先日、12月4日(火)はめぐみの会はじめての慰問で、名古屋市西区にある重症心身障害児者施設 ティンクル名古屋でクリスマスコンサートをしてきました。
 
施設はこんなところです。
慰問の模様は↓↓
 
この施設の入居者の7割は意思の疎通も、自身で食べることもできない重度の障害を持たれている皆さんです。
 
今回の慰問は、施設の入居者のみなさんには、そんな方たちもちゃんと一人の人として生きているので、音楽や癒しという刺激によって、楽しんでいただけたり、状態の改善や進行がとまったり、遅くなったりという、人の可能性を広げていきたいという視点。
 
また、めぐみの会の会員の皆さんには、たとえガンになったとしても生きている以上、他のお役に立てることも、出来ることはたくさんあるし、それをすることで自分自身が得るものもとても多いと言うことを知ってほしいという視点から初めてきかくしました。

私たち健常者はよく生きている意味や目的を持たなければいけない。
 
特にガンになった時、大切なのは生きる目的だなんで良く言われていますし、私自身そう思っていた時もあり、今でもそれに近いことを言う事もあります。
 
しかし、ここ最近は少し違ったことを考えるようになってきました。
 
分かりやすく言えば、この施設に入所している方たちにも、大切な生きる意味がある。という事です。
 
今日はそんな私の考える「生きる意味」について書こうと思います。
 
「生きる意味って何なのだろうか?」
 
鬱になって引き籠っていた時、ガンなって人工呼吸器に繋がれていた時、生存率が低いと聞いて死にたくないと必死になっていたときに、よく考えていたことでした。
 
しかし、その答えが見つかるはずもなく、いったい何のために生きているのか?そしてこれから何のために生きていけばいいのか?を探さなければと思い続けていた時期もありました。
 
しかし、ガンの患者学研究所入って患者会の活動を始めるようになってから、次第にそれを感じることがなくなっていったのです。
 
あの時はどうしてあんなに「生きる意味」考えていたのだろうか?と振り返ってみました。
 
それはたぶん、自分というものを感じられなくなっていた時、見失っていた時だったと気付きました。
 
きっとあの時は「今の自分が何をしたらいいのか?どうしたら良いのか?」そして「これから先はこのままで良いのだろうか?大丈夫なのだろうか?」
 
なんてことを考えることが多く「見えないから見つけたい!」という事だったと解りました。
 
ではどうして私はそこから解放されたのでしょうか?
 
ガンになってNPO法人ガンの患者学研究所に入ったことで、その原因が自分にあったと腑に落ち「責任をとる」という覚悟をしたこと。
 
そして患者会のボランティア活動をしたこと。
 
それによって薄れかけていた自分というものの存在が、自ずと認識できるようになったからでした。
 
つまり「生きている意味」を考えていたのは、今ある自分を否定したいから、過去や未来のことを考えていたとき。
 
そしてガンになり、その原因を自分の中に見つけようとしたこと、見失っていた自分というものをきちんと見直すことができ、その自分の身体や心の使い方を変えるという行為をしたことで、そこに新しい自分の価値を見つけようとしたから。
 
それと同じようにボランティア活動によって、自分の時間や労力というもの使い方に価値を見出したからなのです。
 
では「生きる意味」とはいったい何なのでしょうか?
 
生きるという漢字は人に土と書きます。
 
つまり、地に足を付けるている状態。
 
それは浮き足立ったり、舞い上がったり、膝眞ついたり、ひれ伏したりしている状態ではないということですね。
 
だからまずは自分の存在をきちんと確認し、自分の足で立つことが「生きる意味」を感じる第一歩なのではないのでしょうか?
 
そしてその自分の身体や心に価値を見出し、その時間や労力を使って出来ることをただ愚直にすること。
 
すると自分という存在に自信が出て来るようになり、自分を信じることも出来るようになります。
 
したがって、それをせずして浮足立ったままの状態で「生きている意味」なんてものをいくら探したって見つかるはずもありません。
 
生きる意味は探すものではなく、自分とその信じるものを灯りとして前に進むプロセスや結果で感じるもの。
 
それはつまり生きているという事に意味があるということなのでしょうか?

