初めて私が美容師の仕事に就いた頃は、まだまだ徒弟制度が色濃く残り先生たちと寝食を共にすることに何の抵抗も感じていなかった。
私自身、小さな頃から従業員のお兄ちゃんや、お姉ちゃんのいる、大家族で育ってきたのだから美容師を目指す以上、住み込みはあたりまえ。

初めて他人の釜の飯を食う・・・覚悟はできていた。
自然に受け入れた環境に 戸惑う予定なんてこれっぽっちも
なかった。
習う?学ぶ?
次々に受けることになるにショックは、
その先生方の毎日の暮らしから始まった。

食事のときに使うお箸、お椀、皿、全てが華やいでいて、
料理が運ばれる以前に、すでにデザインがソンザイしていた。
「アート ドゥ ヴィヴル」 アートのある暮らし。
そんなフランス風が身についた恩師のライフスタイル。

このシーンが、私の中で眠っていた何かを目覚めさせた。
新しい感覚でないことは懐かしい記憶で感じ取れる。
(この懐かしい記憶の感覚が今世でないことも・・・)
ここで、吸い取るように、つぎつぎと美しいものに触れてゆくチャンスに巡り合ったのだ。

「高価なもんやさかい、気ぃつけてや」
やんわり京都弁で言われたその一言で、
現実に引き戻される。
まだ若くて幼く、お金の話をする品のない恩師にがっかりしたことを今でも覚えている。

愛でること。
そのものたちに思いを馳せること、
イメージの取り込み方を身に着ける為の毎日のレッスンであることに気がついたのはずいぶん後になってから。
それがひとつの授業であった事を理解した。

私のアンティ-クを購入する条件は使えること。
普段私が使っているコバルトブルーのプレストグラスをこの映画の中で見つけた。
朝ごはんのシーンでオレンジジュースが注がれていた。
同じように使っていたので、映画のおかしさも手伝ってなんだか楽しくなった。


タイトルは: 恋する人魚たち(字幕スーパー版)
  

1960年代の音楽と、ファッションや小さなディテールが60年代な所を見るとこのグラスも1960年生まれかな?
アンティークとはいえないかもしれないけれど水玉仕上げが好きな私のお気に入りの一品。


http://www.fayettevillemuseumart.org/exhibit.htm

フィアットビル美術館は、地域で活動するアーテイストの助成、こども達への芸術教育プログラムを主な目的とするする、非営利団体名称を受ける美術館。市民からの寄付と州から捻出される助成金で成り立っている。

この美術館との出会いのチャンスを作りたかった。
まずは寄付、レセプションへの参加を初め、そうとう長い時間、策に策をねった。
根回し・・・
めずらしく自分らしくないアプローチの仕方にうきうきしているのが妙に笑えた。
丁度、日本のギャラリーガラティアが軌道にのり、アメリカにいる私ができることを考えていたすばらしく絶妙なタイミング。

ディレクターのトム氏とアポイントが取れた連絡を受ける。
いつも束ねている髪を下ろし、
普段しない化粧をし、
一番好きな黒いそれらしいスーツに着替え、
合わせ鏡で後姿にチェックを入れる。
自分自身のイメージが出来上がると、知らない人に会うのが楽しくなる。

ディレクターを務めるトム氏は彫刻家。
このことが今後の流れに大きく影響することは、知る由もない・・・
2000年、秋。
天然のアフロのミーマ。
この間まではピンクの綿菓子みたいだった。
見た目はふわふわだけど触るとごわごわ・・・

アフロウィグデザイナーの記事を読んでミーマ写真を撮りにゆきたくなった。
10周忌を迎えたこともあって私の尊敬する亡き恩師の著書「髪型の知性」をゆっくり読み返していたところでもあった。
現代のヘアーファッションの中でアフロ・スタイルが取り上げられている。

