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月曜日は、凜がお伝えします。


23日からの3日間、日本ゲシュタルト療法学会第11回大会がありました。

オンラインでの3日間だったのですが、リアル開催にはない苦労があっただろうなと思います。スタッフの皆様ほんとにお疲れ様でした。


なかでも、理事長のムロさんの講演を聞きながら胸に響くものがありました。


理事長を引き受けてからのご苦労を想像しながら聞かせていただきました。ほんとにありがとうございます。


人は、やらされてると感じて物事をしている限り、成長はしないけれど、自分のこととしてどうしていきたいかと気持ちが向いた時に、いろんな事が動くのだなと思っていましたが、それはゲシュタルト的な生き方であると思います。


役割とかを与えられて、ぐずぐず言っている時は何も見えてこない。そんな時は自分自身がどうしたいとかより、愚痴や文句が増える。そんな気がします。


ゲシュタルト療法は、哲学が最も重要で、そこに実践的技法が加わり心理療法になるのだと思いました。


今回の学会を通して、ゲシュタルト療法は、やはり私にとっては生き方である。存在の仕方であり、ありようである。それを再確認しました。


17.8年前、ゲシュタルト療法を深めようと実感したのは私にとっては最善の選択だったと思います。


私が私の人生をどのように生きたいか、私自身が日常の全てに現れている。


カウンセリングしている時もしてない時も、私以外のものにはなれないのですから。


だからこそ、この一瞬一瞬を大事にして生きたいなと思います。


理事長、スタッフの皆さんほんとにありがとうございました。


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今日は せいじ がお伝えします。

東京オリンピックが始まりました。日本開催としては、私の最後の夏季オリンピックになるでしょう。

1964年のオリンピックの時、私は1歳2ヶ月でした。人生最初のオリンピックは観たくても観ることができませんでした。

そして、今回も違った意味で生で観たくても観ることができません。コロナ感染が拡大せず、オリンピックが成功裡に終わることを願っています。

今日の風景写真は、2014年1月ゲシュタルト療法学会のワークショップ大会を開催したホテルからの霧島の山並みとゲシュタルト村の住民たちです。

あれから7年が過ぎました。ゲシュタルト村の住民たちも歳をとりました。懐かしい思い出ですね。

2014年1月のワークショップ大会の懇親会でゲシュタルト村が有名になりました。

(今日のブログは2014年1月の霧島でのワークショップ大会へ参加した人にしか内容が理解できないと思いますがご容赦ください…)

そして、ゲシュタルト村の酋長や酋長夫人、村の住民たちも元気にやっています。

しかし、ゲシュタルト村もコロナには勝てず、外出自粛が続いています。

ゲシュタルト村特産のゲシュタルト療法を用いたカウンセリングやワークショップの開催もままならず、経済的には厳しい状況が続いています。

そんな中、この経済的危機を何とかせねばとゲシュタルト村アッシー酋長自ら横浜へと出稼ぎに行っています。

既に1年が過ぎました。稼いだお金もゲシュタルト村へは全く届いていません。

アッシー酋長は生きているのか、どうしているのか音信不通となっています。誰か見かけた人は連絡ください😅

酋長夫人のりん夫人は7年の間にできた5人のお孫ちゃんたちの世話で毎日が目が回るほど大変なようです。
それも楽しい時間なのでしょう。そして、アッシー酋長のいないのも気楽なのかもしれません。

とても元気に毎日を過ごしています。

他のゲシュタルト村の住民たちもコロナで経済的には大変かもしれませんが、心の豊かさを感じながら毎日の人生を一生懸命生きています。

さて私はといえば、7年の月日が過ぎて歳とともに体のケアが大切だということを痛感しています。

村で唯一の、住民たちが様々な物語を演じる広場に暇があれば入り浸っています。今日の物語はHOKUSAIというものでした。

その後は、採れたての魚をご飯の上に乗せて、すりたてのわさびとともに食べる生活です。舌の上で魚と米とわさびが統合され、とても美味です。

また、大麦を発酵させた飲み物と共に食べるとなお一層美味しくなります。私はその後にさつま芋を米麹で発酵させた飲み物を1,2杯飲むのが心地良いですね。もちろんさつま芋の飲み物も美味です。

