こんにちは、GAFnetへようこそ。
今日は せいじ がお伝えします!

昨日、今日とゲシュタルト療法のトレーニングにお邪魔しました。

久しぶりのリアルでのトレーニングでファシリテーターを2日間して、とてもリフレッシュできた感があります。

そして、私のファシリテーターでの在り様も大きく変わっていることに気づきました。

ゲシュタルト療法とは何かという原点を感じながらワークをやっている感じだ。

ゲシュタルト療法とは、ただ単に気づくというシンプルなものである。しかし、ややもすればセラピストがクライアントを誘導してしまう。

そして、両極を統合せねばならない、未完了を完了せねばならないと言ったゲシュタルト療法とはアンビバレントな考え方が起こる。

その根幹にあるのは、セラピスト側の投影でおり、鵜呑みであり、驕りである。

クライエントが抱える問題にセラピスト側が投影を起こし、シンプルであるはずのゲシュタルト療法を複雑化してしまうのだ。

また、私はセラピストだからクライエントへ弱みを見せてはダメだ、上手くやらねばならないという価値観が顔を出す。

生身の人間としてクライエントに向き合うという、基本中の基本を見誤る。

純粋でないセラピストにはクライエントは心を開かないのだ。

クライエントにはごまかしは効かないということを肝に銘じるべきなのだが。

セラピストがクライエントの前にどの様に存在するのかが問われる。

クライエントが心を開き、自分自身を見つめることのできるスペースを提供できるのか、これがセラピスト側の役割であり、その他は何も要らないのだ。

この2日間は私の2年間のブランクを測る資金石でもあったと思う。

私の感覚は鈍っていなかったと確信できた。

逆にこの2年間ゲシュタルト療法を客観的に見てきたこと、また、現実の中だけでゲシュタルト療法を実践してきたことで私のゲシュタルト療法は原点回帰できたと実感できた。

とても私にとっても実り多い時間となった。

参加した皆さんに感謝したいと思う。
そして、これからの日本のゲシュタルト療法、また、学会をどのようにするのか、考えていきたいと思う。


GAFnet(ゲシュタルト.アート.フォーカシングネット)が主催する各種ワークショップやセミナー、カウンセリング等につきましては、

2021年11月より、密を避けた安心安全な環境に配慮し、少人数での開催を予定しております。

また、オンラインによるWebセミナー等も実施しています。お気軽にご相談ください。

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今日は せいじ がお伝えします。
2022年がやって来ました。皆さん、新たな年の始まりをどのようにお過ごしでしょうか。

私は恐らく寝正月になるのだと思います。大晦日から3日まで実家で過ごします。

今年はコロナも落ち着いて何とか帰省できましたが、オミクロン株が油断できませんね。

こんな時こそ、今ここの現実に存在することに立ち返る必要がある。

色んな情報が交錯する現代において、私たちはどんな情報を信じていいのか、わからなくなる。

そして、ただ単にそんな情報に踊らされ、右往左往しながら不安を増大させる。

不確実な世界の不確実なものに対して私たちは敏感になり、何を信じていいのかわからなくなる。

過去に後悔し、未来を想像することで不安を抱く。

こういう時だからこそ、原点へと帰る必要がある。

それが今ここに存在する現実である。

私たちの今は確実に存在する。これには不確実さは微塵もないのだ。

私たちの身体は確実に存在する。そうでなければ私はここに存在しない。

不確実でない、確実なものはこの2つである。

この2つによって私たちは生きる必要がある。

私たちの身体に備わる感覚を使い、今ここに存在する現実を直視することが必要だ。

過去に後悔し、未来を不安に思いながら生きるなら、私たちの存在はないこととなる。

現実を直視することは、時にはとても辛いことかも知れない、苦しいことかもしれない。

そして、現実に向き合うことでしか、その次にやってくる未来を描くことはできない。

現実の中に既に未来は含まれているのだ。

もし、私が生死に関わる病気となった時、その不安から現実を直視しなければ、私は生きる選択はできないのだ。
生きるなら、現実の病と向き合い、治療の道を必死になって探すしかないのだ。