「60年代半ば、アメリカにおける公民権運動は、黒人の屈辱からの開放の運動であった。この運動で注目すべきことは、長い間いわれなき差別を受けた肌の色と縮れた髪を、逆に美しいものとして反逆のシンボルとしたことであった。アフロ・ヘアスタイルは、20世紀初め、髪を切ることによって男女平等を叫んだ婦人解放と同様、明確な主張を持ったヘアースタイルである。 
 それまで黒人たちは、こってりとポマードをのせた縮た髪に、良く焼けた平たい形のアイロンで、ジューと音をさせて油の焼ける匂いとともに一束人束、真直ぐに毛をのばしていたのである。この技術は、まさに聖者の苦行にもたとえられる危険をともなった作業であった。アフロ・ヘアーは、この縮れた髪を、くせのない髪に仕立てる作業からの開放をもたらすものであった。そのことは、いわばアメリカにおける黒人のいわれなき受難の歴史にピリオドを打つものであった。 
 現代において象徴性を持つ特定の髪が、流行の髪形として一般の人々の間に受け入れられるためには、象徴性が弱められ、美的抑揚が加えられなければならない。つまりその髪型を、社会的に個人の好みのままに選択できる段階に至って、はじめてそれが普遍的な流行の髪形として社会に受け入れられることになる。 
 アフロ・スタイルのソウル歌手ジェームス・ブラウンがTVショーで、彼の18番「でっかい声で」を、こぶしを空に突き上げ、「俺は黒人だ。それが誇りだ」と歌ったのはようやく1969年の初めであった。 
 アフロ・スタイルと呼ばれた髪が、ロンドン、パリの人々を魅了しはじめた背景には、ソウル・ミュージックの爆発的な流行があったことは明らかである。」
宇野久夫著/髪型の知性より

アフロウッグデザイナー、
奇抜さでいえばアフロ以上のヘアースタイルが山盛り存在する今、
アフロ・ヘアを選ぶその人、に会って見たい気がする。



アーティスト: James Brown
タイトル: Love Power Peace
ずいぶん長いこと美容室に行ってない。
ほとんど束ねているので、伸びたことにも気づかなかった。
久しぶりにドライヤーで髪を乾かして邪魔なぐらい髪が伸びている事に気がつく。

女を捨てたわけではないけれど 、
美容室にいく時間が作れないままに、装うことの華やいだ気持ちが面倒になっていた。
装うことには体力が必要だから。

そんな私が頼りにしている人がいる。
彼意外にこの髪に触れてほしくない、そう思わせる彼の存在。
彼の時代を読み取るセンスの良さはずば抜けて、
というより、驚くほど私好み・・・をも超えている。

鏡の中の私に向かって臆面も無く語る「僕のミューズ」
みんなに言ってるんでしょう~と思いながらも、悪い気がしないのは、髪に触れる彼の手さばきがあざやかで、ついその気にさせる確かな技術の裏づけがあるから。

それに、私は褒められるのが大好きだ。
そのまなざしが私だけに向けられているものではないと分かっていても幸せな気持ちは止められない。

他愛のない話をして過ごす数時間で10歳は若返った気持ちになるのだから不思議。(10歳はちょっと大げさ・・・)

「マグノリア」という映画だった・・・と思う。
愛や恋や、人生の悩みを分かち合えるそんな美容室がアメリカの片田舎にあって、それを取り巻く母と娘のものがたり。
ストーリーは漠然としか憶えていないけれど家業である美容室にほのかに誇りを持ったことを思い出している。

頭皮を清潔にすること。
髪形を整えること。
美しくデザインすること。
美容師法には規定されない、大切な何かを模索中。

この仕事が天性だと言い切る3代目、
モトキの日々のあれこれを、
髪工房ガラティアから~。

上の写真は2代目、忠。



タイトル: マグノリアの花たち コレクターズ・エディション
うろ覚えだった映画を発見、レビューを見たらずいぶん勘違いしているみたいだけど
もう一度見てみたい作品。
まずはスタッフの紹介から
右からキューレターのミッシェル、
アシスタントのミーマ、
秘書のポラック。