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月曜日は、凜がお伝えします。


最近、チビーズたちが、合気道に通い始めた。

毎週土曜日だが、土曜が来るのをとても楽しみにしている。自分のやりたい事をやるときは、とても動きが早い。ほんとに身体が喜んで、弾んでいる。


私はといえば、、最近、身体が弾むようなことがあったかなぁ。

公園の桜に気がついた時もそんなに弾んだかな?

あっ、この前の散歩でタンポポの黄色には心動いた。


学校近くの八重桜にも少し弾んだ。


念願の母の退院も心弾んだ。


小さな弾みは思い起こせばいくつも体験しているなぁ。


以前ゲシュタルトトレーニングの時、守ちゃんに言われたことがあった。


赤ちゃんは産まれて、出会ったもの全てが新しいけれど、だんだんいろんな事を経験していくと、「あっ、それ、知ってる」というように感動が薄くなっていくって。


それを聞いて思った。

それは、瞬間の、、、今ここの体験を薄めることでもあるんだよなって。


それと同じだね。


日々、楽しいこと、嬉しいこと、きついこと、、、いろいろ起きているけれど、体験そのものを薄めて生きているのかもしれない。


もちろん、苦しい時は薄めることも必要だけれど、そうではないものも薄まって、心が弾まなくなってしまっているかもしれないね。


でも、私はやっぱり、弾んでいたいな。

小さな出来事にも弾んでいたいな。


どんな人に出会えるか

どんな事に出会えるか、


今日も楽しみ!


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今日は、ダラダラと気持ちの整理しています。


先日、久しぶりに凹んだ。

久しぶりにめちゃくちゃ自分をジャッジした。

久しぶりに2年間の反省会をした。

一人で車を運転しながら「こんなに私は頑張ってきたのに」と言う気持ちを振りかざして、相手を想像した。相手が個人ではなく大きな組織であることに圧倒され、、、


苦しくなった。


足りないことだけを探した。

どこが足りなかったのか、、

何をしたら良かったのか、、


苦しくなった。


そんな時、

「やれることはちゃんとやってきたよ」

「上手くいかないこともあるよ」とか

そんな事をいくら自身へ伝えても

自分の中に入っていかないのがわかる。


どんなに認めようとしても

染み渡らない。


その組織の中には関係が良かった人もいる。

コミュニケーションを取りたいと思ってやってきた時もある。

相手に合わせ過ぎた事もある。

諦めたこともたくさんある。

愚痴をこぼした事もある。


んんん、、、やっぱり、完璧な自分がこんなにもいるんだな。

100人いたら100人に認められたいと思っている自分がいる。

そのために努力して、、、一生懸命になって、、、


だから、

こんなに頑張ってたのにと言いたくなるんだなぁ。

だから、

上手くコミュニケーション取れないと凹むんだなぁ。


私はわたしのままでいいんだ。

普段はほぼ、そう思えている。(と思っている)


しかし、弱い自分を認められなかったんだなぁ。

認めてしまうと壊れそうな怖さがあった。


怒ってる自分を認められなかったんだな。


私の悔しさが溢れてくる。

微かな何かが幕を貼って私を一人にしていく、、そんな感覚が襲ってきた。


薄い幕、、、

人は違うと言うことをどこかで認めてない私がいるのか、、、

表面的には、、、頭では、理解している。


心の奥底の

「差別」かもしれない。


あーー。差別かぁーー。


私が私を見下している時、それは他者へもその思いがあるという事だ。


「私はダメだ」と言い続けるかぎり他者に対してもそんな思いで見てしまっていることになる。


心の奥に

「私はダメで人はOK」という図があるんだなぁ。

交流分析で言うところの「You are ok. I’m not ok. 


だから何?

それではだめなの?


いえいえ

「ただそうだ」と言うこと。

ジャッジしないとはこう言うことだな。


そうだった。

この「ただのわたし」をどうしなくてもいいんだよ。「ただのわたし」のままでいいんだよ。


「全ては必要として起こってくる。」


そうだった。

避けようとしても避けられない。


無理しなくていいんだ。

きついなら逃げても隠れてもいいんだ。


りんちゃん。

案外いいかも!!


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先週、中学校の卒業式がありました。関わっていた子どもたちの中に卒業する子どもたちがいたので参加したのですが、その子どもたちも卒業式に参加できてホッとしました。

自粛の中、とても温かい式でした。


これからの高校生活を思えば心配はないとは言えないのですが、子どもたちなりにちゃんと考えているのだなと思います。


カウンセラーをやってきて、どんな人も機が熟せばちゃんと芽は出るんだと痛感します。そして、進んでいないように見えても、子どもたちなりのスピードで前に進んでいるのです。


私自身も、心がバタバタすると余裕が無くなり、ダメな部分にだけ目を向けてしまいそうになります。


なんで?全く出来てない!

