シンプル国に撤退する日本ゲーム軍
http://blog.stack-style.org/2010-02-19-01
CivilizationV。
新作ゲームの発表でここまで心が躍るのは久しぶりだ。
Civilizationシリーズは間違いなくゲーム史に残る歴史的傑作の一つだろう。そして海外のゲーム、PCゲームが優れているという事実の大きな証拠である。海外のゲームは大雑把、日本のゲームは作りが細かいと勝手なレッテル貼りが横行しているが、むしろ逆だ。FPSと叫ぶのが大好きなアンチ洋ゲーにはそう見えるのかもしれないが。
このような海外の良質なシミュレーションゲーム(以下、SLG)をやると、「ああ、日本のメーカーにはこんなの作れないだろうな」と感じる。
まあそんなのジャンルやプラットフォーム問わずいつも感じているが。
日本のゲームでSLGと言うと、コーエーの信長の野望と三国志が挙がる。海外のSLGと比べれば、子供だまし同然だ。リアルを追求した訳でも無ければ、ゲーム性が高いわけでもない。戦国時代や後漢~三国時代を再現したSLG言うより、歴女が思い描くような空想上の戦国時代や三国志演義をゲーム化したようなものだ。そのコンセプト自体はエンターテイメント性を考えれば悪くはないかもしれないが、実際には上っ面だけを再現した薄っぺらいゲームである。
だが、日本でもやはりPCゲームとなるとユーザーの意識も高いようで、いくら有名ブランドだろうとこの2シリーズの近作はユーザーにやたら不評だ。戦国時代と三国志を扱い、武将に重点を置いたSLGが他にあまり無いので競合することも無く、家庭用版もあるのでそれなりに騙し騙し売れてはいたが、ここ最近新作の話を滅多に見ない。日本における戦略級SLGはほぼ潰えてしまったとも言える(ファイアーエムブレムや大戦略などは戦術級SLG)。なぜ日本では海外のような重厚で知的好奇心をくすぐるSLGが現れないのか。
そういえばCivilizationは元々ボードゲームであるが、日本ではボードゲームの文化というのが全く無い。あるのは何も考えずに運だけで決まる人生ゲームやシンプルな将棋などだけだ。複雑で柔軟な思考を要するバラエティ豊かなボードゲームというのが日本には無い。そのこと自体が日本から良質なSLGが生まれない理由にもなるのだが、もっと大局的に見てみると、日本のゲームというのは子供から老人まで楽しめるものばかりだ。
その理由はやはり、日本には複雑なゲームを楽しめるユーザというのが少ないからだ。日本のゲームユーザがCivilizationを楽しめるかという問にYesかNoで答えるならば、もちろん答えはNoだ。別に海外と比べて日本のユーザの知能レベルが低いというわけではなく、日本人でCivilizationを楽しめるような人はゲームをやらないからだ。おかげで日本では「シンプル・イズ・ベスト」という言葉がイエスキリストの神託の如き崇められており、その結果がFF13の一本道である。昔はテレビによる「一億総白痴化」なんて言葉が流行ったが、今はゲームのおいても同じことが言えるかもしれない。ああ、だから脳トレがあるのか。
シンプルそのものを否定するわけでは無い。ライトユーザ向けのゲームは必要不可欠だ。Civilizationを簡略化したCivilization:Revolutionのように。しかし、本当にゲームが好きな人にとっては、ライト向けのゲームというのはどこか物足りなく感じてしまうのだ。まるでCivilizationをスカスカの穴あきチーズにしたCivilization:Revolutionのように。それに、個人的に言わせてもらえば日本のゲームは「シンプル」ではなく「製作者の限界」だ。
シンプルなゲームと言えば、この人もこんなことを言っている。
http://jin115.com/archives/51545424.html
セリフの内容が正しいか正しくないかはともかく、自分の知っている両津はこんなこと言わない。あれだけ狂ったほど複雑なSLGが大好きだったのに。
JRPGって何?
