4月21日(水)は、めぐみの会 がん経験者限定、「ZOOM おしゃべり会」です。

時間は10時~11時30分頃まで。

ガンを経験している方、そのご家族なら誰でも参加可能です。

簡単な自己紹介をしていただいてから、日ごろ感じていることや、同じ病の方に聞いて聞いてみたいことや、教えてほしいこと、悩やみや不安なことをお話しして、私を含めて参加者の方でシェアしあうといったスタイルで進めていきます。

参加費は1000円 めぐみの会 会員さんは無料です。

お支払いは後払いで、銀行振り込み、PAYPAY、ラインペイとなります。

詳細は以下ですので、初めての方もお気軽にご参加くださいね。

ZOOMがわからない方は、このメールに返信いただければご説明しますので。


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ミーティングID: 898 8063 7952
パスコード: 756851

 

〝自分を愛おしい”

今の私は自分大好き人間だが、癌になる前、そんな気持ちはあっただろうか?

当時はそんなこと考えもしなかったが、振り返ってみるとそこにあったのは自分に対する愛ではなく虚栄心や自己満足だったような気がする。

もし私に自己愛があったなら鬱や癌にはならなったと思う。

そして私はがんを治す過程で〝自己愛”なるものが健康の本質だときづいた。

それは自分の体や心に対してどれだけ目を向けているか?

どれだけ優しく接してあげられるか?

そう思うと以前は自分の体や心を消耗品のように扱っていた。

体も心もすり減ってヘタヘタになっているにもかかわらず、さらに無理を重ねる・・・・

自分の体の状態や心の状態なんて使えばすり減るのは当たり前なんて思っていたような気がする。

だから、癌になったのだ。

「そんなに自己愛がないのなら、命は不要ではないか?」

そんな決断を迫られた。

その結果私は〝自分を大切にして、自分らしく生きる選択"をしたのだ。

そうやって生きてきた結果、自己愛の本質は〝私自身が自分以外の事のために何ができるか"つまり〝利他”の心だと思うようになった。

人は1人では生きてゆけない。

というより人や物や自然との関わりなしでは生きることなんてできないのだ。

ならば自分を大切にするとは、それらを大切にすること。

決して自分のことだけではないのだ。

だから私は癌になったとき自分の身体治しと心治しをしながら、患者会の活動はじめた。

多くの人のおかげでここまで元気になったことに対する敬意を込めて。

そして、このような活動を続けていくには、体や心が整っていなけれないけない。


だから今でも、身体を鍛え、精神を鍛えているのだ。

そこに〝自己愛”がある。

さらに言えばこの自己愛によって〝病を治す力"が格段に増すのだ。

自分が生きているのは自分だけの力ではない。

だから自分を愛することは人や自然や物を愛すること。

すると自分の存在は小さくなる。

=病への囚われも小さくなり、怒りや不安が薄れ、今生きていることに充実感を感じられるようになる。

もっと多くに人が〝自己愛”を持つようになったら、病も争いも少なくなるのにと思うのだ。

15年前の4月13日、私がガン宣告された日です。

 

以前にもかきましたが当時はストレスにまみれて自暴自棄な生活をしていたので、ショックより「これで何の気兼ねもなく休める」とほっとしたことを思い出します。

 

この日は前日に急に電話があったので、会社に出勤をしてから検査結果を聞きにいきましたが、検査の日に見せてもらった胃カメラの映像とネットでみる食道がんの影像がまったく同じであったので、ガン宣告を受けるのはなんとなく解っていました。

 

そして思っていた通りの「食道がん」宣告。

 

その後、会社に戻って上司に報告すると「仕事のことは何も考えなくてよいから、まずは治すことに専念して」ということで、そのまま自宅に帰りました。

 

この時はガン宣告されただけで、身体は何の変調もなかったので、こんな明るいときに退社でき、明日から当分会社に出勤しなくて良いと思うと、嬉しくて嬉しくて仕方ありませんでした。

 

それ以降は一般的ながん治療の路線に乗って、すべてを医者任せてやってきましたが、これもちゃんとした病人になれた嬉しさで、抗がん剤治療中でも、快適で楽しい入院生活をしていたことを思い出します。

 

しかし術後、医者から勧められた再発防止の抗がん剤治療を断ってからは、「自分でなんとかしなければ死んでしまう」と思い、必死に医療に頼らずに生きられる道を探したのでした。

 

そして15年後、こうやってがんになる前より、元気で幸せに生きていられるのは、間違いなく

「治療に依存しない」と決めたことだと思うのです。

 

そんなことで今日は、私の15年間を振り返って「治療に依存しない」ということについて書こうと思います。


私はこれまで15年年近くにわたり、がん患者会の活動で多くの患者さんと出会ってきましたが、良くなっていく人には「治療や療法に依存してはいない」という事が大きな特徴があるような気がします。

 

三大療法、代替療法、そして自助療法どれをとったとしても良くなる人の共通点はそこになる。

 

では「治療に依存しない」ということはどんなことか?