もっと何とかならないの!


などと自分を責めてしまって、苦しくて疲れて、


挙げ句の果てに家族にイライラをぶつけてしまったり、、。

周りはたまったもんじゃないですね。


だから、

こんな時こそ自身を信頼して、呼吸して、


「きついね、きつい中よくやってるね、ほんとよくやってる。」


「きっと、何か必要があって今があるんだよね」、、、と自身に伝えます。


ダメだと思う所も時には許してあげましょう。


だって誰よりも自分自身をわかっているのは、私自身なのですから。


ちゃんと、自分なりのペースで進んでいるのですから。


どんな人にも、、、もちろん私自身にも、明日は開かれているのですから。


子どもたちの卒業を経験し、また新たな気持ちで私も進んで行きたいなと思いました。


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最近読んでいる本の一節に「カウンセラーがベテランと言われるのは25年かかる。」と書いてあった。すごくホッとした私がいる。


私はまだまだ中堅というところ?


いいんだなぁ、、。


これでいいんだね。


大きなものに押しつぶされそうになって、自分自身の大切にしてきたことを見失いそうになっていたかもしれないなぁ。


これでいいんだね。


大切な人の

大切な人生を

大切にできるような、

そんな関わりをしたい。


表面的な何かに流されていたとしても

また戻ればいい。


それぞれが自分の軸を見失わないように

そばにいたいな。


そのためにも私が私でいることを忘れないでいたいな。


そうそう、犬の散歩道で、たんぽぽ見つけた。


見てと言われてるような眩しい黄色を放っていた。


根拠はないけど、、、上手く行くかも!そう思えた。

うん、きっと上手く行く。


私はわたしなんだもの。


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先日久しぶりに新潟の友だちから電話をもらった。一時間くらい話してた。

私の尊敬するゲシュタルト仲間の一人だ。

最初は近況報告だが、話しているうちに自分の生き方を問う時間になった気がする。


二人とも大切にしているものが近いのだろうと言ってもらえて嬉しかった。


彼女は、問題のある子どもたちの支援をずっとしてきた人で子どもたちとの関わりの中で、親の面談の必要性を強く感じると話していたが、それは私も同感。


親の困り感を受け止めていかない限り何も進まない気がする。


この前も学級崩壊寸前のクラスの相談があった。明らかに発達に特性が見られる子どもがいて、その事でクラスがまとまらない。それを見ていて体調を崩す子どもがいる。親からは、どうなっているのかと問い合わせがきたり、臨時PTAが開かれたりとクラス全体が落ち着かない様子。


そんな中での当事者の参加はきついだろうなと想像できるが、子どもの状態をしっかりと見ることができないのか、見たくないのか、、、避けているのかもしれない。


本人は、きっとたくさんの困り感を抱えていると思うが、親がその事を受け止められず数年が過ぎているようだった。


親もどうしていいのかわからないのかもしれない。


ほんとに辛いのは誰なのだろう。

ほんとに困っているのは誰なんだろう。


それは、間違いなく子ども自身だ。

少しでも早く気づき、いろんなサポートを受けられるようにしたいなと思う。

そうしたら、少しでも傷つかないですむはずだから。


それでも、本人に会えなかったり親にも繋がらなかったりする事も多い。

会えて話を聞けたとしても、急展開することはそんなにはない。

物事が思うようにいかないことの方が多いかもしれない。

そんな出来事が続くと一瞬無力感に襲われる。

自分の存在意義を問うこともある。

私が何かを出来るわけではないと頭でわかりながらどうにかしたい私が時々出てくる。


そして、また、自分に問う。


私は何をしたいのだろう、、、


そんな時の友だちからの電話はありがたかった。私のカウンセリングになった気がする。


ほんとにありがたい。


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先日、発達が気になるお子さんの関わり方について、幼稚園の先生方へ指導されると聞き同席させてもらった。


指導された先生が「固有覚の問題」と何度もおっしゃっていた。


固有覚は固有感覚ともいう。

私たちは、五感は自覚しやすい感覚としてわかりやすいが、固有感覚のように自覚しにくい感覚は基礎感覚で、その他平衡感覚や触覚もある(触覚はどちらにも入る)ようだ。


固有感覚は、

1.位置覚(身体各部の位置)

2運動覚(運動の状態

3抵抗覚(身体に加わる抵抗

4重量覚(重量を感知)


