がんフーフー日記 -46ページ目

日曜日の神様

ダンナです。






しかし、改めて考えてみると、

18年近いダラダラした友人期間があったとはいえ、

ヨメと一緒に暮らし始めたのが去年の1月、籍入れたのが3月で

妊娠が発覚したのが4月、

それ以降、妊娠の体調不良から一気に闘病に雪崩れ込んだわけで

私と彼女が健康で穏やかに夫婦していた期間は、

わずか4ヶ月くらいのものだったのである。


もちろん私は普通に会社に行っていて、時々休日出勤もしていたから、

週末で数えると10回くらいか。

その10回くらいの週末は今、実に平和で優しい時間として思い出される。



サッカー観たり、ちょっとだけ美味いもの食うぐらいしか趣味のない私たちは

週末になると、ただひたすら散歩していた。

KAWASAKIという、私にもヨメにも初めての土地に越したばかりで、

なにもかもが珍しかったこともあった。

私はだらだらしているくせに、一度スイッチが入ると

外に行きたくてたまらなくなる人間なので、

いつも日曜日の午後あたりは、ヨメをせっついて外に出た。

夕飯を買うついで、とか言いながら、足はきまぐれに他所に向かい

結局作るのがめんどくさくなって外食になることも多々あった。



ただただ、だらだらと歩くのだ。

テキトーに、気の向く方向に。

そして、だらだらと歩きながら、だらだらと話す。



ノーアイデアでノープランで、別にお金もそれほど使わず

歩いたりしゃべったりしているだけなのに

十分もつし、楽しいし、飽きもこないということが

この結婚は間違ってないなぁと感じたりした。



多摩川の堤防にはよく行った。

結局、弁当を作って木陰で食べられたのは1回だけだった。

田園調布ではケーキ屋のお姉さんにみとれていて怒られた。

興味本位で福山雅治「桜坂」のモデルになった「桜坂」に行って、

まわりのカップルの文句ばかり言っていた。

肉ならここ、魚ならここ、と1件ずつ好きな店を見つけた。

各スーパーをパトロールして傾向と対策を話し合った。

等々力競技場、フロンターレの試合は見れなかったが、

試合前の縁日みたいなところでお祭り気分は味わった。

ラゾーナはあまりのキレイっぷりに驚き、

「私たちがチッタに通っていた頃は~」と昔話に花を咲かせたりもした。


ヨメの体調が悪くなり、私が自転車を買ってからは、

私がちょろっと近所の土地を走り、

帰って「あそこはこうだった」「そこにはおもしろそうな店があった」と

報告するようになった。


ヨメは最後まで多摩川と動物園に行きたがっていた。

案外、川崎を気に入っているようだった。





今も日曜日になると、

午後、急にどこかに行きたくなって困ってしまう。


10回だけの週末の記憶は、なかなかに濃ゆいみたいだ。