昨日、10月13日(日)は視覚障がい者パラスポーツ《ブラインドボクシング🥊》月1回の練習日でした。


前日から身体がだるくて風邪をひいたかな?と思いましたが、身体を動かせば治るかな?なんて思って練習に参加しました。


でもやっぱり身体がだるくて重い、、、


大会も迫ってきていることもあり、自宅で縄跳びや筋トレで身体を動かしてきましたが、、、


昨日のスパーリング動画です。


フットワークがNGで、後半はバテバテですね。




大会まで残すところ一ヶ月あまり。


自宅でもできる縄跳びやコンビネーションの練習を頑張ろうと思っています。






ここ最近、鬱病のことを書いているので、今日はその最終章として、私の思う鬱病の原因について書こうと思います。

「うつ病」になるきっかけは小さなことのような気がします。

とはいっても、きっかけの以前にずっと自分との葛藤が心のなかにあり、無意識のうちにそれを隠そうとしていたことが根っこにあったと思います。

私は不思議なことに、癌とわかって入院したときは睡眠薬は必要でしたが、うつの症状は軽減されたいました。

その理由は強く大きく見せたいと言う自分で作った「虚像」から離れることができたからのように思います。

癌になったことで必然的に弱い自分を見せても良いのだと思うようになったのです。

私は「うつ病」は自分の本当の心に蓋をすることで起こる病気だと思っています。

「うつ病」の鬱は鬱蒼のうつです。

鬱蒼とは草木が生い茂っているさまのことです。

言い換えれば雑木林や原生林のこと。

しかし現代社会ではそれを雑然、危ない、汚いなどといったり、人間に都合の良いように開発してしまったりしています。

私はうつ病もこれとまったく同じだと思います。

人間には誰でも自分の心があります。

それは人それぞれで、あれがしたい、これをしたいと、様々な気持ちが生い茂っていたはずです。

しかし、昨今はそんな人間にあれをしてはけない、これをしてはいけないと規則や規制をしてしまいます。

更に言えばこれに加えて、「常識」「普通」という概念が入ってきます。

「常識」とか「普通」というのは、森に言い換えれば「人工林」

人間の都合で自然豊かな森に杉や檜を植樹し、そしてそれを管理できなくなったら今度は、危ない、汚いなどと言って近寄らない。

挙句の果ては生物の生態系を壊して、苦しくて出てきた動物を排除する。

これは、うつ病や精神疾患の患者さんを排除しようとする現代社会とまったく同質なものだと思います。

鬱蒼とした状態を言い換えれば
「生命力」溢れた状態です。

それを、自分の都合の良いように変えようとすることで「生命力」を奪ってしまうのです。

逆に、人間の都合の良いようにきちんと整備された状態は、生命力を奪ってしまった状態ではないのでしょうか?

私がうつ病を克服できたのは、
この「常識や普通という概念」の蓋をはずしたからです。

これも癌になたことで価値観を変えざるを得なかったことが大きかったと思います。

うつ病は「病」ではないと思っています。

従って、うつ病の患者さんを治そうと思うことで逆に治らなくなってしまっている様な気がしてなりません

治さなければいけないのは、患者さんではなく周りの人のほうではないでしょうか?

しかし、これは一人や家族だけの問題ではなく社会の問題なので状況は変わらないのです。

私がうつ病になって、そして克服した体験者として語れることは、

自分に素直で純粋だから「うつ病」になってしまう。

更に言えば、良い人過ぎるのです。

とは言っても、「うつ病」になってしまった原因は患者さんにはない訳ではありません。

患者さんは自分の本音を曝け出す煩わしさを排除したきたことで、自分の生命力を奪ってしまったことがうつ病になっってしまった原因だと思います。

つまり
「うつ病」とは、世間から生命力を奪われ、

自分でも生命力を奪ってしまうことから発症する病ではないでしょうか?

癌の原因も本質的には同じところにあるような気がするのは私だけでしょうか?

心の病んだ人が「蓋を外せる」世の中にしたいですね。

そうなれば、心の病、そして癌で苦しむ人も必ず少なくなると思います。


 

私が鬱病を克服できた一番の要因は医者の言うとおりにしなかったことだと思っています。


しかし、あくまでこれは私の場合。


医者の力が必要な場合も人も多いので、ここに書いたことは一つの事例として読んでいただければ幸いです。


私が最初に医者の言うことに疑問を持ったのは、術後自宅に帰ってから何度も起立性貧血で倒れたことがきっかけでした。

体の状態は日に日に良くなってきているのに、立ち上がろうとすると意識がなくなって倒れてしまうことが何度もありました。

一時的ですが完全に意識がなくなって倒れるので顔を打ったり、手足を打ったりと生傷か耐えない状態でした。

癌の方の担当医に相談すると、大きな手術をしたので仕方が無いと一蹴されましたが体力はついてきているのにどうしてという疑問があり、もしかしたら多量に飲んでいたうつの薬が原因では?と思うようになりました。

とはいっても、それを言い出したのは家内で、私は最初は家内に「先生に言って減らして貰ったほうが良いよ!」言われたときは、減らすことにとても不安があり、逆に「簡単に減らせというけど、お前にうつの苦しみがわかる訳ない!」なんて逆切れをしていたのです。

でも、あまりにもバタバタ倒れるので不安になり精神科の先生に相談すると薬の副作用ではない。
坑うつ剤には副作用はないと一蹴されたのです。

写真は当時、服用していた薬の説明書です。

今思えば、これだけ飲んでいれば、副作用があるのは当たり前なんですけどね。

しかしそれが私には医者への不信感を持つきっかけになったのです。
私は薬には多少の副作用はあるもので坑うつ剤にも低血圧になるなどの副作用はあると知っていました。

副作用があって然り、なのにどうして、ないというの?