たまに狩猟して食べる野生動物の肉🍖🥩は旨味が濃縮されていて力が沸いてきます。
野生動物の肉を食べる時には葡萄を発酵させた赤い飲み物が合うようです。

今この瞬間の人生を一生懸命に生きて、楽しんでいます♪

そんなこんなで酋長以外は今でもゲシュタルト村で楽しく暮らしています。

是非いつか皆さんにお会いすることがあれば、その時を楽しみにしています…



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3つの密を避けた安心安全な環境に配慮し、少人数での開催を予定しております。
また、オンラインによるWebセミナー等も実施しています。お気軽にご相談ください。

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月曜日は、凜がお伝えします。


先週久しぶりにGAF仲間のみわちんと会って2時間くらいお話しした。1年半くらい、ほんとにリアルで会ってなかったなぁ。他のメンバーとも会ってない。やっぱり、リアルで会いたい。会っていろいろ話したい。


仕事でいろんな人と会ったり、仕事仲間と話はしているけれど、会いたい人に会えてないと、だんだんエネルギーが無くなっていく。


そんな時、カウンセリングをしていると自分自身でいることが困難に感じることがある。

カウンセラーの鎧を着たら、ある程度はやれるだろうけれど、それでは、私ではなくなる。だから、自分自身でいる必要がある。


そのためには、まず自身をクリアにする必要がある。クリアにするためにはセルフケアが日々の自分を支えるために必要だと実感する。


今の自身に気づき、自分の本心を受けとめる事が日常に役立つ。


先日、管理職に「先生のように知識を入れて、いろんなアドバイスができるようになりたい」と言われた。「私はアドバイスもできなければ、知識も先生方のように持っていない。あるとしたら私として存在したいと思っていることだ」と伝えると、とても驚かれていた。どんなことにも堂々とさらっと簡単に応えているように見えてるようだ。


はったりなところもあるかもしれない(笑)

しかし、私が私でいるしかないことを、わかっているだけだ。そう出来ないことがある時も、気づいている。


弱さもあるし怖さもある。


わからないこともたくさんあるが、わかりたいかどうかを知っている、ただそれだけだ。


興味があるものに対しては、とことん追求していきたい。やりたくないものは、最低限しかやらない。生きていくために私に必要なことをからだが知っていることを信じられる。


そんな事がだいぶできるようになってきているなぁ。


後二日で公立学校は夏休みに入りますね。私は、今月いっぱいまだ面談とかが入るけれど、その後はちょっとひと休み。


夏休みだぁ!!


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今日は せいじ がお伝えします。

今日の一枚は2015年6月、清里でのモーリッツオのワークショップでの写真です。今見ても私がとても堂々とし、正面を見つめ、良い表情をしていると感じます。

先日、ゲシュタルトを語る会というグループがFacebookで作られた。その中で私なりのプレゼンスについて書いてみたので、今日のブログでもそのことについて書いてみたい。

