私が子供の頃は「モノを大切にしなさい。」と教わった。
壊れたり、ほつれたりしても、
何とか再度使えるようにならないか?と、
知恵を絞り、工夫をして、修理や修繕をして再利用していた。
「捨てる」と言うのは、最終手段だった。
メーカー側も、壊れにくい製品、
耐久性が高く、丈夫で長持ちする製品、
もし壊れても修理して長く使える製品、
何よりも、より高品質な製品を目指して、
誠実で丁寧なモノ作りをしていたように思う。
その甲斐あってか、「MADE IN JAPAN」 は、
世界中で大人気となり、世界最高品質を示す、
世界で最も信頼されるブランドとなった。
しかしながら、1980年辺りから徐々に、
こう言った信条、伝統、文化は崩れ始める。
コスト削減が合言葉のように叫ばれ始め、
2000年を越えた辺りからは、この傾向が急加速して、
100均ショップの台頭が象徴するように、使い捨て文化が蔓延り、
メーカー側も、新製品を買ってもらう為に、
敢えて、耐久性の無い製品作りをするようになってしまった。
また、中身や本質よりも、見た目や体裁を整える事を重要視し、
修理や整備をして永く使うよりも、買い替えさせるモノ作りへと、
そして、品質の追求を最優先するよりも、
コストを極限まで削減する事を優先するモノ作りへと、
大きくシフトしてしまった。
世界全体が、利益追求主義、金儲け主義に
染められてしまった結果だろう。
双眼鏡も例に漏れず、昨今の製品と昔の製品では、
根本的に、設計思想が大きく違ってしまっている。
昔の双眼鏡は、オーバーホールさえしてあげれば、
いつまでも半永久的に使えるような製品が多く、
また、そうする事が前提となった設計、構造となっている。
なので、今から100年後も生き残っているのは、
また、その時に現役として使用出来る可能性が高いのは、
今の新製品ではなく、昔の双眼鏡ではないかと思う。
さて、今回ご依頼を頂いた PENTAX 7×50 PCF であるが、
実は、とある学校からのご依頼であった。
恐らくは、1990年台頃の製品かと思われ、
この時代の製品は、前述の通り、
モノ作りに変化の兆しが見え始めた頃の製品で、
修理する前提となった構造では無い場合が殆どであるが、
本機はどうなのだろうか?
その事も踏まえ、私は一応、修理するよりも買い換えられた方が、
金額的にも良いかも知れませんとの提案はさせて頂いたのだが、
それでも何とか修理して使いたいと、依頼された先生は仰られた。
恐らくは、この双眼鏡に、色々な生徒さんとの思い出や、
様々な想いが詰まっているのだろう。。。
私は、その気持ちに応えたいと思い、
そう言う事ならと、喜んで引き受けさせて頂いた。
落下させてしまったか、どこかにぶつけられたようで、
対物レンズ枠が少し歪み、衝撃でプリズム位置がズレたのか、
光軸は、左右上下に40度近くも、かなり大きくズレてしまっていた。
鏡体が金属製ではなく、軽量なファイバー素材のようなモノで
造られているようなので、軽さと言うメリットと引き換えに、
衝撃には弱かったのだろう。
また、光学系には全面的にカビが発生してしまっていた。
さて、分解を始めると、幸いにも分解が可能な構造だったので、
鏡体にダメージを与える事なく、無事に分解する事が出来た。
対物側のプリズムには、遮光カバーがされてあり、
この辺りにも丁寧さが窺える。
対物レンズも分解し、殺菌クリーニングを行なった。
さすがに対物レンズには、コバ塗りはされていないようだ。
また、可能な範囲で、対物筒の歪みの修正を試みた。
プリズムはセメント質のようなもので固定されており、
やはり、そのセメントが割れてしまって、
プリズム位置がズレてしまっていた。
プリズムを慎重に外し、クリーニングを行う。
対物レンズ、接眼レンズも、分解し、クリーニングを行い、
カビが発生していた事もあって、殺菌処理を行なった。
幸いな事に、本機には光軸の微調整機能も備わっていたので、
プリズムの位置決めを行った後は、
光軸を微調整して追い込む事が出来た。
※ 画像は接眼レンズのクリーニング前の状態。
さて、全ての修理と調整を終えた本機を覗いてみると、
とても水々しく、鮮明でイキイキとした、
PENTAX ならではの、美しい世界観が堪能出来た。
無事に復活再生を遂げた瞬間であった。
双眼鏡から、歓喜の声が聞こえて来そうな、
この瞬間が、私は大好きだ。
ところで、私はカメラも PENTAX党で、
PENTAX の色遣いが好きなのだが、
本機も、PENTAX機に共通する美しい絵を見せてくれた。
とりわけ自然の景観に強く、生命力を感じる絵なのである。
例え、どれだけ像がシャープで高解像度で、
低収差で高性能な光学系の、高価な双眼鏡であっても、
あまり生命力を感じない無機的な像の双眼鏡も少なくないが、
本機は真逆で、非常に生き生きとした、
生命力に溢れる有機的な世界が素晴らしい。
また、7×50の像は、流石に非常に明るい。
私は、古い PENTAX も何気に好きだったりするのだが、
PENTAX は、この有機的で生命力に溢れるところが良いと思う。
1960年台頃のPENTAX 6×25。
メカニカルビューティーとも呼ぶべき、
大変美しく、精緻な造りの双眼鏡だ。
金属部品が殆どな為、ズッシリと重い。
周辺像は歪むし、突っ込みどころは多々あるが、
6倍機としては異例に視野環が大きくて見やすく、
中心像は十二分にシャープで、11°もの広視野を誇る。
異例とも言える視界の広さと言い、
CARL ZEISS JENAのデルタレムを意識したのか、
見え味の方も、デルタレムを彷彿とさせるような、
非常に水々しく、潤いのある絵を見せてくれる楽しい双眼鏡だ。
また、遮光対策を兼ね備えた構造、デザインが素晴らしい。
筆者のPENTAX 、Nikon Mikron のコレクション
ともあれ、PENTAX 7×50 PCF は普通に使用するには、
十分過ぎるくらい良く見えて、非常に像が明るく、
そして軽量で非常に使いやすい、
実用には申し分ない双眼鏡である。
無事に復活し、蘇ったこの PENTAX 7×50 PCF が、
多くの生徒さん達にとって、生涯忘れ得ぬような、
良き思い出作りに貢献する事を願って止まない。
そして、思い出を大切にし、モノを大切にする
この先生の想いが、生徒さん達にも伝わり、
この、コンビニエンスな時代にあって、
「モノを大切にする」と言う日本古来の伝統と精神が、
世代を超えて、伝承されて行く事を切に願う。
〜 ○○学校 ○○クラブの生徒さん達へ 〜
どうぞ、双眼鏡で覗く世界を楽しみ、
良き思い出を作って下さいませ。
BLRM Y'z OPITICAL 代表 鈴木庸生
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
感謝
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