身体内部の目のような働きをして、身体や手足をどのように動かすかなど筋肉の力の入れ具合などを感知する働きだ。


例えば、ハサミを使うとか、折り紙を折るなど指先を使うことでトレーニングになるよとその先生は言われた。


大人の発達障害と言われる方々をカウンセリングしていて、身体の動きが気になることが多いが、幼い頃はもっと顕著に現れていたのだろうなと思う。


多動の子は、目につきやすいからサポートも受けやすいが、不注意の子は、ボーッとしている子だとか、おっとりだとか言われてあまりサポートを受けていないことが多い。


ADHDと診断されていなくても、その傾向のある人は多いのにサポートが行き届いていない。何故ならあまり人に迷惑をかけないから。


学校でも、頑張って人に合わせていたり、ニコニコしていたりする。

そして、中学生になって耐えられなくなり不登校になったりする子もいる。


親子関係にも気になるところはあったりするが、それは2次的なもので、育てにくさから親がイライラしたり関係を築きにくかったりするのだろう。


SSWは、その辺りの見極めをいち早くすることが大事なのではないかと最近思う。

家庭環境か、子どもの特性か、身体的なものかなど見極めて、多方面に繋いでいきたい。


少しでも早く、誰かが気がついて支援の手を伸ばすことが出来たら救われる子どもは多いはず。


福岡から桜島に来て殺された子どものニュースを見て胸が苦しい。児相も動いていたようだが、何が足りなかったのだろう。


繋ぐためにも、まだまだ勉強したり経験したいなぁ。


できることなら知っておきたいと思うことが山積みだ。


まだまだSSWは2年目。初めてのことが多い。15年以上やってきたスクールカウンセラーの経験を活かし、より良い支援に繋げられるといいな。


今日もやれることをやるしかない。


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もうずいぶん前の話。自主トレをしていた時、ちょっと辛い話を聞いてもらった。相手は、邪魔せず、ちゃんと聴いてくれたと思う。

次の日、友だちからの電話で同じ話題をたまたま話した。その友だちはカウンセリングとか心理とかをやっている人ではなかった。ただこんな事あったんだぁという程度で話した。しかし、何故かとってもスッキリした。


その後、カウンセリングの仲間と違いは何なのかを話して「友だちだからかもね、、、」というところに落ち着いていた。


しかし、今思えば、あれが「対話」だったんだとはっきりわかる。自主トレの相手もきっと傾聴してくれたと思う。ただもしかしたら、「からだで受け取り」、そのからだが感じたことを「ありのままに表現」していたのかはわからない。

当時は、友人は同感してくれたからスッキリしたのかな?自主トレではちゃんと共感してくれたけれど???と思っていた。


ここ数年、対話的ゲシュタルトということをいろんな場面で耳にする。ゲシュタルトは私にとっては、「生き方」だと言ってきたから、技法的な感じがして、少し違和感がある。


自分自身のからだを通して感じた事を表現し、相手と繋がること、これが対話である。

「今ここの私」で相手と繋がる。

例えば、焦っているなら焦っている自分に気づき、悲しいなら悲しみを持った自分に気づいて座っていること。それ以上でもそれ以下でもない。余計なことを挟まず、「今ここの私」でいる。


フォーカシングは、ずっとそうしてきている。というか、それがフォーカシングだ。フェルトセンスからの伝え返しが相手に届くのは、それこそ対話であるからなんだと改めて思っている。


同じく私の中ではゲシュタルトもそうである。

そして、相手や自分自身に対する慈しみを持った私として存在しようとしている私がいる。

まだまだ、修行中。

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コロナで世の中が騒ぎ出してからあっという間に一年が過ぎ、いろんな新しい形の生活が始まっていますね。

そうせざるを得なくて形が変わった人もいるでしょうし、自ら何とか打開策を考え変えて行った人も多いと思います。


どちらにしても、今までとは違う中でどのように生きていくのか、自分自身の選択なのだと痛感しています。


目の前に変わるチャンスがたくさんあったとしても、それを私自身が手に取らなければ何も変わりません。


変わりたい変わりたいとジタバタしても変わらないと思います。


今、私が必要としているものが何なのかを見極め、ひとつひとつをきちんと受け取っていく時、何かを手にするのではないかと思うのです。


焦ってもダメ。


諦めてもダメ。


自然体の身体で、欲しいものを手にしてみる。


選択した自分自身を信頼して、選択したことを、とりあえずやってみる。やりきってみる。


それが必要なら続いていくし、そうでないならそうではないだけ。


私の勤務するクリニックで、コロナワクチンの接種をどうするか確認がありました。

感覚的に「NO」だったので、今は受けないことにしました。クリニックの他の皆さんも受けないということでした。


いかに安心が大切かを知った気がします。


これも変わるための選択だと思うのですが、どんな選択も安心、安全が大事です。


時には、ある程度の危険を冒してチャレンジすることもあるかもしれませんが、自らの命に関わる事には慎重になりますね。


皆さんの選択はどうですか?