プレゼンスとは日本語にすると存在感という言葉が適当であろう。
そして、この存在感はどのような状況や状態で生まれるものなのだろうか。

このプレゼンスはセラピーの場だけでなく、企業においてもとても重要な要素の一つである。

私の理解は、プレゼンスとは「生身の人間として存在すること」である。

人々は組織において役割の自分を演じているわけだが、そんな役割の自分のままでは言いたいことも言えず、上司の顔色を窺いながら、卑屈に我慢して生きなければならない。

こんな生き方に何の楽しみや喜びがあるのだろうかと思う。そして、そんな人には存在感は微塵も感じられないだろう。

そんな人の言葉には重みや信頼感、安心感が存在しない。何故なのだろうか。

その人に意思や責任感が感じられないからに他ならない。
見ている側からすれば、どうせ表面的な言葉なんだろうとしか思えない。

逆に役割という鎧を脱ぎ捨てて、正直な私として生きるならその人の言葉は重みがあり、見ている側も正直さや安心感、信頼感を感じることができるだろう。

それこそが生身の人間として生きることであり、そのことが私たちのプレゼンスを形作っていくのである。

私は上司でござると威張り散らす人々のプレゼンスは薄い。上司という役割で私たちをコントロールしようと必死だ。

それよりも同じ働くメンバーへ正直な自分をさらけ出し、強さで弱さを隠すのではなく、弱さも見せるという人がメンバーから慕われ、信頼に値するはずだ。

企業において多くの人々がプレゼンスを持つならば、その企業はとても強い体質を手にするだろう。

そして、その企業自体のプレゼンスも同時に高まるはずである。

役割を演じ続けるならばこれからの時代は生きていけない。

新しいことを作り出さなければならないこの時代において自分の感覚に正直であり、自らの意思において、自らの責任において物事を成すということが重要である。

そして私たちが企業において生身の人間として存在するには何が必要なのか。

それはそんな自分をさらけ出しても良い安心安全な場所や環境である。

正直な自分をさらけ出したなら叱責を受けたり、批判されるような組織であれば役割を演じ続けるしかないであろう。

ただ、そんな企業はいつの日か滅びてしまうのは見えているのだが…

企業においてみんなで仲良く和気あいあいしようというわけではない。

どんな意見にも批判せず耳を傾けて聴く姿勢が重要である。そうすることでメンバーたちは自分の意見を堂々と自らの意思を持って伝えることができるようになるのだ。

そして一人ひとりのプレゼンスは次第に高まっていくだろう。

企業自体のプレゼンスを高めるには、心理的安全な組織を作り、一人ひとりのプレゼンスを高めることが唯一の近道である。






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昨日のせいちゃんのブログで、「百武さんがFacebookを始めて友だち申請が来ていた、なりすましか?と思った」と書いてあった。


百ちゃんがFacebookを始めたことについて、私は何も疑わず、ただそうなんだと思ったが、なりすましかと思った人がせいちゃん以外にもいて驚いた。


結構、私は疑いもせず信じてしまうんだよなぁと日々のことを思い出した。自分自身素直だとも思うが、信じて痛い目にあうこともある。


昨日、見ていた映画のセリフに「世の中の全てを疑ってみてごらん」という言葉があったことを思い出した。


「これがほんとに真実なのか」

「疑いようのない事実なのか」


素直さは私の良いところでもあると思う。反面、真実を追求していかなければならない時、最初に信じたことがからだに入ってしまい、そのフィルターを通して物事を見てしまうこともあるなぁと思った。


