これらを私はすべて必然ではないかと思うようになった。
というより、この世に偶然はないよう気がするのだ。
私は今までたくさんの人と出会いがあったが、自分から会いたいと思ってあった人と、ただどこかで偶然に出会った人との現在の縁の深さを振り返ると、偶然出会った人の方が圧倒的に深い縁になっている人が多いことに気づいた。
自ら意図的に会いたいと思うということは、その根底には見返りを求めていることが多い。
つまり見返り求めて無理やり縁を作ったのだ。
そこで話すことの多くは“お願い”や“自己アピール”
自分のことばかりで、相手の都合はそこにはない。
自分がもし相手の立場だったら。・・・・
人の時間を使って、一体なんなんだ!と思う。
しかし偶然には見返りや意図はない。
自分の行動と、その人との行動が同じだったからそこで出会うのだ。
ということは、まったく意識せずに同じ場に集ったということ。
同じ目的を持ったのだに
同じ時に、同じ場所に、なの意図もなく。
意図がなければ、見返りなんて存在するはずがない。
そんな出会いは偶然しかない。
偶然の出逢いは、人と人との関係から始まる。
それは見返りを考える理性ではなく、同じことを感じた感性から始まる縁なのだ。
それは意識の中ですでに繋がっていたということではないのか?
だから必然的に出会った。
出来事もこれと同じ、自分の行動で起こる。
出会いも、出来事もすべては行動や思いの結果。
鬱になったことも、ガンになったことも、緑内障になったことも。
これって〝必然”ではないのか?
偶然に遭遇した物事を契機(チャンス)として大きな価値を得ようとすることで必然となるのだ。
だからこそ、私は偶然を大切にすることが大切だと思う。
それは、自分の選択を大切にすること、すなわち自分の生き方、自分自身を大切にすることなのだ。