 

それは「治すのは自分の身体と心」だという意識を持つこと。

 

そしてもう一つあるのが「治療自体を放棄する」というパターン

 

聞いたことがある方も多いと思いますが、医者から「もう治らない」と言われて開き直ってやりたいことやって楽しんでいたらガンは消えていたなんて言うパターンです。

 

そんな人は「治療に依存する」とか「治す」以前の問題で、生きるというところに焦点を合わせることでもあります。

 

それはつまり、生きるというところに焦点を合わせてしまえば、治療なんてことは依存も何も、視界にすら入っていないという事でもあるのです。

 

しかし、残念ながらそんなことができる人はごく僅か・・・

 

私にもそこまでの気持ちにはあることができませんでしたので、自分で何とかするという意識を持つために様々なことを学び、生き方を変えたのでした。

 

そう思って現在のがん患者さんを取り巻く環境を見ていくと、いたるところで患者さんを治療に依存させようとしているような気がしてなりません。

 

〝○○でガンが治った″

 

〝ガンを治す画期的な治療法″・・・・

 

患者さんに希望を持たすことは大切です。

 

しかし、そんな言葉で患者に希望を持たせて、○○や治療法に依存させて本当に良くなっていくのでしょうか?

 

私はそんなのは「この塾に入れば東大に合格できる」なんて言っていることとまったくわらないと思います。

 

そりゃもともと素質があってその塾に入って合格した人がいるのかもしれません。

 

しかしそれはたまたまとか偶然のようなもの。

 

そうであれば「この塾には入ってあなた自身が一生懸命努力すれば、合格率はグンとあがる!」と書くべきではないか?と思うのです。

 

なぜ、ガンの場合も「○○があなたの背中を強く押してくれる」

 

「あなたの治す力を応援してくれる画期的な療法が見つかりました」といった表現ができないのでしょうか?

 

依存させて信者を増やす新興宗教のようなものではないかと私は思います。

 

そして病院も行政もその多くは、治療にしか焦点を合わせることしかできていないのが現状です。

 

しかし、もしかしたらそれは患者のことなんてデーターでしか解らないのですから、当然のことなのかもしれません。

 

私もどれだけ「エビデンス」という言葉を聞いたか解りません。

 

でもそれって、「治るエビデンス」ではなく「治らないエビデンス」?

 

と思うのは私だけでしょうか?

 

そんなことなので、依存だけでは身体が治ったとしても、心の不安はなくならないのです。

 

治療法に依存しているという事は、自分の身体を信じられないという心の裏返しではないのでしょうか?

 

そんな人が信じているのは、ガンになって初めて出会った医者や治療法、そしてお金?

自分の身体を信じていないのに、身体が治そうとするはずもありません。

 

それだから、根治もあり得なく、それを潜在意識は知っているから不安が襲ってくるのです。

 

そしてそこから見放されたら人生終わりだなんて思ってしまう・・・

 

まだ、まだ、できることがあるがあるはずなのに・・・・

 

治す力は貴方の中にある!

 

いや〝治す力は貴方の中にしかないのです!″

 

そんな力を引き出すのは、医者でもと療法でもなく、貴方自身。

 

それだから、どんな治療をしていたとしても、治すために大切なことは治療に依存しないことなのです。

 

治すのは医者や治療だと思わずに、自分が治すと決めて、その自分への信用残高を増やす努力をすることなのです。

 

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金曜日のブログに記事をアップしましたが、聖火リレー後の囲み取材に来てくれた中日新聞小牧支局の記者さんが書いてくれたコラムに、私の話や体験が、逆境の中で始まろうとするオリンピックに欠かせない精神と書いてくれています。

有難いですね🎵


また、NHKの特集でオリンピックの精神、「支え合う心」のことが放送されましたが、他にも「高め合う心」「認め合う心」と3つあります。




そして、この3つの心を胸に抱き、まずは自分の肉体、意思、知性の資質を高揚させることが、逆境や不幸を乗り越えるため、そして平和な世の中を創るには必要不可欠だと思っています。


現在、オリンピックや聖火リレーの開催については様々なことが言われていますが、怖がったり、不安になったり、排除したりしても、それは今という状況から逃れたいだけで、結局は何の問題解決にはならないのではないのでしょうか?


私は15年前にガンになってから、逃れるのは止めて、自分の資質を高めて素晴らしい 未来を手に入れることを夢見て、様々なことをやってきました。


その間、たくさんの人に「織田さんは何をしたいの?」と言われたり、思われたりしてきたので、今回の聖火ランナー選出は、それは間違っていなかった、これで良いのだ、ということを認めてもらえたような気がして、とても嬉しく思いました。


そしてコロナ禍で延期された1年間でさらに、自分を高めて、この3つの心を満たす、やりたいことを一気に行動に移すことで、聖火ランナーとしての資質を高めようと思ったのです。


この記事やNHKの特集は、そんな私の気持ちに気づいてくれてのものなので、本当に嬉しいです。これからは、さらにいっそう自分の資質を高めて、回りの人に少しでもお役に立てる人になるために前に進んでいこうと思います。


聖火リレー、私は走り終えましたが今後もオリンピックに向けてこの3つの心を繋げていくということが本来の趣旨であり、それこそが平和につながる道、なのではないのでしょうか?


決して、コロナや自分と違うものを認めず排除しようとしたり、屈して逃げ回ったり、引きこもったりすることではないと私は思います。


そして、そこにはこのオリンピックの精神をもって、開催に向かって日々を積み重ねていりアスリートの皆さんがいます。


その人たちの日々の努力に対して、何の努力もせずに自分の考えだけであれこれいう先に、求める未来や平和はあるのでしょうか?


自分のために他人のために、できることをキチンとして、国民が一つになってオリンピックに向かう、それこそが今、求められる平和への道なのではないのでしょうか?


ご意見はいろいろあると思いますが、今日はこの記事がでたので、聖火リレーを走った一人のランナーの現在の気持ちを書かせていただきました。

#みんなの聖火リレー