最近ではコロナワクチンを打つか打たないか、ということも、そうかもしれない。


最終的に自分の判断であるが、からだはまだ迷っている。


それには、ワクチンの話が出た最初の頃に聞いた周りの情報が強く影響しているかもしれないと思う。


ワクチンを接種して安心を得られるならそれもいい、そんな気持ちもある。

しかし、まだ怖さもある。

わずかの人かもしれないが、重篤な副反応を恐れる気持ちもある。


今は、迷えるだけ迷っていいと思っている。


他にも最初の経験がフィルターになってしまったと思うものに、ゲシュタルト療法との出会いがある。


一番最初にしっかり学んだのがフォーカシングとゲシュタルト療法だった。素直な私の中に、大きな衝撃を与え、それからずっと、じわっと染み込んできている。


もし仮に他の療法から先に学んでいたとしたらそのフィルターを通してゲシュタルトを見てしまっただろうと思う。


それでも、やはり、ゲシュタルト療法は私の人生そのものになったとは思うが、、、。


物事を素直に受け取ること。それはきっと私の役に立っているのだろう。


そして、素直に受け取った上で、何かを決めるときは、疑う目や違う方向からの視点は持っていたいと思う。


それが柔軟さということかもしれないなぁ。


歳を重ねると柔軟さに欠けてくる人が多いと言われる。


いろいろな視点から物事を捉え、自身のフィルターに気づき、新しい事へのチャレンジを喜べる私でありたいなぁ。


お!なんだかワクワクしてきた。


今日も素敵な日でありますように。


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今日は せいじ がお伝えします。

久しぶりに何もない土日を過ごしています。
今日も朝から近くのスタバでモーニングです。

そろそろ梅雨が明けてくれないかなと思うこの頃だ。

最近のビックリニュースはゲシュタルト療法の第一人者であり、私が師と仰ぐ百武 正嗣氏が75歳にてFacebookを始めたと言うこと。

なりすまし詐欺かと思った…そして、本物だった。
乗っ取られないことを祈る。

そして、Facebookを始めた目的がゲシュタルト療法を広めたいというものだった。

ゲシュタルト療法を語る会をFacebook上で始めたいとのことだ。

その考えについて私は大いに賛同する。

2010年、日本ゲシュタルト療法学会が設立された。

設立の大きな趣旨は
“日本にゲシュタルト療法を広め、豊かな社会を作り、人々が活き活きと生きるための活動をする”ことであった。

あれから10年が経った。
まだその目的は達成されていない。否、その活動は次第に趣旨とは違う方向へと進んでいると私は感じる。

私の感じるところでは、
何か小手先だけのゲシュタルト療法もどきを教え、ゲシュタルト療法とは何かという根本で本質的な部分が蔑ろになっている。

ゲシュタルト療法とは、気づきの療法である。そして実存的である。

私たちが生活しているこの世界をどのように私として生きていくのかということだ。

ただそれだけなのだが、ゲシュタルト療法を複雑化する人々が多い。

ゲシュタルト療法は至ってシンプルである。

そして、誰でも手にすることのできる療法だ。
日常においても至る所に気づきはあり、ビジネスの世界でもこの考え方は活かされる。

例えば、ある企画を考えていたとする。
次から次へと色々な企画が浮かぶなら良いのだがそんなことは滅多にない。

ああでもない、こうでもないと思考が頭を駆け巡り、悶々とするだろう。
そんな時、思い浮かぶ様々なことに気づきを与えながら、その気づきから別の気づきへと、気づきの広がりを得ることができる。

気づきが広がることによって、私の考えが次第に整理されながら一つのものになっていく。

これは私が実践している一つの例である。

ゲシュタルト療法における気づきとはシンプルが故に強力である。

気づきは物事の本質を言い当てている。
よく人々は本質を隠すために物事を複雑化し、焦点をぼかそうとする。日常茶飯事だ。

話は少し逸れたが、ゲシュタルト療法の普及は10年経った今、止まっている。

広めるためには外へ外へとエネルギーを拡げる必要がある。

そして、学会のエネルギーが内側へ内側へと収縮しているように感じる。

学会自体が現実を知らない、見ていないのではと感じることが多々ある。

何が正解なのか、それはわからない。ただ、私たちは現実世界を生きなければならないのだ。

そして、これまでどうすれば広まるのか、普及できるのかという議論はあまりなかったように思う。

残念ながら、最近では全くそんな話さえ出てこない。

ゲシュタルト療法を語る会…
そんなことに業を煮やしたのかもしれない。

私は大いに語りたいと思う。








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月曜日は、凜がお伝えします。


私の担当する校区の一つには養護施設がある。

なので、小学校にも中学校にも施設から通学してくる子どもたちが何人かいる。


この子どもたちの殆どがシックマザーと呼ばれる母親との関係に苦しみを抱えている。


時々、その子たちからの相談を受けることがある。

内容はそれぞれであるが、親と離れて生活している話を聞くと、私の中の寂しさが呼び起こされてしまいそうになる。


しかし、両親と離れる方が子どもたちを守ることが出来るんだなと痛感しつつも、離れて過ごす夜を想像するだけで胸の辺りがキュンと苦しくなる。


以前、ある支援者の方から、「親と一緒じゃないからといって不幸だとは限らない!」と言われ、その方の体験を話されたことがあった。


そうだよなと頭ではわかる。

いろいろな家庭の中で、毒親もいて、その環境から離れた方がいいのもわかる。


なのに、やはりいろんな寂しさが投影を起こしてしまいそうになるなぁと痛感する。


離れるということ。


「ひとり」ということ。


その寂しさを抱えて生きていくということ。


それは、実の親に育てられた人にもある寂しさでもある。


その寂しさをどんな風に抱えて生きるのか、それが自立させ、精神的に成長させてくれるのだろう。


この子どもたちは、これからの人生の中で、埋められなかったものをどのように埋めていくのだろうか。


過去は変えられないけれど、過去をどのように理解していくかは変えられる。


いろんな経験や、豊かな出会いで成長していくのだろうと祈りたい。


そんな朝です。


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こんにちは。
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今日は せいじ がお伝えします…