そして、勝手に薬を減らしてしまいました。
すると案の定、倒れる回数も減ってきたのです。

それがきっかけで私は医者の言うとおりにしていてはいけないと思いました。

そして、次の大きな要因は、
「生き方を変えよう」と決めたこと。

ライフスタイルを変えたことが大きかったと思います。

私が心がけたことは、

①早寝早起き

②身体を動かす

③自分に嘘をつかない

④自分のためだけに時間を使わない

⑤人の役に立つことをする

今思うと、それはすべて癌の再発を防ぐためでしたが、結果として「うつ病」にも良かったようです。

「うつ病」の体の原因は「自律神経の乱れ」なので、交感神経と副交感神経のバランスを整えることが一番大切です。

そのために
一番良いことは「自然に近いリズム生活にすること」のような気がします。

そして
心も自然体、つまり自分の自然な気持ちに逆らわないこと。

そう考えると「うつ病」になる原因は「不自然な生き方」なのかもしれません。

その中で、私が一番良かったと思うことで「自分のためだけに時間を使わない」です。

特に、患者会に入ってボランティア活動を始めたことで「新しい価値観」と「新しい生き甲斐」を見つけたことが大きかったように思います。

今までは、「常識」や「普通」(私は普通より上)という価値観と、「立身、出世」という生き甲斐が、本来の自然体の自分に蓋をして「うつ病」になったので、その蓋を取ったことで大きな空間ができました。

そう思うと、うつ病とは自分の周りの空間がどんどん萎縮して身動きが取れなくなた状態に似ているような気がします。

そして「うつ病」になってしまったという自責の思いが更にその空間を狭めてしまう・・・・・

だからこそ最初は遊びやゆとりが必要なのかもしれません


今日のところはここまでにして、次回は最後の行程、「薬と医者との決別」について書こうと思います。

 



私は今から15年前のちょうど今頃、癌になる1年半前に「うつ病」になり約3ヶ月休職をしました。

今日は、当時を振り返ってどんな状況で「うつ病」を発症したか?を書きたいと思います。

私は「うつ病」になる前からパニック障害やアルコール依存があって、精神安定剤を常時服用している状態でした。



その大きな原因の一つが仕事でのストレスだったことは言うまでもありません。

何かに憑かれたようにがむしゃらに仕事に打ち込んでいたのですが、その根源はには劣等感があったのでこれは自分の本心からではありません。

今思うと、私の本心の優しい心と、無理に作っていた強く見せようとする仮面とがぶつかりあっていたように思います。

そしていつも勝ってたのは仮面のほうでした。

これを例えると、本当は走りたくないという本心の馬に、早く走れと仮面をかぶったもう一人の自分が鞭打っていた状態です。

会社に入ったころは、大きなレースを夢見てがんばって走ろうと思っていたはずですが、年がたつにつれ何らかの原因で走っていることに疑問を持ってきたのですが、周りの状況が止まる事を許してくれないし、自分自身も勇気を出して止まることができなくなっていました。

そんな状態が原因で、アルコールに逃れアルコール依存、高血圧、肝機能障害・・・・体は病の巣窟になっていましたがまだ止まれませんでした。

そんなあるとき、子供の幼稚園の運動会があり、前年仕事で見にいけなかったので、今年は最後なので必ず行くと約束していました。

しかし、その運動会の前日、中日ドラゴンズがペナントレース優勝をしてしまったのです。

体育の日前後だったのでちょうど20年前、2004年の今頃かな?

私は当時、百貨店の食品担当マネージャーで菓子売り場の責任者をしていたので、ドラゴンズ優勝セール初日に休むわけにはいきません。

朝起きて子供に謝って会社には行きましたが、何故だか解りませんが「一体自分は何をやっているんだ?」・・・・・

と考えてしまい、一日自分が何処にいるのか?も解らないくらいになってしまったのです。

その日は最後まで仕事を終えて帰宅しましたが、運動会のことを話す子供をみていると、どんどん自己嫌悪がまして深酒をして寝ました。

そして、翌朝起きようと思ったら「まったく体が動かない!」

布団が泥沼のように感じられもがいても、もがいても抜け出すことができなくなってしまったのです。

今思うと、電池切れの状態だったように思います。

意識は正常にあって、仕事に行かなければと思うのですが、電池がなくなった体は言うことを聞いてくれませんでした。

そして、その後パニック障害で通っていた精神科の病院で「うつ病」と診断され、約3ヶ月の休職となってしまいました。

休職中の3ヶ月間はまさしく地獄のような日々・・・

感覚が異常になり、人の声や普通の音がとてつもなく大きく聞こえたり、他人の目がたくさん自分を見ていたり、突然会社での出来事が頭に出てきて自分が今何処にいるかがわからなくなったり様々な恐怖が私を襲ってきたのです。