生きていれば多くに人とのかかわりが生まれます。
 
そしてその人がどんな状態でも、ただ真摯にまっすぐい生きるということをしていることが、その関わった人に必ず何かを与えているのだと思います。
 
私たち人や生き物はすべて、生きるために生きているのです。
 
そして生きる意味とは感じるものなので、探している限りは決して見つからないものだと私は思います。
 
今週は日曜日からめぐみの会とは別でやっている(株)吉田・織田合同地域創成研究所というコンサルタント会社の仕事で京都の北山に、月曜日なそのまま同じく京都の日本海側、舞鶴市に出張です。
 
社名にある吉田さんとは、知っている人も結構いるとおもう、三重の伊賀手づくりモクモクファームの創始者で前専務の吉田修さんで、3年前に一緒に会社を設立して仕事をしています。
 
こんな会社なので良かったら見てくださいね。
 
コンサルタントという仕事は簡単に言うと自分の経験や知識から企業や行政などにアドバイスをする仕事なのですが、たぶんガンになる前の私だったら絶対にやっていない仕事だと思います。
 
教えるなんて絶対に嫌なことの部類に入っていましたし、仕事でそれをしなければいけなくなったこともガンになったストレスの一つだったと言えるほどですから。

しかし、ガンになってからは不思議に「教える」こと積極的にやるようになってしまったのです。
 
今日はその「教える」という行為の裏側にあったものについて書こうと思います。
 
「共依存」
 
ガンになる前の私にはずっと「劣等感」がありました。
 
しかし、それは無意識でのことで潜在意識の中にあったのです。
 
その劣等感の原因は「パニック障害」

私はこの「パニック障害が起こったときの自分」をひた隠しにしていたので、「本当の自分を知られたらすべては終わる」と思っていました。

しかし、症状はどんどん悪くなってくるし、安定剤や抗鬱剤まで飲むようになって、アルコール依存医になり、鬱になり、このまま行ったらもう破滅しかない・・・・・

鬱も直属の上司にだけは鬱で休職していることを伝え、他の人には肝臓疾患にして欲しいとお願いしていました。

この後に及んで、ここでもまだ虚像を作ろうとしていたのですね。

今思うと、このときすべてをぶち開けていれば、癌にならなかったように思います。

 
「パニック障害や鬱」はがんになったことで幸いにも克服できましたが、心のなかの「共依存」はずっと引きずっていたのです。

共依存とは「他者に認められたり必要とされたりすることで、自分の問題をすり変える」ことです。

私が病になる前は、仕事で他者に認められようとしてして、

癌になってからは、自分の経験をとおして分かったととを教えたり伝えようとすることで他者から認められようとしていたのです。

原因となっていたパニック障害が克服できたにもかかわらず。

これが習慣の怖いところです。

それに気づいたのは、ある人との対話からでした。

「織田さんはどうして知って欲しい、伝えたい」というの?

>>「がんで苦しんでいる人に元気ななって欲しいから」

「織田さんはどうして新しく今の活動を始めたの?」


>>「上から目線ではなく、患者さん視点で伝えたいから」

伝えたいとよく言うけどそれは上から目線では?」

>>そうかもしれない。

>>「伝えたい」=「変わって欲しい」ということ。


「伝えることで変わる人は多いのですか?」


>>ほとんどの人はいい話を聞いたで終わってしまって、変わる人は少ない。

そんな対話があってそこから私は自分の言っていることに矛盾かあることに気づいたのです。

変わる人が少ないのにどうしてこのような活動をしているのか?

上から目線ではダメだと言いながら、先生になって教えようとしているのでは?

他人を自分の思い通りにしたいと思っているのでは?


もしかしたら、自分の心の根底にはまだ「認められたい」という気持ちが残ってるのでは?

その頃の私にあったのは、伝わらないことや、変わらないことへの、憤りや不満

にもかかわらず、遮二無二進んでいく姿は、以前サラリーマン時代に仕事をしていたとまったく同じだと気づきました。

そして家族のためだといって、仕事に執着する。
患者さんのためだといって、活動に執着する。


もし今の状況が、自己犠牲の上で他人から感謝される人になりたいと思っているのならば、
他者に必要とされることで、自分の存在意義をみつけようとしているのではないか?

