スタンフォード大学のクランボルツ教授らによると、多くのビジネス・パーソンのキャリアを追跡調査した結果、キャリアというのは予期しない偶然の出来事によってその8割が形成されるという。


自分の経験を振り返ってみても、その通りである。


後から振り返ると全てはつながっている。その当時は、納得できなかった配属も今ではその経験が大いに役に立っている。


コンサル会社で経理を担当しろと言われたときは、目の前が真っ暗になったものだ。でもその経験おかげで、今は経理部向けに財務の研修をすることができる。


また、昇進・昇給をするというキャリアが事実上描けない会社も多く存在する。企業の階層のフラット化の影響で、ポストそのものがなかったりということがある。


私は、最近の大学生や新入社員がやたらに「キャリア」、「キャリア」とこだわるのを見て思うのだが、大学での進路指導や企業での採用面接、入社後のキャリア支援などにも『計画された偶然理論』のコンセプトを元に再検討するべきではないだろうか。


あまりにも自分がやりたいことやなりたいものを強調し、自分の立てた『キャリア・ビジョン』に固執する結果、モチベーションを下げてしまったり、会社の人事異動を許容できずに恨みを抱いたり、弊害が多いのではないだろうか。


極論すれば、仕事の経験が少ない大学生や新入社員が、百発百中のキャリア・デザインをできることのほうがおかしい。


知識を身につけ、経験が増え、知恵がつく過程で、望ましい方向性がおぼろげながら見えてくるのが、普通ではないだろうか。


確かコロンビア大学のスーパーも『キャリア・アーチ』というコンセプトの中で同じようなことを主張していたと思う。


『計画された偶然』も『キャリア・アーチ』も当然知っているはずのキャリアの専門家が、なぜキャリアを固定的に捉えることを助長するような指導をしたり、仕組みをつくったりするのだろうか。


私がキャリアの専門家ではないから、そう言えるのだろうか。