がんフーフー日記 -57ページ目

グリーングリーン

ダンナです。



今日もKZO宅、ASKちゃんとの平和な土曜夜の
遅めの夜食タイムに乱入してPCを占拠しています。




それは、本当は、最初からわかっていたことでした。


ただ、言葉にするのが怖ろしく、
ずっと伏せたままにしていましたが、
きっと誰もがわかっていて、頭の隅にはあったことでした。


ぺ~が母親を亡くしました。


物心というものが、一体どのくらいから芽生えるのか、
ちょっと不明なのですが、
9カ月強の彼のしぐさを見るにつれ、
おそらくまだそんなものは身につけてなさそうで。

つまり、


ぺ~は、母親の記憶すら持たない子になってしまいました。



この世に、たくさんの悲劇や残酷なことはあると思いますが、
親馬鹿ということを差し置いても、

母を知らない男の子

というのは、最上級のそれであるように思います。
私には、それ以上に切ない存在を想像できません。


そのことを思うと、辛くて仕方ありません。
彼に対して、申し訳ない気持ちがいっぱいに溢れてきます。



多くの日本人男性がそうであるように
私もマザコンのケがある人間です。
今回の件で、陰に日向に助けてくれた人間のひとりは
私の母親でした。

そういうときだから、なおさらのこと。

もし、将来ぺ~のヨメさんが病気になったときは
誰が彼を包み込んでやれるのか?





煩雑な式のあれやこれやがひと段落してここ数日、
彼と一緒にすごす日々が続いています。
思えば、彼が生まれてから、こんなにもゆっくりと、
連日いっしょにすごせることはなかった。


9ヶ月越えをしたぺ~は、相も変わらず巨体に物をいわせ
さわるものみなヘトヘトにさせる
デンジャラスなムービングミートローフと化していますが、
それでも表情が豊かになってきたのは明らかで、
はにかむ顔、はぶてる顔、うそ泣き、あまえるしぐさ・・・・など
愛しさは連日最高値を更新するばかりです。
私はやはり人間ジャングルジムとなって、
ずっと彼を体にまとわりつかせ、飽きることなく眺めています。


まだ、何も知らないその存在が、
いつか知る悲しみを思うと、息が詰まります。



昨日も書いたように、まだ今回のこともよくのみこめない私には、
「死」というものがどういうものか、わかっていないのでしょう。

でも「生」がどういうものかは、はっきりわかるのです。

このぷにょぷにょした肉の張り、
このだらだら止まらないヨダレのしたたり、
このずっしりと肩や腕にのしかかる体の重み、
この大人よりちょっと高めの体温の熱さ。

それが、「生」なんだと感じています。
それをぴったりと抱き寄せるときに、
あふれだす愛情と責任を感じます。



にしても、ぶっちゃけて言うと、
いったいどーしてくれんねん、って話ではあります。

オッサンみたいな0歳児と、リアリスティックなオッサン、
たよりない男2人残して、この先どーせえゆうねん。

なあ、ヨメよ。




音楽の授業で習った「グリーングリーン」のように、
この世に生きる喜びと悲しみ、
いつか語り合うのかな。