全国で大雨の被害が出ているようです。幸いにも熊本では大きな被害はありませんでした。

早く梅雨が明けて欲しいものです。

今日の写真は2011年8月にニューヨークへ行った時のものです。若くてとても良い笑顔ですね。

私も既に鹿児島から赴任して熊本での生活が5年目に入った。
良い面、悪い面がある。

交通の面では新幹線で大阪まで3時間で行けるのはとても近く、便利だ。

ただ、熊本空港までのインフラは不便だ。
空港までの距離は20キロ程度なのだが一般道を走るために渋滞に巻き込まれ1時間程度かかる。

何とかしてもらいたいと思う。

人々の感覚も大きく違う。

熊本の気質はどちらかと言えば内向きな感じがする。
それは鹿児島気質の私から見ればということだが…

鹿児島はどちらかと言えば外へ外へと向かっている感覚だ。

また、良くも悪くもヒエラルキーな構造だと感じる。
その階層がしっかりと根づいており、武家社会を想像させる。

文化や環境、風土が違えば色々な感じ方や考え方がある。

この文化や環境、風土と言ったものは一つのコミュニティへ大きな影響を与えており、その土地、土地の持つ歴史が大きく関わっている。

例えば鹿児島で言えば、
薩摩島津藩は薩摩七十七万石と言われるような大きな石高を持ち、徳川幕府への影響も大きかった。

しかし、関ヶ原の戦い以降に徳川幕府と主従関係となった薩摩島津藩は外様大名として幕府の要職にはつくことは叶わず、徳川幕府からは敵視されることとなる。

そして、薩摩島津藩は幕府に頼らず、自らの手で未来を切り拓いていかねばならなかった。

生き残るために、外へ外へと道を切り拓くしかなかった。そんな気質が今も私たちの遺伝子として残っていると強く感じる。

このことは誰から教えられたものでもない。
そして、私の祖父母や父母たちから知らず知らずのうちに学んだのだろうと思う。

祖父母も父母たちも、その祖父母や父母たちから私たち以上に学んでいたかもしれない。

脈々と繋がっている鹿児島人の気質なのだと思う。

私はこの気質が気に入っている。そして、私の中にそんな気質が備わっていることを誇りにも思う。

変化する時代をどのように生きるのかと言う、いつの時代でも起こっている分岐点に立ち、どのように舵を取るのかを考える時、このエネルギーは必要不可欠であろう。

まさに今がその時である。

VUCAと言われて久しいこの複雑怪奇な時代をどのように生き、生き残るかと言う戦略を素早く立て、実践し、失敗したなら素早く撤退し、新たな戦略を素早く立て、実践する。

そんな企業が生き残るのだろうと思うのだが…

これまではトップダウンの企業でも生き残れた。
これからもカリスマ的な先見の明があるトップならば生き残るだろう。

しかし、年齢とともに私たちの感覚的柔軟性は失われていく。そして、企業の未来を支えるのは50,60代の人々ではない。

20年後、30年後の企業を創り出す人々の戦略に日の目を与えるべきなのだが…

20年、30年後という世の中には既にいないであろう人々が日本や企業の行く末を決めている。

これまでの経験という強みはある。
そのことは想定内の出来事には役立つ。しかし、想定外の出来事にはこれまでの経験が障害となる。

だからこそ、これからの世界を歩む上で私たちのカラダに刻まれた感覚との対話が重要だ。

私たち人間は生の方向へと向かっている。
そこには想定内も想定外もなく、ただ生きる方向へと進むために最良な選択をする。

カラダには私たちがこれまでに体験したことのない体験が刻まれており、その感覚が私たちを正しい方向へと導いてくれる。

それがカラダの感覚である…








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先日、娘がベランダで育てた枝豆をいただきました。収穫は、ほんとにわずかな量でしたが、その一粒一粒の甘くて濃いこと。スーパーに売っているのとは大違い。手塩にかけて育てても上手く行かないことは多いけれど、愛情たっぷりの枝豆はとても美味しかったです。


