をも変えていくという結果をもたらします。

 

私の場合も30%しかないと思ってずっと暗闇のなかにいたら、たぶん今生きている可能性は少なく、30%あるのだという思考のパターンに変えたので5年はもちろん、10年生存率10%前後という現実を引き寄せたのではないかと思っています。

 

そんな人の思考のパターンが解りやすく言うと“眼鏡の色”なのです。

そこにある現実は同じことなのに、真っ暗な眼鏡をかけている人には暗い出来事に見えてしまい、明るい色の眼鏡をかけている人は、常に明るい世界が目の前に広がっています。

わたしはがんになってから常に明るい色の眼鏡を意識するようにしました。

 

この10年間に起こったさまざまな出来事の中には、最初は世の中がグレーな色に見えてしまうようなこともありましたが、その都度明るい眼鏡にかけかえるという意識をもち思考のパターンを変えてきた結果、今では常に明るい色で世の中が見えるようになったのです。

 

たとえ現実がどんなに厳しい状態だったとしても、眼鏡の色をかえることで見える世界は大きく変わります。

 

わたしはがんになって以来、着衣の中に必ずオレンジやピンクなどの明るい色を入れていますが、これも常に自分視界の中に明るい色が入ることで、気持ちが明るくなるようにと始めたことです。

 

考え方を変えるというととっても難しいような気がしますが、眼鏡の色を変えるとおもえばそんなに難しいことではないような気がしませんか?

 

みなさんもぜひやってみてください。

 

 

 

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