これって「共依存」だ!

私を含めて人間は過去によって成り立っています。

考え方は変わったとしても、過去も積み重ねで出来あがった潜在意識はしぶとく残っていることに気づいた瞬間でした。

根底になった劣等感はなくなっても、それを隠そうとする潜在意識は残っている。

とても不思議です。

食べ物と体の関係と似ているなと思いました。

病になってどんな良い食べ物を食べたにしても、それ以前の人生で食べたもので出来上がっている体はそう簡単に変わりません。

それを2,3ヶ月変えたからといって、元気になったと思い込んでしまったら徐々にそのメッキははげてきてしまいます。

習慣や潜在意識を変えるには、意識することが必要です。

そしてアウトプット(出す)ことも。


そんなことで、私はこれからの活動のなかで「対話」を大切にしたいと思いました。

そして「出すこと」
すなわち、自分の経験や思っていることを話し、それによって人に意見を聞いたり、気づいたりすることで自分を意識したいと思っています。

そして自分が更に成長するために現在の活動をしようと決めました。

そう思ったら、それまであった何かに取り付かれていたような重さがなり本当に心が軽くなりました。
 
そんなこともあって、めぐみの会では、毎月 名古屋でアウトプットする場としての交流会を開催しています。
 
日進のランチ交流会は参加者の皆さんが楽しく集う「おしゃべり会」といった感じで、名古屋の交流会は私が中心になって心のアウトプットができるような場を作っていきます。
 
詳細は↓↓
 







 

がんの原因は何?

 

突然変異・生活習慣・ストレス・・・・・・様々なことが言われています。

 

すべて間違いではありません。

 

 

しかし、根本は「生き方」

 

過去の生き方の結果なのです。

 

原発も、経済も、メルトダウンするものは「がん」と共通項があります。

 

 

そう、すべてメルトダウン現象です。

 

 

私たちの「生き方」=「原発」「物質的経済」そのものです。

 

 

原発が私たちに教えてくれたもの。

 

 

それは、オーバーヒートしたとき破滅が起こるということ。

 

それも、多くの人を巻き込んで。

 

原発も経済も、そして「がん」も、上に上に登っていった私たちの生き方の結果なのです。

 

 

ということは,原因は私たち自身にあります。

そういう、私も「がん」なる前は、その経済の中心をあゆみ、原発に頼った生き方をしていました。

 

だから、原発がどうのということは言うことができません。

 

だって、今の自分はそれがあってからこ、ここまで来たのですから。

 

だから、今は“脱原発”ではなく、めぐみの会をつくり自分の生き方を通して「生き方を変えること」を提唱しています。

 

 

変わらなければいけないのは私たち自身だと、私は思います。

 

 

私が7.8年前に「降りてゆく生き方」という映画の上映会を何度か繰り返しました。

 

 
その理由は、生き方を変えようと言ってもピンとこない方が多くなかなか伝えきれないと思っていた時、この映画を観て直感で「伝えることができる!」と思ったことからです。
 
山に登って降りてこないことを「遭難」といいます。 
 
上に向かって登っていく生き方をし続けることで、
降りることができなくなり遭難してしまったのが「がん」という病。
 
そして多くの人が、がんになってもまだ登り続けようとしています。
 
私も登り続ける生き方をしてがんになり、降りていく生き方に変えたことで、がんになる前よりはるかに幸せになったのでこの映画を推奨しています。
 
今、私たちがしなければいけないことは、反対運動や他を良い悪い言うことではなく、私たち一人一人が自分自身の生き方を変えるための努力をすることのような気がします。
 
否定からは憎しみや、怒りしか生まれません。
 
大切なことは「肯定」
 
今までは多くの人が、そのような生き方をせざるを得なかったことを「肯定」し、そしてこれからその原因を取りのぞくために、2度と再発しないためにどうするかを考え実践すること。
 
地球や人に優しい楽しい社会を想像して、ワクワク生きる生き方に変わることではないでしょうか?
べての人が幸せになるために!
 