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最近の気づき


私はどうも、道に迷うということに対して底知れない怖さを持っているようだ。

そんな事にふと気づいた。


ふっと湧いてきたような感覚。


ん、、上手く言葉に出来ないけれど、、、


それもテーブルの下に孫がこぼしていたお菓子のクズを拭いていた時に、またその感覚が湧いてきた。


そう言えば、初めての場所に行く時、とても用心深く場所の確認をしているなぁ。

友だちは、ひとりが楽だとか、間違えたらそれもまた楽しみだとか言ってくれるし、私も頭ではそう思っていて、そうやってきた。


でも、例えば初めての場所で仕事する時、ワーク会場の確認をしておかないと落ち着かなくて、ほんとにドキドキする。


楽しめばいいと頭で言い聞かせてきたけれど、心の奥底には、薄い幕のように何かがあってじわじわと怖さがある。


誰かと一緒だと全くその感覚はないのだが、一人ではやはり怖い。


どんな風に怖いんだろう。


迷ってしまうかもしれない。


辿り着けないかもしれない。


今、どこに自分自身がいるのかわからなくなる怖さ。


足元がなんかスースーして足元がふわっと緩い感じ。


底にギューッと引っ張られてしまいそうな感覚になる。


人生においてもそんな感覚があるんだろうか?


先の見えないことに対して、とか

選択する事に迷っている時とか、、、


うっ、誰かワークしてぇ〜。


これまではフォーカシングして「怖さがあるね、あるのわかってるよ」って自分と付き合えば、その時はちょっと楽になるからそうやってきたし、今回もそうすることもできる。


「怖さからの人生の選択」という点でワークしてみたいなぁ。

今は怖さを持ち抱えられているから、焦らずしばらく抱えていてみよう。それも大事なことだね。


自分自身で、逃げずに抱えていたら、また次に必要な事が浮かんでくるはず、きっと。


人生は、なるようになるんだから。


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GAFnet Blogへようこそ...

今日は せいじ がお伝えします。
熊本の新型コロナ感染も県独自の緊急事態宣言により、少し平穏を戻しつつあります。
一日平均40名が5名程度まで落ち着いています。

このまま、減少してくれればいいのですが...

ここ一月半ほど、映画を見ていない。観たい映画はあるのだが、今の状況だとなかなか行く勇気が振り絞れない。

かと言って昔の映画を自宅で観るのもちょっと...
もう少し減少してくれれば良いと思う。

さて、2月も中旬を迎えようとしている。
昨年もそうだったが、季節の足跡が感じられない。

それどころではないという感覚だ。

ちょうど1年程度前のこのブログを読み返してみた。

1月下旬のブログには新型コロナウィルスのことは何も書いていない。

2月上旬、徐々に私のブログで話題としている。

2月中旬から下旬、わたしのブログの中に新型コロナウィルスに対する危機感が描かれるようになる。

3月以降、新型コロナウィルスに関するブログばかりをひっきりなしに掲載している。

わたしのブログはこの1年間の状況を如実に表現している。

まさか、こんな1年以上も未知のウィルスが繁殖し、世界へパンデミックをもたらすとは思ってはみても現実としては起こらないだろうとたかを括っていた。

しかし、この文章には大きな矛盾がある。

未知のウィルスが発見されたその時点で、世界へパンデミックをもたらすであろうことは明らかであり、そうなるとは思っていても、そうなってほしくなかった、信じたくなかったという矛盾である。

今の結果を知っている我々が1年前の様々な論文やWebsite、ブログ、SNS 等々を読み返した時、こうなることは明らかであったとほとんどの誰もが思っている。

そして、今はその当時よりも深刻になっていることを忘れようとしている。忘れたいと思っている。

そして、今の状況よりも深刻な事態を作り上げ、その事態を認めない世界を作り上げようとしている。

未知のウィルスは既に未知のものではなくなった。

後はこのウィルスに効果のあるワクチン開発、接種にどのくらいの年月がかかるのか、ということである。

諦めるところは諦め、延期することは延期し、時間をかけても成すべきことは為すということであろう。


新たな様々なパンデミックが起きないために、そして、起きる前に......




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