私たち生き物は今ここを精一杯生きるために生まれている。

未来への不安が大きい、今の状況において、私の進む方向を見失わないためにも、今ここを精一杯生きようと思う。

未来とは、今の生き方が重なりながら、繋がりながらできているのだから…


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今日は せいじ がお伝えします…

先日、熊本で豚足の自動販売機を見つけてしまいました。珍しかったので写真撮ってしまいました!

12月も既にクリスマスも過ぎが過ぎ終わろうとしている。
あっという間に2022年が訪れますね。

2021年は私にとってはとても激動の年となった。

そして、私の人生の一つの分岐点でもあったと思う。

以前ブログでも書いたように年老いたライオンはやっと戦うことに終止符を打った。

それまでの人生において多くの戦いに挑んできた。

激しい戦いにはもう疲れた。

誰と戦っていたのか?
そう問われると、本当の戦いは私自身との戦いだったのだろう。

ゲシュタルトで言うところのトップドックとアンダードックとのバトルである。

普段は大人しくしている私の感覚が、ふとスイッチが入った途端、

勝たねばならない、負けてはならないと言う私のトップドックが頭をもたげてくる。

私のアンダードックはダラダラした、だらしない、勝ち負けなんかどうでもいいんじゃないと言う。

本当の私はアンダードックなのだが、トップドックは子供の頃からこれまでの私の人生において学習した他者の価値観である。

特に父の影響が大きいというのはわかる。何事にも頑張り続けた父であったから…
何くそという強い気持ちを持った父であった。

それは父の生まれ育った環境も影響したと思う。
父は1939年、日本が戦争真っ只中に生まれ、恐らく、経済的には恵まれていなかったと思う。

そういう体験をした父は私たち家族には不自由をさせてはならないという気持ちで必死に働いてきた。

そんな父の姿を子供心に見ていた私は、父の影響を大きく受けた。

そんな私もあと何年生きるのかわからない。
私は私の人生を生きる。

何か穏やかに生きることを身体は求めている。
ダラダラとした、ぐうたらでゆっくりとした人生を生きたいと思う。


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今日は せいじ がお伝えします。


私は洋服にはお金をあまりかけない。UNIQLOが関の山だ。

しかし、さすがに寒くなったので、アウターを持たない私は昨日チャイハネで暖かいアウターを買ったが、私にしては大きな出費の買い物だった…

写真のアウターがそれだ…

さて、個人ブログでも書いているのだが、この一年はゲシュタルト療法へと固執しない私を感じている。

誰かのために、何かのために、という感覚が薄れ、私のためだけにゲシュタルト療法を活かせればいいかぁという感覚が大きい。

個人ブログで、
”戦いは終わった 年老いたライオンの今”というブログを書いた。

何か、書いて、そしてそれを読み返して、私はすっきりとしている。

本当にこれまで戦ってきたことを実感し、もう戦うことはやめようと思えている。

ゲシュタルト的に言えば、戦うということにこれまでどっぷりと浸り続けてきた、そして、その戦いにもやっと飽きたということだろう。

私の中の未完了がやっと完了した、そんな感じだ。
今はとても穏やかである。

必然的に私はこの1年間はゲシュタルト療法から離れなければならない状況であった。

