眠られぬ夜に、「百人一首」を紐解くことがある。


高校時代の古文の授業での使っていた副読本「小倉百人一首便覧」を本棚から引っ張り出してくる。(高校時代には、1ページも読んだ記憶がないけれど)


便覧なので、その歌の解説や背景、詠み人の紹介などがコンパクトにまとまっていて、わかりやすい。


和歌を吟じるという高尚な趣味はないけれど、その雰囲気を楽しめるようになったのは年を取ったせいか・・・。


少し前までは、新聞や雑誌、本を読んでいて、短歌や俳句などが出てくると、そこは飛ばしてい読んでいたものだ。


そういえば、先日、京都の嵐山を訪ねた際に、小倉山を眺めてきた。700年以上前に、藤原定家が「百人一首」を撰んだという山荘があったという。


山荘にこもって歌を撰ぶという作業は、私からするとなんとも風流で優雅な時間の使い方に思えるけれど、撰べと依頼された藤原定家にとっては、歌を味わうどころでなく、プレッシャーに押しつぶされそうになっていたのかもしれない。


そんな想像をしながら眠りにつく。

「この世に生き残る生物は、最も力の強いものでもなく、


最も賢いものでもなく、変化に対応できる生物だ。」


~チャールズ・ダーウィン


我々もこれまでの常識に捉われず、変化に対応する力を高めなければならない。


研修後に受講生のアンケートを読むのは楽しい。


先日、ある研修のアンケートを読み返していて、次のようなコメントを見つけた。


「三宅先生の講義は、箴言集を読んでいるようで、ためになりました。」


箴言という言葉は、なかなか耳にすることはないので、一瞬ほめられたのか、批判されたのか判断に迷った。


「神父の説教のように退屈だったのかな?」などと思いながら、改めて「箴言」を調べてみる。


旧約聖書の中に、「箴言」という章があり、以下のように記してあった。



「これは、知恵と訓戒を学び、悟りの言葉を理解するためであり、


思慮ある訓戒を体得するためであり、


わきまえのない者に分別を与え、


若い者に知識と思慮を得させるためである。


知恵のあるものはこれを聞いて理解を深め、悟りある者は指導を得る。」



なるほど、大変なほめ言葉だったらしい。そういえば、研修の中でそんな雰囲気をかもし出している場面もなきにしもあらず・・・。


さらに、ソロモンの箴言の中から興味深い言葉を発見した。



「訓戒を愛する人は知識を愛する。叱責を憎む人はまぬけ者だ。」


「愚か者は自分の道を正しいと思う。しかし知恵のある者は忠告を聞き入れる。」



何世紀もの間、語り継がれた滋味を味わう。知恵のある者でいたい。