私が、がんになった生き方を受け入れたことで幸せになったように。
 

 

 

今日は来年1月の高田理恵先生の講座のご案内です

 

1月12日(土)に久しぶりに、漢方ガン養生専門薬剤師 高田理恵先生の「がん克服の養生戦略!」& 癒しの演奏を開催します。

 

この日の講座内容は、ガンの方なら結構気になっている「腫瘍マーカー」について

 

~腫瘍マーカ―が高くても大丈夫のしくみ~とうタイトルで講座をしていただきます。

 

今回は会場があまり大きいところが取れなく、演奏のスペースも必要ということで24名限定となりますので参加ご希望の方はお早めにお申込みくださいね。

 

詳細&お申し込みはHPから

https://www.meguminokai.net/がんを学ぶ場/

 

先生からいただいた講座内容は以下の通り。

 

腫瘍マーカーは多くの患者さんがとても囚われてしまうものの一つですが、自分の免疫力により  アポトーシスする前には激しく上昇することもあります。

アポトーシスによる細胞死と抗がん剤などによる殺傷ネクローシスの違いを知ると、腫瘍マーカー に一喜一憂する必要がないことが解ります。

 

今回の講座では、理恵先生が診てきた患者さんの様々なケースをもとに、そんなときの養生のポイントを話していただきます。

 

理恵先生のお話を受けて私が20分ほどお話しし、その後理恵先生のフルート&養生トリオでの演奏、最後に質疑応答と盛りだくさんでお届けします。

 

年の初めにこの講座で不安ごとを解消しませんか?

 

詳細は以下の通りです。

 

■日時: 1月12日()  13:00~16:00

■参加費 一般 3,000円  会員 2,000円

■会場 名古屋市中生涯学習センター第3集会室      

 名古屋市中区橘一丁目7-11  

 地下鉄「上前津」下車6番出口より南へ約250m

 

【講師プロフィール】   

 高田 理恵さん  漢方食養生の林薬局代表  薬剤師、心理カウンセラー、アロマセラピスト 

 国際中医師、国際薬膳師を持ち、ガンをはじめとする難病、慢性病の相談にあたる。

 大垣市成人学校をはじめ関西を中心に養生講演活動を行う。

 わかりやすく愉快な養生講話に人気と定評がある。

      HP 「りえぴょんの心と体の保健室 http://riepyon.net

       

がんを治すために一番大切なことは「幸せ」になることです。

 

「幸せ」と感じることが、私たちの免疫を向上させてくれるのです。

 

しかし、多くの患者さんは「苦しみ」の方向、すなわち「幸せ」の対局に向かっってしまっています。

 

必死になってお手当や、食事療法をすることは大切ですが、それ以上に大切なのは、その心です。

 

がんへの闘争心や、がんからの逃走心があっては逆に交感神経が優位になってしまうのです。

 

もちろん恐怖心も

 

それで良くなるはずがありません。

 

したがってがんを治すには、生き方を変える必要があるのです。

 

生き方とは、体と心の使い方。

 

体と心をリラックスさせ副交感神経優位な状態にしなければいけないのです。

 

しかし、それが出来る人はとても少ないことに気づきました。

 

その原因は、社会や経済のあり方や考え方に基づく普通の概念や、がん=死の一般常識なのです。

 

 

 

 

それを上から、「治りたいのなら生き方を変えなさい。」

「生き方を変えなければ治らない」・・・

 

いくら正しいことでも、できないことを強要することで生まれるのは「苦しみ」なのです。

 

自分自身が患者会でやってきたことが、対する人によっては「苦しみ」を増やしていたことに気づきました。

 

 

 

 

私が今やらなければいけないことは、がんを治すことや、予防することではなく、患者さんの側に立って一緒に「幸せ」の方向に進んでいくことだったのです。

 

その結果として、がんが治ったり、予防できたりする。

 


すなわち、「治す」より、「幸せ」のほうが先なのです。

 

 

 

 

そんな幸せの道筋を自身の経験こら書いた小冊子 “キーワードは幸せ!”「がんの管理学」も発刊しました。

 

この冊子は、私自身の体験と、多くの患者さんと接して分かったことのすべてを総論としてまとめたものです。

 

良かったら読んでみて下さいね。

 

小冊子の詳細は🔽

 

https://www.meguminokai.net/織田の著書/