そして、人生を見直すという機会にもなった。

恐らくそんなことが私の戦いを終結させる一つとなったのだと思う。

私の戦いはずっと続いていた。

それは今は亡き父との戦いであった。

私は父に勝ちたい、父を超えたいと思い続けてきた。

何度も何度もゲシュタルトでワークをやった。

そして、そのたびに父との戦いには終止符が打たれたと感じた。実際に私は父に勝たなくてもいいんだ、父を超えなくともいいんだ、というワークをやった。

その時に身体全体の力が抜け、父を私の中に受け入れた。私はそのワークで父との戦いは終わったと感じていたし、その時はとても穏やかな感覚を得たのも事実だ。

しかし、私の戦いの感覚は沸々として私の体の一部に残っていた。

今、過去を振り返ってそれがわかる。

このことを身体全体が本当に理解するまで15年かかった。それは私が年を重ねてきたこともあるだろう。

戦うエネルギーが薄らいできたこともあるだろう。

生き物は戦うエネルギーを全てが持ち、それにより自らが生きる術を手にしてきた。

今、私は年老いたライオンとなった。年老いたライオンには年老いたライオンなりの生き方がある。

やっとそんなことが理解できる歳になったのかもしれない。

年老いたライオンは穏やかにこれからを生きていたい、そう思う。

そして、大切なものが脅かされる時には最後の力を振り絞り、戦いへと向かう、そんな覚悟が今はある…




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月曜日は、凜がお伝えします。


今年も後一ヶ月になりましたね。

やり残したことはありませんか?

先送りにしていることはありませんか?


こんな言葉を自身へ問いかけています。

やりたいことを選択しているかな?と。


さて、SSWで担当している中学校で、今週2時間の授業をさせてもらえることになりました。150人くらいの小さな学校ですが、中学生のエネルギーを想像するとワクワクしてしまいます。


先日もニュースになっていましたが、中学校で悲惨な出来事がありましたね。依頼されたのは先月だったのですが、タイムリーなワークショップになって欲しいなと思います。


テーマは「私もあなたも大切にするということ」にしました。


コロナ禍の中での授業なので全体で何が出来るのか未知数です。


大人と違って、良くも悪くも一瞬で空気が変わります。何を感じて、気づいてくれるか楽しみ。


気づきが、その時意識にまで登らなくても、経験することが大事ですね。


ゲシュタルトのトレーニングで培った経験ですが、


その場を共有し、一緒に笑ったり、感じたり、、、そうやって身体が緩んでいく。


それだけでいいなと思います。


安心できる場をどれだけ作れるかは、人数が増えると難しいけれど、先生方のサポートをもらいながら進めたいなと思っています。


私たちが元々持っていた能力に気づき、からだが緩んでいく。

自分自身を、「ただわかっておく」ことが、ほんの少しでも伝わると良いな。


木曜日が楽しみです。


(お知らせ)

個別カウンセリングをご希望の方は、凜へ直接お申し込みください。zoomカウンセリングもやっています。

また、GAFnetのワークショップのお問い合わせ、或いはGAFメンバーへの個別のカウンセリングのお申し込みは、080 3375 6349(担当 堤)までお願いします。

最後までお読みいただきありがとうございました。


おはようございます。

GAFnet ブログへようこそ、
今日は せいじ がお伝えします!