野菜を育てるということは、知恵と愛情と経験が必要なのですね、きっと。


ネットを見たら、いろんな手本が出てきて、農業の経験のない人でも簡単に育てられるような気になります。


しかし、やはり「育てる」ということはそんなに簡単なことではありませんね。


昔読んだ神田橋先生の本に、女性は子育てのために仕事を辞めなければならず、復帰するとしてもブランクができてしまうという心配をしている人がいるが、そんな心配はいらないと言うような事が書かれていました。


なぜなら、女性は子育てするからそこで学ぶものが大きい。

また、男性はその経験がない人が多いから、そんな男性は、自然の中で野菜を育てなさいとありました。


子育ては、自分が考えた通りにはいかないことだらけです。


自分の人生の経験から見たら、


知っているのに、、、

わかっているのに、、、


そう思えることがあってもその通りにならない。そして、どんなに頑張っても上手くいかないような状況が時々起こります。


その事実を受け止めて、ある意味「あきらめた」時に何かが変化していく気がします。


つまり、相手ではなく、自分自身が、現実をしっかり捉え、その事と真正面から向き合えた時、物事が変化していくように思えるのです。


その変化は自分自身の変化であり、成長なのだと思います。


「育てる」とは、その人自身をも育てているのだということですね。


野菜を上手く育てるのはどうしたらいいのか?


人を育てるとはどういうことなのか?


どのように育てて行くのか?


子どもをどう育てるのか、


全て、自分を成長させるための日々ですね。


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熊本はコロナもひと段落しています。ちょっとは落ち着いた感じですね。

私は朝から映画を観て、今スタバに来ている。
屋外で風に吹かれながらこのブログを書いている。

私の隣の席には台湾人らしい2人の若者が何か話している。

そして、日本らしくない香料の香りが私の鼻に漂う。とても懐かしい香りだ。

そんな雰囲気を感じていると台湾のスタバにいるような感覚になる。とても心地よく、落ち着く感じだ。

そして、ギリシャでのゲシュタルトのワークショップを思い出す。
初めての海外でのワークショップはとても刺激的だった。2018,2019年と2年連続でファシリテーター体験をした。

当たり前だが、初めてだった2018年はファシリテーターとして少しの不安があった。

テーマは夢のワーク。

通訳はつくのだがあまり通訳の日本語訳には固執しなかった。言葉はどうでも良かったような気がする。

逆に言葉が通じないことでクライエントのカラダの感覚全体へと私は注意を向けることが可能となった。

クライエントの身体の動きや声のトーン、仕草等々、非言語的な私との対話によってクライエントの物語が進んでいく。

その物語へ私は寄り添いながらついていく。

クライエントが恐れを感じている場面でもその感覚へと寄り添っていく。

次第にクライエントの実存が現れてくるのがわかる。

人と違ったことをするのはダメだと教えられてきたその価値観から生きづらさを感じていたクライエント。

その価値観を夢の中で体感し、新たな実存的な気づきを得て、夢の中で再構築していく。

そして個性的で良いんだ、私は私のままで良いんだという気づきを夢からのメッセージで手に入れた。

私のギリシャでのファーストワークだ。
改めてゲシュタルト療法とは言葉ではない、カラダの感覚が発する言葉との対話であることを学んだ。

2つ目のギリシャメンバーとのワークでも同じ様な感覚であった。

もう一つの学びは、
言葉の捉え方にはその地域の文化や環境が大きく影響している。しかし、カラダの根本的な感覚は人間すべて同じであるという学びだ。

カラダの表面的な感覚はもちろんその地域の文化や環境が大きく影響しているだろう。

それはその環境下で学んだ価値観をカラダが覚えているからに他ならない。

しかし、カラダの奥深い部分にある感覚は元来人間が持っている普遍的感覚であることを学んだ。

恐れや悲しみ、寂しさや喜び等々…

この学びは同じ言語同士での対話では得ることのできない貴重な体験となった。

今、私の隣の席から台湾人らしき若者たちが去り、私より先輩と思しき2人組の日本人が座った。

その途端、私は海外から帰国の途についた感覚を覚えた…





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