研修のオブザーブはいい。


まず、当たり前だが自分が研修をするわけではないので、気持ちに余裕がある。研修の成果に責任を負わない立場なので、冷静にまた楽しく、大胆な発想を持って、臨めるのがいい。


オブザーブで必ず見たいのが、その講師の導入だ。どういうふうに受講生とラポールを形成し、受講生のモチベーションを上げ、研修に引き込んでいくか、ということだ。


研修開始から15分程度の短い時間が、研修の大きな流れや受講生の理解度、ディスカッションの内容、アンケート結果まで大きく影響する。


講師の力量が一番問われる場面だ。


それから、受講生の扱い方(質疑応答、コメント)、時折挿入されるエピソード、進め方などを見る。


レクチャーを聞きながら、自分自身を振り返る、刺激を受けて新たな発想やヒントが次々に湧いてくる。


しかも電話やメールをほぼ一日シャットアウトするので、これほどゆっくりと落ち着いて考えられる時間はない。


一日研修をオブザーブするとメモの山ができる。


充実している。





沢庵和尚の『不動智神妙録』に、千手観音を例に引きながら説明するくだりがある。


曰く、千手観音は千本の手を自由に操っているが、一本一本の手に意識を集中してしまうと残りの手は役に立たなくなる。一本の手に捉われることなく自由自在に心を動かすことで、全体を操れるようになるという。


不埒にも千手観音を経営に例えるという着想が湧いてきた。


ひとつひとつの作業や商談、研修に捉われることなく、全体的に調和して、顧客満足を引き出せたら最高なのに。


千本どころか、3つの事業ドメインをやりくりするだけで、四苦八苦しているのが現状だ。


しかも、自分が研修やファシリテーションをしている時間は、「手」になりきっているわけだから、これまた頭の切り替えが難しい。


研修やコンサルティングは、自分自身が商品でもあるので、商品になりきっている時間(客先での研修中やコンサル時)は、経営やマーケティングの仕事、事務作業などは、当然ながらストップする。


これをどう克服するかが課題だ。



(『不動智神妙録』を読んだのはなぜ?:http://ameblo.jp/g-solution/entry-10292150937.html



中小企業の経営者向けに「若手社員の育て方」と題して1時間の講演をした。


終わってから、何名かの経営者が質問や感想を話しに来てくれた。講演は概ね好評だったが、ある経営者の言葉に考えさせられた。


「今日の話は、非常にためになりました。ありがとうございました。」


「ただ、我々は明日からどういう行動をとればいいかを3つくらいにまとめて、最後に言っていただけると、もっとよかったと思います。」


経営者の置かれている環境や抱えている問題は、当然ながら違うし、自分の会社にとってどういう行動をとればいいかのヒントは、1時間の講演の中にたくさん散りばめられている。


にもかかわらず、「どうすればいいかを示してほしい」とはどういうことなのだろうか。


レジュメを示して、「ここに近いヒントは書いてありますから」と改めて解説をした。


もちろん、「明日からこうするだけで効果が出ます!その3つのポイントは・・・、」と教えることができるが、こういった単純化されたノウハウはたいてい役に立たない。


示された解決策を何も考えずに実施するだけでは、効果はあまり期待できないし、長続きもしない。


それよりも、聞いたことを自分なり咀嚼し、深く考え、自分なりの解決策を見出すほうが、後々経営者としての血となり、肉となり、役に立つと思うが・・・。


皆さんは、どう思いますか?