本当に寒くなりました…
私にとってはあまり好きではない季節の到来です。

夏生まれだからなのか、私は冬よりも夏の方が好きです。冬はどちらかと言えば苦手な季節ですね…

久しぶりにお昼から鮨とビールでランチをしました。とても美味かったですね。

この一年、これまでのゲシュタルトへ取り憑かれていたことが嘘のようにあまり気にならなくなりました。

ゲシュタルト療法に飽きたからとか、そう言うことではないのだが、ゲシュタルト療法にこだわりがなくなったと言う表現が適当だろうか。

これまで何かゲシュタルト療法を成し遂げるのだという肩肘張った感覚がどこかにあったように思う。

少しそんな感覚を手放した、そんな感じだ。

何のためにゲシュタルト療法を学び実践しているのかと言う原点に立った時、それは私のためにやっているということは理解している。

そして、少し距離を置かざる得ない状況が偶然か必然かはわからないが私にやって来た。

少し、ゲシュタルトと距離を取ってみると、とても心地よい感覚があった。

それは、私が日本のゲシュタルト療法を引っ張っていくんだという傲慢さや驕り、固着した考え方が私の片隅にあるということに気づいたからだ。

私のためにやっているゲシュタルト療法を何か履き違えてやっていることに気づいた。

今も手放したことで私の感覚はとても心地よく、肩に力が入った感覚もなく、自然にゲシュタルト療法というものを受け入れている、そんな感覚だ。

どうしてもそのことにのめり込んでしまうと近視眼的になり、周囲が見えなくなってしまう。

すると何かわからないが周囲へ巻き込まれてしまうこととなる。

今、ゲシュタルト療法界隈で起こっていることはそんなことなのだろうと客観的に観ている。

以前はその中に私がのめり込み、それが正しいと思ってきたのだが、今は少し違った感覚がある。

日本のゲシュタルト療法、大丈夫かい?

そんな感覚だ。

日本のゲシュタルト療法に火がついてから10年以上が過ぎた。

海外とのコンタクトもできてきた。

様々なことが10年以上前からすれば変わっている、それは正しい。

しかし、様々なことの変化が本当にこのままて良いのだろうかと思うことが多々ある。

最初の変化はどんなものでも受け入れるべきだ。そして、様々な変化を受け入れる中でこの変化は少し違うのではないかという判断が必要な時期が来る。

今の日本にはそれがない。

ゲシュタルト療法という枠組みの中で何をやるのかというベーシックな考え方が欠けている。

10年以上前の良さはベーシックさであったと思う。

ベーシックなことしかできないということがとても良かった。

今、ベーシック編を知らないがままに応用編に突入している人々が多く、それを日本のゲシュタルトも良しとしている風潮がある。

そして、その応用編がとても良いものだと思い込むものだから、そのことを真似ようとする。

するとまたまたベーシックなゲシュタルト療法から遠ざかってしまう。

それはどんな組織にも言えることだが、驕りや傲慢さが出てしまうと、その組織は衰退の一途を辿る。

今、金融機関でも大きな問題となっているところがある。それも奢りや傲慢さがもたらしたことだろう。

日本のゲシュタルト療法にそんなことが起こらないことを願う。

迷ったなら、必ず原点へと立ち返る必要があり、それがベーシックということだ。

ゲシュタルト療法はただ単なる気づきの療法であることへと立ち返る必要がある。

様々な技を駆使してクライエントへ向き合うことは必要ない。

私は肩の荷が降りてとても楽である。

他者と比較することはとても多くのエネルギーを使い、疲れる。

誰のためにゲシュタルト療法を学び、実践しているのかということを改めて考えてみる必要があるだろう…




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月曜日は、凜がお伝えします。


先日、初めてフットサルの試合を見に行きました。ルールを詳しくわかっている訳ではないけれど充分に楽しめました。サッカーよりも目を離せない感覚、よそ見が出来ない感覚でした。


何かに夢中になるってやっぱりいいですね。


私も長いことゲシュタルト療法に夢中です。

飽き性の私が唯一心変わりしていないものです。


何がこんなに飽きさせないのか。

それは、

私を自由にしてくれたこと、

私のやりたいことに気づかせてくれたこと。

どんな私も私だと知ったこと。

今をどう生きるのかを意識化できるようになってきたこと。


まだまだあるけれど、ほんとに飽きないのです。


先日、校長先生からメールが来ました。


「先生は無理してまでも頑張ってくださるので、今日はゆっくり休んでください」って。


私、そんなに無理はしてないですよと伝えても、そうは思ってもらえない。きっと校長先生の投影なのだろうと思います。もちろん、やりたいことをやる時は、少しくらいの無理をすることはあります。だってやりたいことですから。それは、やらされている無理ではなく私がやりたい無理なのですよ。


