スタンフォード大学のクランボルツ教授らによると、多くのビジネス・パーソンのキャリアを追跡調査した結果、キャリアというのは予期しない偶然の出来事によってその8割が形成されるという。


自分の経験を振り返ってみても、その通りである。


後から振り返ると全てはつながっている。その当時は、納得できなかった配属も今ではその経験が大いに役に立っている。


コンサル会社で経理を担当しろと言われたときは、目の前が真っ暗になったものだ。でもその経験おかげで、今は経理部向けに財務の研修をすることができる。


また、昇進・昇給をするというキャリアが事実上描けない会社も多く存在する。企業の階層のフラット化の影響で、ポストそのものがなかったりということがある。


私は、最近の大学生や新入社員がやたらに「キャリア」、「キャリア」とこだわるのを見て思うのだが、大学での進路指導や企業での採用面接、入社後のキャリア支援などにも『計画された偶然理論』のコンセプトを元に再検討するべきではないだろうか。


あまりにも自分がやりたいことやなりたいものを強調し、自分の立てた『キャリア・ビジョン』に固執する結果、モチベーションを下げてしまったり、会社の人事異動を許容できずに恨みを抱いたり、弊害が多いのではないだろうか。


極論すれば、仕事の経験が少ない大学生や新入社員が、百発百中のキャリア・デザインをできることのほうがおかしい。


知識を身につけ、経験が増え、知恵がつく過程で、望ましい方向性がおぼろげながら見えてくるのが、普通ではないだろうか。


確かコロンビア大学のスーパーも『キャリア・アーチ』というコンセプトの中で同じようなことを主張していたと思う。


『計画された偶然』も『キャリア・アーチ』も当然知っているはずのキャリアの専門家が、なぜキャリアを固定的に捉えることを助長するような指導をしたり、仕組みをつくったりするのだろうか。


私がキャリアの専門家ではないから、そう言えるのだろうか。

本日、ある会社の半年に渡るアクションラーニング・プロジェクトの第1回目のセッションを実施した。4月の末に導入研修を実施して、1ヵ月半ぶりのセッションである。



まずは、この1ヵ月半の間に取り組んだことについて、振り返りをした。



驚いたことに参加者13名が1ヵ月半の間に3回も自主的にミーティングを重ねていた。前回の導入研修で話し合った11の課題について、話し合いを継続し、あるテーマにおいては会社のリーダー会議でも改善提案したという。



もちろん、自主ミーティングをすることは、私が強制したことではなく、参加者自身が決めたことなのだが、着実に実施をしていることが素晴らしい。



参加者からは、



「こういうみんなで話し合える場ができて良かった」



「メンバーの知恵やノウハウを共有することで、資料作成の時間が減ったり、また新たな知恵も生まれてきたりしている」



「マネージャーとしてどうあるべきかを参加者との対話の中で学んでいる。貴重な場である。」



という声があり、ファシリテーター冥利につきる。



その後、部下育成や上司と部下の信頼関係の問題について、話し合い解決策を検討した。



充実した午後の時間だった。



予想以上のチームの状態、取り組み姿勢それに進捗状況なので、9月のプロジェクト終了時の成果に期待が持てそうだ。



次回のセッションは、1ヵ月後。中だるみに注意したい。

あるコーチから面白い話を聞いた。


コーチングを嫌がって、なかなかセッションを受けてくれないクライアントがいた。


そこで2日がかりで、大阪、名古屋とクライアントの出張先まで追いかけていって、ようやく話を聞いてもらえて、コーチングにこぎつけたという。


もちろん、クライアント本人がお金を払っているわけではない。研修などと同じく会社の経費でまかなわれており、コーチングを受ける義務があるのにも関わらず、何かと理由をつけて逃げていたらしい。


いくらコーチングに偏見を持っていようが、会社の差し金だと疑心暗鬼に陥っていようが、面と向かって話しをすることができれば、なんとかなるものだと、そのコーチは断言した。


そういう人ほど、はまると成果が出やすい。


今では、月1回のコーチングを楽しみにしているそうだ。



その話を聞いていて、ウッディ・アレンの言葉を思い出した。


「顔を見せれば、80%は成功したも同然だ。」



そうかもしれない。


だからこそ、たった30分のミーティングのために新幹線や飛行機に乗って会いに行くのだ。


遠方で仕事が滞っている場合には、「顔を見せる」ことが効果てき面なのである。