初七日
ダンナです。
いわきです。
KZOくんの家のPCをお借りして書いています。
既報のように、
7月9日15時10分、ヨメが永眠しました。
おととい、通夜、告別式などすべての式を
滞りなく終了することができました。
ご参列くださった方々、
お花や弔電をお送りいただいた方々、
これまでお見舞いに来ていただいた方々、
ヨメの快復を祈ってくださった方々、
お世話になった医療関係の方々、
今回の式にご尽力いただいた方々、
ぺ~のことを抱いてくださった方々、
ダンナ関係で心を砕いてくださった方々、
そしてこのブログを覗いてくださった方々に、改めて
お礼を申し上げたいと思います。
本当に、ありがとうございました。
なんとかここまでたどり着けたのは、
みなさまのお力があったからです。
告別式の中でも言わせてもらいましたが、
ヨメは幸せな人生を送ったと考えています。
とくに病気が発覚して以来、
家族、親戚、友人、知人、
本当に多くの、深くの、強くの愛情に囲まれて
最期、逝くことができました。
好きな人、会いたい人、愛する人
おそらく誰一人欠けることなく、
最期の瞬間までに相まみえることができたことと思います。
38歳という年齢(今月25日で39だったのですが。もたせたかった)は
確かに早すぎるし、残念ではありますが、
その濃度を引き延ばしてみると、最低でも50くらいまではいくのでは?
ちょっと嫉妬でもしたくなるほど、
それは幸せな生涯だったように思うのです。
余計なことかもしれませんが、
できることはすべてやったのだと思います。
やってきたことが、できることのすべてだったのだと考えています。
だから、もし、何かヨメに対することで
少しでも悔いや、自らを責めておられる方がいたら、
それはお門違いだと言わせてください。
ヨメはヨメとして、できること、すべてをやった。
私も夫として、できること、すべてをやった。
家族も家族として、友人は友人として、
ぺーは愛息として、お医者さんはお医者さんとして、
看護師さんは看護師さんとして、できること、すべてをやった。
みんな、できること、すべてをやった。
これが、できることの、すべてだった。
そういうことに、させてください。
もし、その上で、わだかまる気持ちがあるのなら、
それは今となりにいる人たちのために。
これからの、それぞれの未来のために。
今日で初七日というらしいです。
ここ数日の時間の感覚がまるでありません。
今、KZOくんやギテーと話していても、
まだ現実感がまるでありません。
正直実感がまるでないよなー、という会話を
のどかな平日の風を受けながら、
タバコをふかして、ぽつりぽつりと、相も変わらず冗談ばかりで。
「もう初七日になるんだわい」
「しょーなのか」
「・・・・・・・・・そのセンスが悲しくてやりきれないわい」
そんな会話が今にも聞こえそうで、ただの脳内だったり。
まだ、このブログ終わりません。
どうにも終わった気がしないので、
終わった気がするまで続きます。
ひとまず。改めて。
みなさまに、感謝いたします。
これまで、たくさんの言葉にならない心遣い、
本当にありがとうございました。
心より。
ヨメ、ぺー、ダンナ川崎フーフ一同
いわきです。
KZOくんの家のPCをお借りして書いています。
既報のように、
7月9日15時10分、ヨメが永眠しました。
おととい、通夜、告別式などすべての式を
滞りなく終了することができました。
ご参列くださった方々、
お花や弔電をお送りいただいた方々、
これまでお見舞いに来ていただいた方々、
ヨメの快復を祈ってくださった方々、
お世話になった医療関係の方々、
今回の式にご尽力いただいた方々、
ぺ~のことを抱いてくださった方々、
ダンナ関係で心を砕いてくださった方々、
そしてこのブログを覗いてくださった方々に、改めて
お礼を申し上げたいと思います。
本当に、ありがとうございました。
なんとかここまでたどり着けたのは、
みなさまのお力があったからです。
告別式の中でも言わせてもらいましたが、
ヨメは幸せな人生を送ったと考えています。
とくに病気が発覚して以来、
家族、親戚、友人、知人、
本当に多くの、深くの、強くの愛情に囲まれて
最期、逝くことができました。
好きな人、会いたい人、愛する人
おそらく誰一人欠けることなく、
最期の瞬間までに相まみえることができたことと思います。
38歳という年齢(今月25日で39だったのですが。もたせたかった)は
確かに早すぎるし、残念ではありますが、
その濃度を引き延ばしてみると、最低でも50くらいまではいくのでは?
ちょっと嫉妬でもしたくなるほど、
それは幸せな生涯だったように思うのです。
余計なことかもしれませんが、
できることはすべてやったのだと思います。
やってきたことが、できることのすべてだったのだと考えています。
だから、もし、何かヨメに対することで
少しでも悔いや、自らを責めておられる方がいたら、
それはお門違いだと言わせてください。
ヨメはヨメとして、できること、すべてをやった。
私も夫として、できること、すべてをやった。
家族も家族として、友人は友人として、
ぺーは愛息として、お医者さんはお医者さんとして、
看護師さんは看護師さんとして、できること、すべてをやった。
みんな、できること、すべてをやった。
これが、できることの、すべてだった。
そういうことに、させてください。
もし、その上で、わだかまる気持ちがあるのなら、
それは今となりにいる人たちのために。
これからの、それぞれの未来のために。
今日で初七日というらしいです。
ここ数日の時間の感覚がまるでありません。
今、KZOくんやギテーと話していても、
まだ現実感がまるでありません。
正直実感がまるでないよなー、という会話を
のどかな平日の風を受けながら、
タバコをふかして、ぽつりぽつりと、相も変わらず冗談ばかりで。
「もう初七日になるんだわい」
「しょーなのか」
「・・・・・・・・・そのセンスが悲しくてやりきれないわい」
そんな会話が今にも聞こえそうで、ただの脳内だったり。
まだ、このブログ終わりません。
どうにも終わった気がしないので、
終わった気がするまで続きます。
ひとまず。改めて。
みなさまに、感謝いたします。
これまで、たくさんの言葉にならない心遣い、
本当にありがとうございました。
心より。
ヨメ、ぺー、ダンナ川崎フーフ一同