kotaku:スクエニにとって「FF」はJRPGじゃないらしい
http://www.kotaku.jp/2010/02/ff_not_jrpg.html
もちろん、FF13は誰から見てもJRPGではあるが・・・製作者側から見れば、JRPGのつもりで作ってはいないだろうし、当てはめたくもないだろう。ただ前にも言った通り、FFの正式なナンバリングタイトルで発売する以上、JRPGではないゲームを作るという冒険はできないのだ。だから無意識の内にJRPGが出来上がってしまう。
北瀬氏が言っているように、近年ではJRPGとWRPG(この呼び方は初耳だが)の区別や比較が急な盛り上がりを見せている。最近になってOblivionやMassEfect、Fableなど、家庭用機におけるヒット作が出始めたのが原因だろう。
さてJRPGとその他のRPGを比較される際に問題になるのが、「どんなものがJRPGで、どんなものがJRPGじゃないのか」というものである。これは非常に難しい問題だ。
(日本で開発されたRPG=JRPG、ではないことを理解して欲しい。あくまで、日本で開発されたRPGがどれもJRPGに当てはまるだけだ。)
この二つの線引きはハッキリしていない。二つのジャンルを比較するとなると、決まってJRPGはキャラクターが~、だの、洋RPGは自由度が~、だの、両ジャンルにおいて各個人が思い浮かべるソフトの特徴が挙げられるばかりだ。この話題になると誰もが自分の考えるJRPG像と洋RPG像を披露したがる。
個人的にJRPGと洋RPGの区別をするとなると。まず、洋RPGというのはRPGだ。RPGという巨大なジャンルがあり、洋RPGはそれと同一なのである。つまり「洋RPGはこういうRPGのことを指す」という言い方はできない。誰かがこれはRPGだと言えば、それは洋RPGなのだ。
この論でいくとJRPGももちろんそのRPGに含まれる。だが同一ではない。JRPGはRPGの下層ジャンルに過ぎないのだ。アクションゲームという巨大で大まかなジャンルに、格闘ゲームやクライムアクションというジャンルが含まれるのと同じである。つまりJRPGはRPGの中でもかなり範囲を限定されたジャンルである。
ではJRPGとはどんなRPGのことを指すのか?それはちょっと説明するのが難しい。強いて言うなら、「ドラゴンクエスト」のようなRPG、だろうか。これはシリーズの事を指しているのではなく、初代ドラゴンクエストのことを指す。ドラクエ発売から20年以上経ったが、未だにJRPGはドラクエの作ったレールの上を走り続けるだけだ。ドラクエが日本におけるRPGのお作法を作り出し、今も日本のメーカー各社はそれを守り続けている。だから技術が進化してもグラフィックの進化とか戦闘を派手にしたりとかしかできない。さらなる変化をしようと思えば、それはJRPGではなくなる。
この二つのジャンルの線引きは文章で明確に説明することは難しいが、日本人なら誰でもなんとなく理解していることだ。例えばOblivionを日本人はRPGと捉えることができないだろう。アクションゲームと認識するはずだ。日本製のデモンズソウルなんかもそうだろう。日本におけるRPGというのはJRPGの影響が強すぎるからだ。
長い話になったが、実際のところ二つのジャンルの線引きというのは不毛な論争だ。なぜなら線引きが困難なRPGが無いからだ。誰もがJRPGと洋RPGをしっかりと区別できるのだから、わざわざ違いを明確にする必要は無い。
そういえば「スーパーロボット大戦」シリーズのファン達は、登場するロボット作品がリアル系かスーパー系かをどう区別するかというくだらない論争を今も続けている。区別が難しい作品なんて無いのに。せいぜいエヴァはスーパー系だとか無理のある主張が出てくるだけだ。
海外のキャラクターと日本のキャラクター、気持ち悪いのは両方?
日本と海外のゲームを比較する時によく挙げられるものの一つが、キャラクターだ。
海外のゲームのキャラクターと言うと、筋肉ムキムキのゴツい中年男性や少なくとも日本人から見れば美人と呼ぶには程遠い強気な女性がよく思い浮かぶ。もちろんこれは一端を捉えたものに過ぎないのだが、それを言い出すと比較ができないので代表的なものを比較対象とする。
対して日本のキャラクターは、これまた大雑把なイメージだが、やはり思い浮かぶのは見た目も中身もアニメ調の萌えキャラクターや、ジャニーズ事務所のタレントのような歌舞伎町のホストのような美形のクールな少年である。
さて、この二つを比べた場合優れているのはどちらだろうか?と言いたいところだが、その答えを出す前に、「どちらであるのが理想的か」という問に答えが出てしまう。もちろんその答えは海外のものだ。少年少女が訓練された大人やモンスターを軽くひねり倒すのはリアリティに欠けるし、美男美女ばかりというの不自然だ。さらに萌キャラクターとそれを好む人自体の世間の評判がすこぶる悪い。キャラクターに関して言えば、日本のゲームは幼稚だ。
だが、だからと言って日本のキャラクターより海外のキャラクターの方が優れているというのは間違いだ。確かに海外のキャラクターは社会的な理想ではあるのだが、キャラクターというものは別に自然に生えてきたものではない。ユーザに受け入れられるように作られたのだ。つまり日本のキャラクターというのは、日本人に向けて作られたものだ。日本はアニメや漫画が浸透しているし、美男子と言えば前述したような美少年を指す。海外も同じような背景があるのだろう。それらは国に根付いた文化や国民性からくるものなので、批判したり悲観することでもない。日本人なのだから日本のゲームのキャラクターが好きなのは全く問題が無いのだ。同時に、別の国のキャラクターデザインを批判する意味は無い。
日本のキャラクターが幼稚であり、そのキャラクター絶対主義がゲームの作りにまで関わって悪さをしているのは確かだが、いまさら日本人に海外のキャラクターを持ってきて「このキャラクターを好きになれ!」と言っても無駄だ。この点に関して日本人を矯正するのはもう不可能だろう。だが、日本のゲームが誰から見ても海外のものと比べて劣っているのに対し、日本のキャラクターは「日本人から見れば」海外のものと比べて優れている。ならば日本と海外のキャラクターの違いは、単なる相違点であり、別段叩くほどのものでもないのではないか。
ちなみに、ストーリーや演出となると話は別だ。ストーリーのレベルはまだなんとか海外に追いついている感があるが、細かい演出やキャラクターの演技となると日本のゲームは学芸会レベルだ。