普段からやりたくないことはやらないようにしている私とは違う立場の先生だから、私のこの感覚をわかってもらえないだろうなと思います。先生、私はほんとに楽なんですよ。


こんなゲシュタルト的な生き方だから、私がゲシュタルトをやめるわけないですね。

そもそも、一度経験したことを無かったことには出来ないですね。


フォーカシングも同じように一度経験している(ゲシュタルトもフォーカシングも学問のように学んだという経験ではなく、ミニ悟りのような感覚があったという意味)と、その感覚を一生大事にしていけると思います。


それは大好きなスポーツや趣味をやめたくない気持ちと同じようなものかもしれませんね。


今朝は雨模様の鹿児島です。

どんなゲシュタルトな1日になるのか楽しみましょう。


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今日は せいじ がお伝えします。

11月も終わりに近づき、そろそろ、師走の足音が聞こえてきます。

去年の今頃は私にとってあまり良い時期ではありませんでした。この後、大変なことを体験するからです。

今年は去年に比べればとても良い毎日だと感じます。

こんな普通の日常が退屈でないと言うのは、もしかしたら一番の幸せなのかもしれませんね。

私たちは他者と比較して、私は幸せだとか、不幸だとか決めつけてしまいます。

そんな風に生きてきたのですからそういう決めつけも仕方ないのだと思います。

一方でそれは私が私自身を評価しているだけですね。

私たち一人ひとりは”私”という固有の存在です。

一人として私と同じ他者は存在しない稀有な存在だということです。

そして私たちは生まれてからこれまで、他者と比較しながら生きてきました。

このことが全て悪いわけではなく、他者と切磋琢磨して自らを高めるという良い面もあります。

また、客観的に私を見つめ直すことで新たな私に出会うこともできます。

しかし、そのことで私たちが稀有な存在であることが忘れ去られてしまいました。

どんな私も私自身であるということを受け入れる、認めるという感覚ではなく、他者はどうなのだろうか、他者と比べると私は劣っている、もっともっと他者のようにならなければならない、などと言う不安に駆り立てられながら生きています。

しかし、よく考えてみてください。

他者の誰が私になれるのかと言うことを…
他者の誰が私と言う存在の全てを知っているのかと言うことを…

それは私自身にしかできないことであり、私が私を受け入れる、認めなければ、他の誰がそうすることができるのでしょうか。

隣の芝生は青く見えるのかもしれません、しかし、私の人生を生きるのは他者ではなく、私自身であるはずです。

私自身を私が信じなくて誰が信じるのでしょうか。

私自身を私が受け入れたり、認めたりしてあげなくて誰にそのことを期待しているのでしょうか。

唯一無二の存在としての私には多くの素晴らしいものが詰まっているはずです。

そんな多くの素晴らしいものを隠さずに表舞台へと登場させてあげましょう。

私の人生は今よりももっともっと輝くものになるでしょう。

私が気づいていない私には多くの可能性が秘められ、その私を見つけることこそが重要なのだと。

8年ほど前にdisowned partというトレーニングを受けたことがあります。

私から切り離された私を取り戻すというトレーニングです。

その当時、私はどちらかと言えば優しさよりも厳しさが前面にでていました。そんな私に隠されている優しさの部分を表舞台へと登場させるトレーニングです。

それからなのか、優しさを出すこともわかるようになったと感じます。

色んな私を受け入れ、認めてあげましょう。

全てが意味ある私自身なのですから…



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月曜日は、凜がお伝えします。


鹿児島も秋が深まり、温かい飲み物が欲しくなる日が多くなってきました。

SSWをしていると、時々コンビニ弁当になる事があります。(朝、おにぎりひとつ握る余裕なかったんかいと突っ込みたくなりますが)まぁ、温かいものを食べられるのは、やはり幸せだなぁとしみじみ思えたりして、良いこともありますね。


先日、あの子、ご飯どうしてるのかな?そんな話題になる事がありました。


最近、ヤングケアラーと言う言葉もよく耳にしますね。


ただ、判断が難しいなと感じることもあります。

例えば、ひとり親家庭で、親のいない分を兄弟で補って親を助けているとしたら、それはヤングケアラーと呼ばれるのだろうか?


