がんフーフー日記 -44ページ目

中間報告

ダンナである。



再び東京から。


盆に友人たちと会ったとき、

道路でタバコを吸いながら話していると、

さてと、と、いきなり切り込んでくるやつがいる。


「で、どうすんの。これから」


古くからの友人は、めんどくさい手続きとか遠慮とか

いらないところが、気持ちいい。

ざくっと核心に踏み込んできやがる。




盆も終わり、約束の「今後の決断・猶予期間」=四十九日も

残り10日ほどになってしまった。

いまだ、どうしたもんか、という心境である。




ふと、これが逆だったらどうだったんだろうと考える。

逝ったのが私で、残されたのがヨメだったら、

彼女はどういう今後を選んだだろう。


おそらく普通にぺ~を連れていわきに戻っただろう。

まずは実家に身を寄せ、家族の手を借りてぺ~を育てながら、

落ち着いたら仕事について考えだす、という順当な選択。

ただ、ヨメも息子も私側(ダンナ側)の籍に入っているのだから、

そのままスルッと自分の故郷に帰っていいのか、

これでは広島に申し訳ないのでは、という点では悩むことだろう。


まあ、どっちに転んでも、難しい問題だったわけだ。




ぐるぐるぐるぐるした堂々巡りは、

「誰もどうなるかわからないから未来なんだ」という言葉を前にすると、

結局ただのムダでしかないのだけど、それでも逡巡にかけた時間だけが

「まあ、しゃあないか」という開き直りに辿り着けるのだとしたら、

もうちょっとそのぬるま湯に浸かっていたいという想いも今はあるのである。



思いつめてはいないか。

カッコつけてはいないか。

誰かのせいにしていないか。

礼は失していないか。

ラクしようとしていないか。

背負いこもうとしていないか。

賢くやろうとしているか。



友人たちから多くの愛あるアドバイスをいただきながら、

だんだん霧が薄れていくように見えてきた頭の中の未来予想図、

たぶんヨメには見えていると思うけど、コレ、正直どう思う?

おれは間違っていないかな?



一番背中を押してほしいときに留守してるって、本当に困る。