そんな状態で私は部屋に引きこもり、強い薬で意識も朦朧としてうつろな毎日を送るしかありませんでした。

仕事に吹きできるようにと処方されたものですが、寝る前に、7種類20錠、これに毎食後や不安時のものを加えると、12種類の薬を常用していました


そして何とか3ヵ月後この薬に頼って出勤をしたのですが、心はここにあらずの状態でした。
会社でもたまに意識が飛んでいることがあったりしました。

そんな状態なのに人間とは怖いもので仕事を休んだことを取り戻そうと、また頑張る自分がいました。
パニック障害の劣等感に、うつになってしまった劣等感も加わり、前以上に頑張らなければと思って行動する自分がいました。


しかし、いつまでもそんな状態が続くわけがありません。

また精神状態がおかしくなり、変則勤務、降格、部署異動と転げ落ちていったのです。

今までデパ地下と言われた百貨店のお菓子売り場の責任者として肩で風切っていたのが、裏方の事務部門でしょぼくれて座っている姿を自分で創造しては自己嫌悪に陥っていました。

そんな状態になって2年後、2006年の会社の健康診断で食道がんが見つかったのです。

食後癌と宣告されたときに最初に私が思ったことは
「これで大手を振って会社を休める」でした。

パニック障害やうつ病と他人には言えない恥ずかしい病で会社を休むことは罪悪感をもっていましたが、癌はほとんどの人が癌ならしょうがないと言ってくれると思っていました。

私は知らず知らずのうちに、「事故では痛いので、痛くない病でちょっと入院してゆっくりしたい」と思っていたのです。

その望みを癌は叶えてくれたように思います。

私はこのように、ずっと本当の自分を騙し続けてきました。

今思うと、癌はそれでは廃人になってしまうという最後通告だったように思います。

もしあのまま癌にならなかったら・・・・

私は今生きていないような気がしています。
自殺、事故、心臓疾患、脳疾患 何になってもおかしくないじょうたいでしたから・・・

今日はこのあたりにして、次回は「どうしてうつ病が克服できたか?」を書こうと思います。



 

私はこの世に中に正しいというものはないと思っていますが、ただ一つ「人は必ず死ぬ」ということだけは正しいことです。

私たち人間が1日生きることは、1日死に近づいていることです。

それはどんな人でも老化をし続けて生きているということでもあります。

なのに、世の中では「老化防止、アンチエイジング」といって老化が悪いもののように言われています。

しかし老化は止めれるものでもないし、若返ることもできません。

私は老化は決して悪いものではないと思っています。

老化というのは細胞の酸化現象です。
そして病の原因の多くも細胞の酸化。

即ち、私たちの体は常に老化しているし、早く進むのは自分で老化を進める原因を作っているからだと思います。

癌も老化現象のひとつ。

私が42才で癌になったのは、それだけ老化を進める生き方をしていたから。

私は降り返ると「生き急いでいたなぁ~」と思います。

どうして老化を否定しないのか?

癌になったとき一番苦しむのは、健康なころに戻りたいけど戻れないことです。

私は手術で食道と胃を切除しましたが、切った臓器が再生することはないし、後遺症がなくなることはありません。

それを癌になる前に戻りたいと思うから苦しみが増すような気がしまします。

私は「術後の自分の体をスタートにする」と決めました。

そこをスタートとにすれば自分の努力で少しづつでもプラスに進んでいきます。

しかし、術前の自分と比較をしたらどこまでいっても常にマイナスです。

術前に戻れる訳がないのですから。

これを言いかえると「老化」を止めようと思ったり「若返ったり」しようと思うから苦しんだり、ストレスが貯まるような気がします。

私は老化を止めることはできませんが、ゆっくりさせることはできると思っています。

老化することを受け入れれば苦しみはすくなるよような気がします。

その為には身体を酸化させない生き方をするしかありません。

すべての生き物は死に向かって生きているのに、それに逆行しようとするから苦しんでいるような気がしてなりません。

それはつまり大自然の法則に沿って生きるということ。

私は老化防止やアンチエイジングという考え方は、自然を人間の思うままにコントロールしようとしていることと同じことではないかと思います。

私たち人間は、すべてを自分たちの思い通りにしようとしてきました。


自然、生き物・・・・・

そして、自分の身体や命までも・・・

 

これからの時代に必要なことは、自然に委ねる生き方のような気がします。



そして、私たちの苦しみの多くは自然界の法則に抗うことによって生まれるのではないのでしょうか?


だから


私は今、緑内障で失明に向かっていますが、それに抗うことはせず、受け入れてそのときのために今できることをやっています。


ガンになってからそうやって死と向き合ってきたから、それと同じことをするだけ。


これも私の今までの生き方の結果として受け入れ、そんな人生でも最後は「楽しいかった!」「良い人生だった!」と言えるようにすると決めています。