いろんなことには、全て意味があって、それは必要としてやってくる。


この家庭が修復できるチャンスだとしたら、ヤングケアラー的な事に見えても、必要な時間なのだと思う。その経験がその家庭の絆を強く太くしていく可能性もある。


周りからは無理してるのではと思われても、その時期、その無理がその子を支えているかもしれない。(決して無理すべきだとは思わない)


それなら周りのサポートはどうしたらいいのか、


連携を密にして、子どもの日々の状態を把握して、ヘルプが出せる関係を作っておく、という事だろう。


そして、親子とその関係機関がどのような関わりがあるのかはとても重要だと思います。


先週、SCの仕事が終わり、午後から少し空いたので、映画「そして、バトンは渡された」を見ました。


血の繋がらない父親との生活ですくすく育っていく姿を見ながら、誰が育てるかが問題ではなく、どのように関わっているか、向き合っているかが大切なんだなと思いました。


ひとり親であったとしても、その時、子どもとどのように関わっているのかが、子どもを成長させることに影響するのだと思います。


今、それぞれに必要なバトンを持っているとしたら、、、

私は、どのように人と関わっているのか、

日々、やれることをどのようにやっていくのか、問われている気がします。


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最後までお読みいただきありがとうございました。


おはようございます☀
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秋から冬へと季節は変わりました。熊本も寒さが身に染みてきました…

最近、少し違和感を持つことがあった。
しかし、このことを言葉にするのは難しい。

何故なら、影響が計り知れないからだ…

社会に生きていると様々なことが起こる。
その様々なことをどのように捉えるのか、この辺りが重要だ。

組織においてよくわからないバイアスがかかることがある。それはとても大きな影響力を持つ人の発言や行動によることが多い。

そして、その人の周りに群れる人々がいる。
その人がその組織で一番偉いのだと思い込み、その人の言うこと、やることは全て正しいことだと勘違いしてしまう。

そして、その人が褒めちぎってくれると私は認められたんだ、私の将来が開けていると、自分の現実を見ようともせず酔いしれ、実力がないのに実力があるのだと大きな勘違いを起こし、そのことに気づかない。

これは逆の面から言えば、その影響力を持つ人のゲームでもある。

自分自身に従わせるための一つのやり方だ。

人参をぶら下げて将来を保証したかのような、あるいは、実力もないのに実力があると認めるような言動や行動をとる。

そうなれば、やはり言われた方はその人に盲目的となり、その人が右に行けと言えば何も考えず右に行くことになる。

そこには自律という言葉はなく、自主性も主体性もない。客観視できない、従順な人形化した私がいるだけである。

しかし、そのことに酔いしれ、自分の愚かさには何も気づいていない。

側からそのことを見ていると、とても滑稽に思える。

そこには本当の私に気づく術はないように思える。

何か自分の弱さを隠すために、その人に巻かれることで平静を装っている、それが自らを守る一つの術なのかもしれない。

そんな人々は自分の内側へと正直に向き合うことができない。
向き合わないために、そんな自分の内面を見ないために、その弱さを隠してくれる人の言葉を都合よく信じてしまう。

群れる人々にはみんなに共通したパターンである。

例えば、私の周りにいるそんな人々、
例えば男性の影響力のある人へ群れる人々は、何か身近な男性、例えば父親へ認められたいという欲求が働いており、その男性へ父親を投影しているように思われる。

しかし、そんなことには気づくことはない。
向き合うことができないのだから…

そして、そんな群れはどんな方向へ向かうかという目的が曖昧であり、現実に生きていないように感じられる。

そして、群れの中のボスは周りから操作されていることに気づかない…



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